第32話 父の墓
翌朝である、窓から館にまぶしい日が差している。
「ユキ殿、このご恩は忘れません」
シェルバン氏は、「あの魔物が本当に死んだのかどうかは未だ分かりませんが……」そう言って、それでもユキたち四人を晴れやかに送り出した。
この後エバァ夫人やユキの後援を得たシェルバン・カンタクジノ氏は、先のワラキア公の後を引き継ぎ、十数年に渡りワラキアを統治する。ユキは政商となりワラキアの交易を支配して、その発展に貢献する事になる。
オランダやワラキアでの活動も一段落すると、ユキはやっとモルダビアに帰って来た。だが、館は荒れ果ていて見る影もなかった。元居た召使たちにも来てもらい、業者も呼んですぐ修復を始める。
ところが、やっと修復が終わり、元通りの館になった頃、
「ここで何してる!」
振り向くと、数人の男達がユキをにらんでいる。
「あなた方こそ、なんですかいきなり。ここは私の館ですよ」
「なんだと。ここはドラゴシュ様の館だ。知らねえのか」
「何処か他と勘違いしているのではないですか?」
だが、男達は引き下がらなかった。ここはドラゴシュ様の館だと言い張り、
「とっとと出て行くんだな」
「怪我をしてからでは遅いぞ」
傍に居た召使がそっとユキにささやいた。
「ドラゴシュの末裔だと自称している貴族の私兵です」
ルーマニア人のドラゴシュ初代モルダヴィア公が在位していたのは、もう3世紀も前の事だから、怪しいものだ。ドラゴシュの家系は絶えたっていう事になっている。
召使はさらに、
「この連中はたちが悪くて有名なんです。札付きの悪党どもですよ」
「さあ、どうすんだ。怪我したくないだろう。出て行くんなら今の内だぞ!」
ユキは仕方ないわね、といった顔をした。
「では、後ろを御覧なさい」
男達が振り向くと、そこにはいつの間に現れたのか、剣を携えた二十八人の傭兵が立っていた。
黒海を見渡せる丘陵地に来ている。
「ユキさん」
なだらかな丘で、傭兵のバルクがユキの後ろに立ち、横にはクイナとタリウトが控えている。
「ここがヤスベさんの墓なんですね」
「そうです」
安兵衛と旅した思い出、初めて剣を教わった日、海へ出た日が思い出される。
ユキは墓の前にひざまずき、そこに書かれた碑文を見つめた。
「TONO MATA UOAISIMASITANA YASUBE」
父が未来の誰かに残した言葉で、長い年月を超えた意味合いの深い手紙であるらしかったが、見つめるユキにその意味は良く分からなかった。
「お父様……」




