第23話 コンスタンチノープル
コンスタンチノープルの港では、入荷される食糧がとんでもない高値を付けていた。何しろダルダネス海峡をヴェネツィア海軍が封鎖しているから、地中海からの交易船が入って来れない。行き来出来るのは黒海と陸路の交易だけだ。地中海からの交易船が入れないだけで、コンスタンチノープルでの物流の量は激減する。特に食糧は日々必要としているから、無ければ飢えてしまう。しかも帝国内の食糧自給は戦火でままならず、陸路での補給も滞りがちで、食料や日用品の価格は何処までも高騰して行く。
ユキの船が食糧を積んで来たとの情報は、あっという間に広まり、港は集まって来た仲買の業者達でごった返した。
「もう無いよ」
「何でもいい、金ならいくらでも出す、売ってくれ」
「だから野菜はもう無いんだって!」
食糧だけでは無かった。運んで来た日用品は何でも、もうユキの言い値でどんどん売れて行く。すぐ全てを売り切ってしまった。特に薪や石炭はとんでもない値段になった。イギリスで石炭が家庭用、工業用の燃料として広く一般的に使用されるようになったのは16世紀中頃以降であると言われている。石炭は古代から燃える石として知られ、ギリシアやローマ、中国などで鍛冶に用いられた記録がある。
船は水だけを積み込み、またワラキアにとんぼ返りだ。
ワラキアはモルダビアよりも航海の日にちが数日少なく済む。早ければ2日、遅くても3日で着く。生鮮野菜を腐らせずに送り届ける事の出来るぎりぎりの距離だった。
港に着くとそこに保管してあった残りの荷を積み込み、再びコンスタンチノープルに向かう。ピストン輸送だ。カンタクジノ家の夫人には、次の食糧や薪、石炭等物資の確保をお願いしてある。ワラキアは戦火に晒されていないので、貴族同士のいざこざがあるだけで、経済は安定している。食糧や物資の調達にはさほど問題は無い。
ただ宿敵のバレアヌ家が妨害して来ないか、それだけが心配だった。
再びコンスタンチノープルに来たユキの船には前回同様、仲買人が群がって来た。この日も即売り切ると、すぐワラキアに取って返す。そこには既に新たな食糧や物資が運び込まれているといった具合だ。夫人が先頭に立ってワラキア全土から全てを仕入れ、軍団が港まで護送する。そんなルートが出来上がっていたのだった。だが、やはりユキの船がそのように交易を独占している事を良しとしない者が現れる。
「おかしいじゃないか」
「何であの船だけなんだ」
交易の商売敵だ。モルダビアが政情不安の為、業者は必然的にワラキアに集まって来る。当然ワラキアの物価は高くなる。次々と仲買人がワラキアの市場に入り、食糧でも何でも買い始めたのだ。
さらにユキの船が交易を独占していると、帝国に告げ口をする者まで現れた。
港の行政官は不満を受け混乱を回避しようと、交易船の出航を届け出制から平等な許可制に変えると発表した。ところがその許可が問題で逆効果、更なる厄介な事態を引き起こす。すぐには許可が下りないのだ。何日も待たされる。書類の不備だのなんだのと。
「いい加減にしてくれ」
「一体いつまで待たせるつもりだ!」
「どうなってるんだ。食い物が腐っちまうじゃないか」
港の仲買業者や船主からは、不満の声が噴出した。特に生鮮野菜は鮮度が命だ。船積したまま何日も置いておいたら売り物にならなくなってしまう。強引に出航しようとした船は役人によって抑留された。ところが、ここですんなり港を出て行く船があるではないか。それがユキの船だと皆が気づいた。マストには日本刀の上にブーゲンビリアをあしらった旗が風になびいている。そんなユキの船だけに許可が早く出るのか。もちろんどこが平等なんだ、何故だといぶかる者も居たのだが。
「あの船が早く出る」
「あれに乗せようぜ」
こうなるともう事情を詮索する事よりも、ユキの船に載せればとりあえず出荷出来ると、ここでも依頼が殺到して来た。港に居た軍団に「うちの荷物を運んでくれないか」と。だがユキは運ぶのではなく、買い取る事にした。運賃よりも向こうで高く売った方が同然利益が出る。売るのが嫌ならそれまでだ。仲買業者も鮮度が落ちてしまえば価値が無くなるのが分かっている、
「そんな只みたいな値で売れるかよ!」
「そう、嫌なら――」
「待て、分かった。売ろう」
仕方なく売って来る業者が続出した。
それでも中にはやっと許可が出て、コンスタンチノープルに着いた他の交易船もあった。だが、野菜などは腐ってしまい、ユキの船だけに注文が殺到、値段はさらに上がった。
ワラキアでユキ達の所には、仕入する必要もなくなるほど食糧が集まって来る。さすがの巨大な交易船パルパテチオ号も甲板まで満載で、ユキの居室にまで置かせてくれと言って来た。




