第12話 コサックとの闘い
ここは古都ベンダーの郊外である。
馬を進めていたバルクは、ふと眉をひそめた。
「また来る?」
幼い声が、なぜか今になって頭をよぎる。
「そういや隊長、あのチビに気に入られてましたね」
「…………」
「ラウラ様のところのユキですよ」
「…………」
バルクは何かを振り払うように顔をしかめた。
「クイナ、タリウト、出陣だぞ」
ラウラ家の商隊を何度か護衛した翌年の初夏だった。モルダビア公から突然の出陣命令がきたのだ。
「ロシア軍が侵攻して来たらしい」
「ロシアの目的は不凍港でしょう」
タリウトが答えた。
「すぐ兵を集めろ。全軍だ」
「はっ」
モルダビア公の出陣命令は全てのタタール氏族に出された。
バルクはアルクイの全兵力4百騎を召集して出陣する。召集されたタタール騎馬兵の総数は1千5百騎前後となる。そして当面の敵はロシアのコサック兵だと分かった。
「コサックなんざ盗賊ですよ。蹴散らしてやりましょう」
ロシア軍の兵力はまだ良く分かっていない。この頃のオスマン帝国は既に衰退期にあり、モルダビアを支援する兵力もあまり多くは無い。それでもモルダビアとオスマン、さらに小国ではあるがクリミア・ハン国など周辺諸国の連合軍戦力は5万から7万前後である。
「コサックはプルート川河岸に集合しているようです」
斥候の報告である。
コサック騎兵連隊は本隊と分かれて迂回、ロシア軍本隊の右翼に布陣していた。そしてプルート川近郊に置かれていたオスマン軍の食糧貯蔵庫を急襲占拠した。
「タリウト、敵の右翼にコサックだ」
「奴らまだ気づいてないでしょう」
そう言ったタリウトの横でクイナは早くも剣を抜く。
寡兵で有力な敵を討つには奇襲しかない。
「敵のコサックはほぼこちらの倍ですね」
タリウトはそうみた。
こちらは4百騎で木立の先に見えるかぎり、ほぼ倍のコサック騎兵だ。ここは大半の敵兵が馬を降りている瞬間を狙う。食糧貯蔵庫を奪取して気が緩んでいるのだろう。中には早くも盗み出した酒を飲んでいる奴らもいる。コサック兵はすでに祝宴のような状態だった。
「何をしている。昼間から酒を飲むやつがあるか!」
前線にやって来たコサックの司令官の第一声である。酒瓶を取り上げると投げ捨て、
「剣をとれ。馬に乗るんだ!」
だがそれは一足遅かった。
バルクの号令が響いたのだ。
「掛かれ!」
号令と同時に、タタール騎兵が一斉に動いた。
地面を蹴る蹄の音が、雷鳴のように響く。
混乱は一瞬だった。
酒に酔った兵は武器を取る間もなく崩れ落ちていく。
後はバルクの口癖、
「戦場でやる事はただ一つ。殺せ、殺せ、殺せだ」
4百騎のタタール騎馬軍団が剣を抜き、地鳴りをさせて駆け出す。
殺戮は半刻ほど続いて終わると、コサックの半数が切り倒されていた。




