第27話 ハックを救出
この時代裁判官は刑の判決から執行まで、全ての権限を持っている。市庁舎に入り裁判官に面会を求めると、奥まった重厚な部屋に通された。
「なに、この儂を買収すると言うのか!」
古めかしい調度品があふれる執務室で、裁判官が声を荒げた。目の前のテーブルに金貨の袋を置かれたのだ。オランダの貿易商人達とは深い付着のある裁判官だ。よそ者が突然現れ、金貨一袋ごときで買収出来ると思われたのが腹立たしかったのか。
「いえ、そうでは御座いません。裁判官様は公明正大で正義感溢れる方だとは常々受け賜わっております」
「…………」
「ただあのハックは有能な航海士で、その才能が惜しいのです」
ユキがさらに金貨の袋をふたつ上乗せすると、裁判官の目線がわずかに動いた。
「ここは裁判官様の恩情で、あの者の将来に道を開ける事が出来ればと……」
ユキはさらに袋をみっつ乗せる。
裁判官は急にユキの側に来ると、耳打ちをした。
「……実はな、儂もあの者の将来には期待しておったのだ。だが、判決は神聖なもので覆す訳にはいかん」
「…………」
「ただ、その……牢獄はこの建物の地下にあるんだが、ちょっとした問題があるんだ。牢番の奴がとんでもない酒飲みでな、今夜あたりもきっと酒を飲んでいるのではと……」
裁判官はユキの顔を見て勝手に頷いて見せ、離れて行く前に言った。
「明日の処刑台には多くの者が上る。もし今夜何かが起きても、儂は知らぬ」
裁判官は両手を伸ばすと、金貨の入った袋の山をずりっと自分の胸の前までずらした。
その夜、何故か鍵が掛けられていない裏のドアから侵入して、ユキ達が市庁舎の地下に降りたのだが、どこにも見張りの兵が居ない。牢番は確かに酔いつぶれている。その牢番の腰から鍵を取る。
「……ハック」
「どこだ?」
「何処にいる?」
「ここだ、なにか用か?」
この時代にヨーロッパで懲役刑というものは無かった。牢獄はあくまで判決から刑の執行までの罪人を一時的に拘束している場所に他ならなかったのだ。
いぶかしげにこちらを見る赤ひげハックは鎖で壁につながれている。
「仲間は何人いるの?」
「五人だ」
「クイナ、全員の鎖を解いて」
「分かりました」
足枷を次々と解き、ハックを仲間とも牢から救い出した。
「なぜおれ達を助ける?」
「貴方方の才能が惜しいのです」
「…………」
この救出劇が危険なのは分かっていた。だが、世界の海を知る男を絞首台に送る方が、ユキにはもっと惜しく思えたのだ。ユキはその気があるのなら、ワラキアの私の所に来なさいと言い、待機させてあった馬車で安全な所まで送り届け別れた。




