第17話 パルパテチオ号
南下を始めて3日目の夜。さすがに野宿はつらくなり、宿に泊まった。1階が酒場で、2階は幾つもの小部屋になっている。
「皆さんで飲んで下さい」
と、ユキはタリウトに金貨を数枚渡した。
クイナはユキの部屋の前に居る。
「貴方も」
「でもユキさん」
「私なら部屋の中だから大丈夫よ」
クイナはそれを聞いて、やっと下がって行った。
翌朝は早く出立したのだが、バルクがユキの側に馬を寄せて来ると、
「ユキさん、あんたの身を守るのも俺たちの仕事です。この先も宿に泊まるなどして、なるべく野宿など無理をしないで下さい」
「…………」
「それから、私は部下ふたりを連れて先を急ぎます。船の方が早く着くかもしれませんので」
「それでしたら船でマラトという水夫頭を探し出して下さい。私の信頼する部下ですから、事情を言えば協力してくれるはずです。船長や上級船員より、一介の水夫の者と話す方が暴徒達に怪しまれずにすむでしょう」
そう言うとユキは金貨を一握り渡した。
「分かりました。では」
バルクは部下ふたりを連れ駆けて行った。
ユキ達が南下していたワラキアで有名なドラキュラ公はオスマン帝国と対立し、帽子も取らない横柄な態度の使者を前にすると、
「何故帽子を取らない?」
「我が国では皇帝の前であろうと、帽子を取る必要はありません」
「ならば2度と取れないようにしてやろう」
タリウトが馬を並べての話では、
「帽子を使者の頭にクギで打ち付けてしまったようです」
「…………」
ユキと傭兵達がワラキアの土地を南下している道中、盗賊に襲われていた貴族を助けた。
最初の盗賊が剣を振り上げた瞬間、クイナの姿が消えた。
気付いた時には、男の剣だけが地面に落ちていた。
「まだやるか?」
残り三人は後ずさった。
「カンタクジノ家のエヴァです。この御恩は忘れません」
「私はユキです、縁が有ったらまたお会いしましょう」
馬車の紋章を見たタリウトが眉を上げた。
「カンタクジノ家……」
「知っているんですか?」
「ワラキアでも有数の家柄です」
互いに名を告げると別れた。
馬を飛ばしていたバルク達3人は、コンスタンチノープルに着いた。
「モルダビアから来た船はいるか?」
「パルパテチオ号だ」
「モルダビアから来たばかりの船は何処だ?」
バルク達は港に来ると聞いて回った。港といっても広い範囲に何カ所も点在しているし、船は何隻も停泊している。中には沖に停泊したままなのもいる。オスマン帝国がヴェネツィアと始めた戦いの影響がまだ続いている。ダーダネルス海峡ではヴェネツィア艦隊が封鎖線を敷き、黒海から来た船は足止めされていた。物流が滞り物価が高騰したコンスタンティノープルだ。港の雰囲気も殺伐として皆殺気立ち、人の質問にまともに答える者は居ない。
「くそ、これじゃあ分からんぞ」
「だがな、良い事もある」
バルクが自信を持って言った。
「何ですかそれは?」
「海峡が封鎖されているって言ってるだろう」
「…………」
「という事は、ここから地中海には出て行けないって事だ」
船はきっと近くに居る。
「しかしすごいな、この港を見ろ」
「黒海の船が全部集まってるんじゃないか!」
「この港を握った奴は国すら動かせる」
「ユキさんは船を奪い返したら、次は一体何を狙っているんだ?」
船を一隻見つける事がだんだん小さく思えてきたバルクであった。
「ベンダーの草原も大きいが、海はもっとデカイ」
草原の覇者を気取っていたバルクであるが、今目の前に広がる光景を見ると、何か分からないものが胸の内に湧き上がって来るのを感じた。
「隊長……あれを見て下さい」
港の沖に停泊していた一隻の船。船体に描かれた文字を見たバルクは目を見開いた。
――パルパテチオ号。




