第111話 家康を捕らえる
戦が始まる前、徳川方は家康本陣前に三段構えの陣を敷いていた。第一陣の本多忠朝、二陣は松平忠直や榊原康勝など、そして三陣は酒井家次、本多忠政らであった。
ところが幸村らが攻撃を開始する頃には、各陣営の隙間に、いつの間にか逸る兵らが入り込み、そこかしこで「どの隊の者か?」と詰問する場面が相次いでいた。
また西側を進んで来ている伊達政宗、松平忠輝、村上義明らの軍と、東側の前田利常、徳川秀忠らの軍も続々と進んでいた。
一方天王寺口に集結した豊臣方軍勢の総数は、幸村隊、勝永隊ほか、大谷吉治隊から遊軍である七手組などがいた。
しかし戦が始まると、幸村らは催涙弾が想像以上の効果を上げるのを見た。ガスの被害そのものは量が少ない為、それ程の効果を発揮したとは考えられないが、次々と引き起こされたパニックは敵軍に致命的なダメージを与えた。統率の取れなくなった軍は烏合の衆となる。それがどれ程の大軍だろうと、もはや軍とは呼べなかった。
遂に真田と勝永勢は家康本陣へ殺到した。徳川方の三陣まで一気に貫き通してここまでやって来たのだ。予想外の快進撃であった。
徳川本陣に到達すると、豊臣軍の思わぬ唐辛子ガス攻撃に右往左往している。
「お館様をお守りせよ!」
家康の側近達は暫く持ち堪えるものの、ガスで目が開けられない。
やがて全く反撃が出来なくなってしまう。
周囲に居た徳川方の兵も同様の事態に陥り、よろよろと辺りをさまよっている。さらに後方からは、回り込んでいた明石隊が来た。
徳川勢は誰もが勝ち戦だと確信していた。ましてや後方の本陣がこんなに早く攻撃されるとは、予想だにしない展開になってしまったのだ。油断があっただろう本陣の兵は皆パニックに陥った。もはや迷えるただの群衆だ。散り散りになり持ち場を離れてしまった。
「探せ!」
「家康は何処だ!」
豊臣方の兵らもガスにむせながら必死に家康を探していた。
「いたぞ」
「間違いない。家康殿だ」
ついにガスで苦しんでいる家康が見つかった。計画通りに麻縄で縛り、数人で担ぎ上げた。
「急げ、撤収だ」
首は獲らない。老い先短い老人をここで殺しても、戦には勝てないだろう。まだまだ大軍を率ている秀忠が必ず反撃して来る。もう催涙弾は無い。家康を人質に交渉をするのだ。
徳川秀忠は天王寺方面の歓声を聞き進撃命令を出していた。
だが事情を知らない立花宗茂は秀忠本陣が突出しては敵の突擊を誘うため、慎重に行動するすべきと建言した。
一方本多正信などは大局的に見れば味方は勝っていると、全く的外れな事を言っていた。催涙弾の被害がどれほどのものか、その情報は届いていなかった。例え届いていても、その実態は想像出来なかっただろう。
本陣からの急報を聞き、駆けつけた時は+、豊臣方は既に撤退してしまっていた。
秀忠はすぐ全軍で総攻撃をと檄を飛ばした。
「お館様が人質に取られてしまったのです」
「敵は寡兵でこれ以上の攻撃は出来ないでしょう、ここは慎重になるべきです」
などの進言により、総攻撃は思い留まった。確かに家康を人質に取られてしまったのだ。迂闊な事は出来ない。
「上げろ」
家康が磔台に縛りつけられ、茶臼山の丘に晒される。
無論それを見た徳川軍は攻撃を止めた。
「武装解除だ。大筒、鉄砲、槍、刀、全てを出せ」
秀頼が徳川軍に出した要求だった。
「提出が終わり次第、家康殿は解放しよう」
直前の戦闘で豊臣軍は相当数の敵を討ったが、まだまだ徳川軍は圧倒的軍勢を有している。唐辛子ガスの影響は次第に消えて行く。
茶臼山の豊臣方は、やっと事態を収拾して押し寄せた徳川の大軍に囲まれてしまっている。
「鉄砲を出せ!」
磔られた家康の胸に、左右から二本の槍が突き出される。殺す必要はない。だが、殺せると思わせなければ武器は出さない。
「早く出すんだ!」
これを見た秀忠がついに折れた。
「皆武器を出せ」
「しかし」
「父上が磔台に縛りつけられているんだぞ!」
それでも武器の提出を拒む隊が大勢いた。
多数の兵が打ち取られたとはいっても、まだ徳川方の兵は豊臣側の数倍はいるだろう。このままおし包んで討ってしまえばいいではないか。特に徳川家以外の大名は抵抗を示した。
だが目の前に縛りつけられ、磔台に晒された家康の哀れな姿を見せられては、いつまでも反対している訳にはいかなかった。
ついに要求通り、大筒、鉄砲、槍、刀が次々と豊臣軍の前に投げ出された。
「幸村」
「はっ」
「城に運べ」
「分かりました」
それでも武器の提出を拒む隊はいたが、最後は全ての武器が豊臣軍の前に投げ出された。
「幸村」
「はい」
「家康殿を下ろして差し上げろ」
「分かりました」
磔台から降ろされた家康が、両脇を秀忠の家臣に支えられてヨロヨロと歩いて行く。
「これは追撃をする絶好の機会ではないか」
武装解除され、とぼとぼと帰って行く徳川軍の後ろ姿を見て、幾つもそんな声が聞こえてくる。
「追撃は絶対にするな!」
秀頼はそう厳命した。ここで丸腰の徳川軍を攻撃したら、日本中の大名を反豊臣として敵にまわす事になる。すると幸村が秀頼に声を掛けた。
「秀頼様、この後はどうなさるおつもりですか?」
「幸村、おれを一人にしてくれないか」
「……はっ」
(終わったわね)
(幸村ではないが、本当におれ、いや秀頼はこれからどうするんだろう)




