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第10話 泥の街道


 商隊の行く先は必ずしもいい道だけではない。時にはぬかるんだ道を避けて脇の森に入る事もある。荷を満載した2頭立ての馬車は全部で5台。護衛するバルクの騎馬軍は前回と同じ20騎である。

 ルーマニアまで脇道に入る事態を考慮すると、約2百キロを走破しなくてはならない。目的地までは10日以上も掛かる勘定である。


「出発だ」


 隊長バルクの声で商隊が動き出す。先頭がバルクで中間がクイナ、しんがりがタリウトである。商隊の全長は百メートルにもなる。

 やがて雨が降りだし、道がぬかるんで思うように進めなくなってくる。


「皆、馬を降りろ」


 隊長の命令で軍団は全員馬を降り、荷馬車を手で押しだす。だが雨は本降りとなって止む気配が無い。


「仕方がない、一旦休憩だ」


 馬車から馬を離して脇道の草をはませながら、人は林に避難する。それでも雨には濡れるから気休め程度にしかならない。


「ついでに何か腹に入れておけ」


 水と酒は革袋に入れ、携帯食は乾パンとチーズ、木の実。もちろん干し肉もだ。バルクたちの主食は干し肉と馬乳酒だったが、東ヨーロッパに住み着いた今ではワインも飲む。雨除けの小天幕を携行し、あとは長い外套で夜に毛布代わりとなるものを持っている。さらにつば広の帽子で、雨が首筋に入らないようにする。


「この雨じゃあ火は起こせないな」


 火打ち石も無用の長物である。

 夜は毎晩木を切り倒し、馬を野獣や盗賊から守る垣根を作らねばならない。


「くそ、初っ端からこれかよ、ついてねえや」


 そう言ったのはクイナで、豪雨も夜半迄には上がっていたが、火を起こせず冷えた身体を温める事が出来ないからだ。


「タリウト、何人かに交代で見張りをさせろ」

「分かりました」


 クイナが少しおどけてバルクに声を掛けた、


「隊長」

「何だ」

「また来る?――だそうですよ」


 バルクは眉をひそめた。


「くだらん」


 だが、その夜バルクは火の無い暗闇の中で、ふと思い出した。


「また来る?」


 妙な娘だった。




 ところが夜半となった頃、遠くで何かが鳴いたが、それが途切れた。


「ん……」


 目がさえたクイナはバルクを起こした。


「隊長、早くも盗人どもです」


 怪しい者らが近づいて来ていると言うのだ。


「タリウトが皆を起こしてます」

「よし、10人は馬を押さえていろよ、残りはついて来い。クイナ、案内しろ」

「はい」


 バルク達は近づいて来る盗賊と商隊が休んでいる場所を横から傍観する位置にそっと移動した。

 たしかに物音を立てず次々と忍び寄って来る何者かが居る。これは見つけたクイナの手柄だ。

 ひとり、ふたり、……どうやら賊は9人のようだ。


「合図を待て、まだだぞ」


 そして賊が剣を抜こうとしたその時、


「今だ、掛かれ!」


 不意を突かれたのは賊の方だった。寝ているはずの兵士も剣を抜いて掛かって来るではないか。左右から迫られ、逃げる間もなくふたりが切り倒され、残りは闇に消えて行った。


 だが倒れている賊の顔を松明で照らしていたタリウトが、


「隊長、こいつは……」


 タリウトがバルクを見上げる。


「なに、ブコビィの手下だと!」


 見覚えのある顔だと言う。


「タリウト、皆を集めろ」


 御者も集まると、


「計画変更だ」


 商隊は今から直ぐに引き返すと告げた。盗賊がブコビィだとなると話は違ってくる。こちらの人数が分かってしまった以上、このまま進めば奴は必ず大規模な攻撃を仕掛けて来るだろう。そうなれば積み荷を略奪されるだけどころか、商隊の全滅もあり得る。


「タリウト、部下を5人連れてベンダーに至急戻れ。援軍を手配するんだ。20、いやあと30騎程度なら直ぐに来れるだろう」

「分かりました」


 幸い未だ出発して1日しか経っていない。


「直ぐ戻れば明日中には合流出来るはずだ。積み荷はなんとしても守る」


 翌日の夕刻タリウトの引き連れて来た援軍とは無事に合流出来た。

 商隊は一旦ラウラの元に戻り、事情を説明して暫く出発を遅らせてもらう事にした。



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