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第11話 ブコビィ


「行くぞ」


 バルクは50騎ほどに増えた軍団を従えてブコビィの本拠地に向かう。


「やるんですか」


 クイナがいい、バルクを見つめた。


「そうだ、奴を放っておけば、また商隊を襲う。今叩かなければ荷は守れん」


 バルクは馬に鞭を入れた。

 それはまさに奇襲だった。敵が集合する前に個別撃破するのは、戦術の基本である。


「ブコビィは何処だ」


 突然の軍団来襲に、対抗出来ないブコビィの手下達が逃げ惑っている。剣を突きつけられて聞かれた男はブコビィの居場所を知らないようだ。


「止めろ、雑魚は放っておけ」


 そういい、男を切ろうとする部下をバルクは止めた。なるべくタタールの仲間を手に掛けたくはない。

 姿の見えないブコビィを追って軍団はさらに他の場所を探す。しかし周囲の居住地を片っ端から回ったがブコビィの行方が分からない。

 その時、


「ブコビィだ」


 二手に分かれて捜索していたタリウトがやって来て声を上げる。ブコビィは数人の部下を連れて家屋から出て来るところであった。

 バルクの声が響く。


「ブコビィ!」


 ブコビィは「フン」と小さくつぶやくと、抜いた剣をダラリと下ろして歩いて来る。

 バルクが話しを続ける。


「タタールがいつの間に盗人になった」

「なに、盗人だと。何の事か分からんな」

「とぼけるな。おまえの手下が商隊を襲ったんだ」

「おい、誰か商隊を襲った者は居るか?」


 ブコビィに聞かれた周囲の者は皆沈黙している。


「誰も知らないとよ」


 ブコビィはうそぶき、ニヤリと笑った。


「やってないのなら何故剣を抜く」

「そっちが先に抜いてきただろうが!」


 ブコビィは罵声と共に周囲の軍団を舐め回す。

 バルクが馬を降りると、クイナもすぐ降り側にやって来た。


「ブコビィ、タタールの血は流したくない」

「…………」

「族長同士の決着はどうだ」

「いや、隊長、こいつは俺にやらせてくれ」


 クイナはそういい剣を抜いた。それを見たブコビィは鼻で笑う。


「ほう、若造、勇気があるじゃないか。俺とやり合う気か?」


 タタールの男達は決闘を盾無しで戦う。ただし目的は相手を殺す事ではない。片方が負けを認めればそれで終わりとなる。タタール同士で無駄な殺し合いはしない。時には相手の剣技を讃え、負けた者が握手を求めて来る事もある。


 軍団が周囲を取り囲む中、ふたりは対峙する。クイナが無言で間合いを詰め始めると、ブコビィはゆっくり横に移動を始めた。余裕がそうさせるのか剣はまだダラリと横に下げたままである。

 だが2度3度と互いの剣が振られて激しい火花が散ると、ブコビィのにやついていた表情が変わった。その顔に浮かぶのは明らかな殺意。一旦離れた両者は睨み合ったままジリジリとまた横に移動しだす。そして再び火花が散った直後だった。体をひるがえしてブコビィの脇をすり抜け回転したクイナ、拳が返され剣が振り向きざま肉を切った。


「ウッ!」


 ブコビィは肩を深く切られてよろめいている。その既に戦意を喪失したように見えるブコビィを背に、クイナが剣を下ろして離れて行こうとした時だった、


「クイナ!」


 バルクの声で振り向くクイナの目に映ったのは、のど元に剣を突き付けた側近から声を掛けられるブコビィであった。


「このような勇者を後ろから襲う卑怯者など、タタールには居ないはず」


 重症を負ったブコビィであったが、離れて行こうとするクイナを後ろから襲おうとしていたのだった。

 肩を押さえるブコビィ、


「バルク、草原は強い奴が生き残る場所じゃねえ、最後まで疑った奴が生き残る」


 ブコビィは血を吐きながら笑った。


「草原では今日の勝者が、明日も勝つとは限らん」




 数日後――

 商隊が再び出発する日、

 バルクは振り返らなかった。だが草原の風の向こうで、誰かの視線だけは感じていた。

 妙な娘の顔だけは、なぜか胸に残っていた



「出発だ」


 バルクの声で再び商隊が動き出す。30騎の援軍は帰り、元通りの20騎で商隊を護送する事になった。大雨の影響で水かさの増した川を渡る事が出来ないと言う情報があり、伸び伸びになっていたものである。

 荷馬車に乗り組んでいた御者の半数はラウラの指示を受けた商人で、ルーマニアの卸売り市場に着くと持ち込んだ東方の香辛料などを売り捌く。帰りは西側諸国の物産を買ってアジアに流すのだった。

 ラウラは遠ざかる商隊を館の丘から見送っていた。

 バルクは振り返らない。だが誰かに見られている気配だけは、まだ胸に残っていた。





 肩に包帯を巻いたブコビィは焚き火の前に座っていた。


「バルク……」


 側近が恐る恐る尋ねる。


「追いますか」


 ブコビィは笑った。


「いや」


 炎が目に映る。

 夜風が草原を吹き抜けた。

 副官から斬り付けられたブコビィは数人の仲間を連れて軍団を離れた。今バルクを追っても数で負ける。


「今度は俺が待つ側になる」


 側近が眉をひそめた。


「待つ?」

「モルダビアの女貴族……いや、あの女商人は手広くやっているらしいじゃないか」


 炎が揺れた。


「女の船は黒海を行き来している」

「まさか海賊ですか、だけど、誰も船の経験なんぞ……」

「違う」


 ブコビィは笑った。


 側近が首を傾げる。


「……どうするんです」


 ブコビィは焚き火を見つめたままだった。


「船じゃない」

「え?」

「もっと大事なものを奪う」

「…………」

「荷なんぞまた稼げる。だが失ったものを取り戻せない奴は弱くなる」


 ブコビィは笑い、焚き火の向こうを見た。


「剣は腕だけで振るうもんじゃねえ」


 炎が大きく揺れた。


「だが人は違う、人間には必ず、守るものがある」

「人?」

「バルクの剣を鈍らせるものだ」

「…………」

「あの女を押さえればな……背後には、まだ使えるものがありそうだ」



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