第21話 刀に懸ける誓い
食料が調達できたパルパテチオ号がモルダビアに着くと港が不穏な空気に包まれている。
「どうやら上陸は無理ですね」
まだ暴動の余波が残っていて、自由な上陸は無理だと分かった。
再び出航となる。
「ユキさん、これからどうするんですか?」
バルクが聞いて来る。遠くの景色を見て揺れる馬に乗り続けてきた者達は、海を行く同じように揺れる船に乗っても酔う事がなかった。
「船底から暴徒達を連れて来なさい」
甲板に20人ほどの男達が連れ出されたのだが、全員を腰縄でつないである。久しぶりに日の光を浴びて、皆目をしばたたせている。ユキが船底から出した理由を説明し始めた。
「あなた方にはふたつの選択肢があります。ひとつはこの船で働く事。そうでない場合は、また船底に戻ってもらいます」
この時代の帆船は常に人手が足りなかった。出港時に水夫の頭数が足りなければ、港の酒場に行き、酔いつぶれている男を片っ端からさらって来る。船に乗せて船出した後は、もう働くしかないと引導を渡す。そんな事がごく普通に行われていた世界だった。
暴動に加担した男達は皆働く事に同意した。加わった理由も職にあぶれた日々の鬱憤からだった。
「つらいことは全部過ぎ去っていくわ。何かいいものを手にしても、いつか消えていくし、人は進んでいくのよ。給金は必ず払うわ」
貴族の男も、再び暗い船底に戻されるくらいならと、甲板で働く事を希望した。
「船長」
「はい」
「ワラキアの港に向かって下さい」
「分かりました。甲板長、帆を上げろ、出航だ」
モルダビアの南に位置するワラキアに港は無いのだが、オスマン帝国領の港からさほど離れてはいないし、帝国領とは何の問題も無く行き来できている。
数層構造の巨大なパルパテチオ号船尾楼は、重厚な調度品で飾られている船主の専用船室でもある。背後の窓から、静かに離れてゆくモルダビアの港をユキは見ている。その港の背後には、あのラウラ邸のある丘とラウラを埋葬した場所が遠望できるのだ。
「おば様……」
帆をはらんだパルパテチオ号の航路後が白い波筋となって細く続いている。羽織袴姿のユキは床を突いて刀を立てる。そして柄に両手を重ねて置きつぶやくのだった。
「おば様、見ていて下さい。これから私がラウラ家を立派に再興する事を、この刀に懸けて誓います」
マラトは船員達を率いて、空荷のパルパテチオ号を黒海沿岸へ移動させた。
「食料が集まる頃には、ワラキア近海で待機させます」
巨大な帆が風を受け、船はゆっくり港を離れていった。




