第19話 ユキの袖口から血が
翌朝早く、五隻の手漕ぎ船を借りた。傭兵達とユキが沖合に停泊しているパルパテチオ号に近づくと、待ち構えていたマラトが顔を出す。
「こっちだ」
投げ降ろされた縄梯子を伝い、次々と傭兵が乗り込み、ユキも乗り込む――
「ユキさん、うまくいきました、こちらです」
マラトの案内で暴徒達の居る船室に行くと、ほぼ全員がうまい具合に酔いつぶれていた。
「縛り上げろ」
20人ほどの暴徒はほとんど抵抗できず、その場であっけなく後ろ手に縛られ、船底に連行されて転がされる事になる。
「ん、おかしい」
マラトが辺りを見回した。
「少しいい服装をした男の姿が見えません」
「リーダーの貴族やろうか」
「そうです」
「探せ」
「俺ならここにいるぞ」
短銃を構えた男が背後から現れた。
「壁まで下がれ」
男は短銃を構えたまま指示している。
「おまえ、縄を解け。早くするんだ!」
男は興奮しているのか、背後のユキには気が付いていないようである。ユキは刀の鯉口を切り、静かに抜いた。しかし狭い船内だ、失敗したら取り返しのつかない事になる。だが、男がふと振り向いた――
「イエッ――」
「ガーンー」
刃が光ると短銃が発射された。
「うっっ」
短銃を持った男の手が斬られたのだ。
「ユキさん」
ユキの袖口から血が流れ、手が震えている。
「このやろう」
男は取り押さえられ、他の暴徒と同じように後ろ手に縛られ、船底に投げ込まれた。
「ユキさん、大丈夫ですか」
ユキは何も痛みは感じていなかった。
「……違う、刀を振るった事はある。でも、人を斬ったのは……初めて……」
ユキは自分の右手を見た。
震えが止まらない。
手のひらに血が飛んでいる。自分の血なのか、男の血なのか分からない。
(私が……斬った……)
ラウラの顔が浮かんだ。
「生きるために剣を持つのよ」
昔聞いた言葉だった。
だが、その意味を今初めて理解した気がした。
「躊躇してたら死んでいたのはユキさんです」
「…………」
「ユキさん!」
自分の名が呼ばれている?
ユキは黙ったままだった。
手についた血を布で拭いても、何故か消えない気がした。
胸の奥が重く沈んでいる。
その夜、ユキはほとんど眠れなかった。
目を閉じるたび、短銃を構えた男の顔と血の飛沫が浮かぶ。
だが朝になれば、自分が動かなければならなかった。




