第24話 戦争特需
1656年のダルダネスの戦いではヴェネツィア艦隊による海上封鎖を受け、物流が滞り物価が高騰し、首都のコンスタンティノープルは暴動と反乱の危険にさらされることになった。
物価の高騰を収拾するのに数年を要したのだった。パルパテチオ号はワラキアとコンスタンチノープル間を限りなく往復した結果、ユキの船室は金貨銀貨を満載した箱が山積みとなってしまった。戦争特需というものは途方もない利益をもたらす。ロスチャイルドもそれで財を成した。
だがある日、ワラキアの港で荷の積み込み作業を指示していたユキの所に、緊急の報告があった。
「ユキさん、夫人の館が襲われてます!」
夫人の館がバレアヌ家から攻撃を受けているという。敵の攻撃は早朝から突然始まったと、放っていた偵察の者が馬を走らせ知らせて来たのだった。
「バルク、行くわよ!」
船に積み掛けていた荷を放り出して、軍団は夫人の館に急行するべく馬に乗り鞭を入れた――
今から急行して着くのは夕方になる。間に合ってくれればいいのだが……
ユキの脳裏には、あのラウラ邸が暴徒に荒らされラウラ夫人が殺害された記憶がよみがえる。
軍団は日が落ちる前に館に着いたが、敵はまだ銃撃中だった。館は石と漆喰造りで、頑丈なドアを備えている。窓も鉄の格子がはまっているから、立て籠っていれば、簡単には堕ちない。敵は鉄のドアを前に攻めあぐんでいた。
「行け!」
もう作戦も何も無い。軍団全員が突撃して行く。ユキも刀を抜いて、何人か夢中で切る。刃が敵の身体にずるっと食い込む。返り血を浴び、なおも切り進んで行く。剣は片手で握るのに対して、刀は両手で持つ。ユキのようにひ弱な者でも両手なら扱えた。
館の外から攻めあぐんでいたのか、気が緩んでいたのか、突然後方から抜刀して来た軍団に、敵は銃を持ったままうろたえた。弾込めに時間を要するこの時代の銃だ。いきなり切りつけて来る刃を受け止めるのが精一杯で、何の役にも立たない。次々と刀の餌食になって行く。
「ユキさん、ユキさん」
「――――!」
ユキの振り上げた刀に、相手が手を振って再び「ユキさん!」と叫んだ。目の前に居たのはクイナ。ユキはやっと我に返った。周囲に敵の死体が散乱していた。
「エヴァさんは?」
そう言ったユキが見ると、館の門が開き、夫人が出て来た。
「ユキさん」
「エヴァさん、御無事でしたか」
たまたま外に居た使用人が何人か被害を受けたが、他は館に立て籠って無事だった。数えてみると館の周囲には40人以上の斬死体が有った。死体は全てバレアヌ家まで軍団が送り届けた。ほとんどは私兵のようだが、何人かはバレアヌ家の者も混じっていると夫人が言っていた。
軍団がバレアヌ家の前に着くと、館から出て来た若者が剣を抜こうとして、長老らしい者がそれを押し止めた。運ばれて来た死体の山を前にしたその者は、バルクを見て悲しげな表情を浮かべ「感謝する」と一言だけ言った。




