第22話 積み荷が奪われる
ワラキアに着くとコンスタンチノープルに向けての荷を積み始める。
「ユキさん!」
傭兵のひとりが深刻な顔で報告に来た。
「どうしたんですか?」
「積み荷が奪われました」
「えっ」
港まで運んでいた積み荷の一部が、何者かの集団に奪われたと言うのだ。
ふたりの傭兵が付いていたのだが、集団で襲われ奪われてしまったようだ。
「御者ともうひとりは無事ですか?」
「御者はすぐ逃げ、傭兵のひとりは深手を負いましたが、命に別状はないようです」
「…………」
ユキは負傷した傭兵と共に、深手を負った者を見舞った。
「大丈夫?」
「これくらいの傷は……」
「動かないで」
起き上がろうとした男をユキが止めた。
「敵は大勢だったの?」
「20人くらいでした」
敵対勢力の仕業に違いないとにらんだユキは、すぐ館に皆を集める。夫人からバレアヌ家の情報を聞いた。
「バレアヌ家はどの位の兵力を持っているのですか?」
「その時により差はあるんですが、20人ほどの時も有れば、50人を超える私兵を出して来る時もあります」
「これからは軍団全員で護送する必要が有るわね」
ユキはバルクに敵情を偵察出来ないかと聞いた。
「やってみます」
数人の男達が選ばれて、偵察に行ったが、
「奴ら、ただの盗賊じゃありません」
「館の周囲に柵まで作り始めてました」
「戦をする気です」
「では一刻も早く荷物をコンスタンチノープルに運びたいの。すぐに出発しましょう」
「分かりました」
幸い強奪された積荷は調達した物のごく一部だった。残された食糧も他の物資も十分な量がある。全ての荷を、軍団全員で護送する事になった。
さすがに今回は襲って来ない。港に着くとすぐ積み込みが始まる。
「隊長」
バルクが戻った。
「やっぱりバレアヌ家でした」
「襲ってこないの?」
「いや」
バルクは笑った。
「襲えないんだ」
「二十八人全員が武装してる隊商に手を出せば、損の方が大きい」
「タリウトさん」
「はい」
「この港を管理している帝国の行政官に会いたいので調べて下さい」
「分かりました」
行政官の屋敷は港の近くに有った。
「私はモルダビア公国の商人ユキと申します」
「…………」
「この度は行政官様にはお会いして頂き、光栄に存じます」
行政官はテーブルに置かれた果物をつまみながらユキを見た。
「何の用かな?」
「はい、私は先日コンスタンチノープルから帰ってまいりました」
「…………」
「行政官様のお国は大変な状況になっており、食糧の輸出をしなければと用意しました。行政官様のお力添えを得て船の出航を許可して頂ければと、こうして伺いました」
交易船の出航は届け出だけで、許可など必要ないのだが、これから大量の物資を輸出しようと考えているのだ。今のオスマン帝国は戦時中でもあるし、後々の事を考えると用心に越したことは無い。
ユキは金貨の入った袋を見た。
昔、ラウラが笑って言っていた言葉を思い出す。
「正しいだけでは、人は動かないのよ」
「必要なのは、相手に利益を見せる事」
袋を差し出すユキは一瞬だけためらった。
以前の自分なら嫌悪していたかもしれない。
だがラウラは言っていた。
教えられた処世の術の一部である。「世の中は自分の感情だけでは動かないのよ」ラウラはそう言って ユキを教え導いたのだった。
黒海では、一隻の船を失ったと思っていた。
だが今は分かる。
船はただの器に過ぎない。
人がいて、物が流れ、繋がりが生まれる。
その流れこそが、本当に価値のあるものなのだ。




