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第26話 キャプテン・ハックとその仲間達


 かつてヴェネツィアが地中海を支配していた時代、人口十数万に対して三万六千人の船乗りがいたと言われる。だが今、その海運の覇権はオランダとイングランドへ移ろうとしていた。

 ユキは新たな帆船の建造に取り掛かっていた。スペインとポルトガル、さらにはイングランドにも建造を依頼していたのだ。コンスタンチノープルでの戦争特需で得た巨万の富を、惜しげもなくつぎ込んで次々と帆船を注文した。


「ヴェネツィア商人の家系に連なる貴方がなぜ、西欧の造船所になど注文するのですか?」

「海運界をリードする地位は、もうヴェネツィアからオランダアやイングランドに移りつつあります」

「…………」

「それに発見された新大陸を思えば、これからもっと沢山の船と情報が必要になるでしょう。ベネチアや地中海にこだわっていては駄目です」


 船はいくら造っても造り過ぎる事は無いと言うのだ。


「すぐオランダに会社を作るわよ」

「オランダに?」


 ユキはオランダに海運会社を設立する為の準備を始めた。


「これから世界の海運の中心はアムステルダムになります。ヴェネツィアは地中海の奥ですから」

「…………」

「モルダビアはそのさらに奥で黒海の北の端なのよ」


 世界の国々と交易をするのに、モルだビアに居ては、ハンデが有りすぎると考えていたのだ。


 だがオランダにやって来たユキは、運河沿いの街並みを眺めながらつぶやいた。


「いっそ買収してしまった方が手っ取り早いわね」


 新たな海運会社の設立よりも、既にある会社の権利を買収する方が手っ取り早いと判断する。交易に詳しい人材を確保する手間も省ける。さらにイングランドの海運会社や造船所までもがユキの標的となった。

 しかしその買収はすんなりとはいかなかった。


「ユキさん、どうしたんですか」


 最近ユキの表情が暗いのだ。


「買収を誰かが阻止しようとしている……」

「それは誰ですか?」

「まだ分からない、でも見当はついているわ。イングランドやオランダの貿易商人たちよ」

「…………」

「オランダとイギリスとの軋轢を上手く利用すれば……」

「…………」


 買収を持ちかけると、商人が法外な値段を提示してきたのだ。冷やかしと映ったんだろう。


「タリウトさん、納税問題が無いか、調べてみましょう。負債を抱えている商人を探すのです。不正会計の噂とか、大きな損失を出して破産しそうな商人が居れば好都合です」

「そういった商人を探し出して買収するんですね」

「そうです」

「貿易商人達の集まる酒場とかで、酒を奢って上手く情報を聞き出すのよ」

「分かりました」




 オランダの運河沿いを、ユキとバルク達3人が歩いている。その頃、アムステルダムの商人ギルドではユキの動きを警戒する声が強まっていた。


「ユキさん、オランダはさすが大国ですね」

「そうね」


 オランダの黄金時代が近づいている。貿易や科学、軍事から芸術までもが花開き、世界で最も優れた海運国、経済大国となりつつあるのだ。広場にはオランダ・ルネサンス様式の優美な大邸宅、運河沿いに商人たちが建てたカナルハウスが並んでいる。

 ユキとバルクらがオランダの街を歩いていた時、広場で賑やかな光景を目にする。絞首台が何台も建てられているのだ。


「何かあるの?」

「明日大勢の悪党どもが首をくくられるのさ」


 ユキから聞かれ、そこに居た得意顔の男がさらに言った。


「赤ひげのキャプテン・ハックもな」

「ハック?」

「なんだ、おめえ知らないのか。イングランドの有名な海賊だあな」


 海賊、通称赤ひげが海の貿易商達を悩ませ始めた頃、イングランドの海賊ウィリアム・ハックと3百人の部下達は、捕獲したスペインの船を利用して他のスペイン船を次々と襲撃した。だが彼らは意外に教養の高い海賊達だった。ハックを含む5人が、詳細な日誌を残していたりする。

 大西洋から地中海の海を縦横無人に暴れまわった海賊キャプテン・ハックの名は当時ヨーロッパ中に知れ渡っていた。ジャマイカを拠点にしていた海賊だ。

 この時代の海賊は無法者ではあるが船長などは選挙で選ばれるなど守るべきルールはあった。ハックも仲間内では厳格な掟で秩序を保っていたが、得られた戦利品は皆に公平に分配している。

 カリブでの取り締まりが厳しくなると、ハックはインド洋に向かい紅海にたどり着く。ここはアラブとインド人の交易ルートで、出会った交易船を襲撃して宝石や香辛料などの積み荷を奪うと想像を絶する価値の品々であった。新しい拠点はマダガスカルの東に位置する島で、大胆にも敵国オランダ領内ともいえる目と鼻の先の島である。そこからマラッカ海峡にも進出して東南アジアの海を荒らしまわった。


「悪さをしたら、キャプテン・ハックがさらいに来て、海賊にされるよ。言う事をきかなきゃ手足を縛られて海に投げまれるんだ。それでもいいのかい?」


 どんな悪ガキもその脅しで静かになった。だがついに、スリランカのオランダ領コロンボ、史実では15世紀から19世紀まで続いたキャンディ王国で、極秘に上陸しているところを役人に見つかる。仲間が逮捕されたのを知ったハックが助けようと牢に潜り込んだが、待ち受けられており彼自身も捕らえられてしまったのだ。

 数人の仲間と共にオランダ本国に移送されると、海賊行為で裁判にかけられて絞首刑と決まった。明日はその処刑がある日だった。

 ユキはハックの話を聞き、その大西洋からインド洋、さらには東南アジアの海にまで触手を伸ばしていたという才能に興味を持った。


「タリウトさん、今すぐ裁判官を探しましょう」



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