第110話 激戦
この戦で豊臣方に付いた浪人衆の願いはただ一つ。手柄を立ててまた召し抱えられる事だ。場合によっては一国一城の主も夢ではない。浪人生活を抜け出すチャンスではないか。一刻も早く敵の大将を探して首を取る。手柄は早い者勝ちだ。
勝永と勝家は家康側陣営の正面にあたる四天王寺南門前に布陣し、催涙弾が用意されて前方を睨んでいる。
勝永が言った――
「これは催涙弾というものである」
「…………」
そして真田隊と同時刻に催涙弾攻撃を開始。本多忠朝の陣営に斬り込む。
「なに!」
「何だこれは」
得体の知れない煙が辺りに充満し始め、
「おえっ!」
敵陣内では地面を這いずりもがく者から、顔を両手で覆って叫けぶ者と、収拾がつかない有様になった。
そこに勝永隊が乱入してきたからたまらない。本多陣の兵たちはほぼ無抵抗で次々と斬られてゆく。
一方、幸村達が見守る前方では、松平忠直の陣に催涙弾は落ち、真田隊が突撃を開始した。
「秀頼様に続け!」
真田隊は大歓声を上げ、布陣してした茶臼山の丘を駆け下って行く。更に二本の催涙弾が角度を変え放たれた。
真田隊先鋒が到達した敵陣内は、既に阿鼻叫喚の有様で、目を開けられない敵方の兵を次々と倒して行く。
松平忠直と家臣など、ほぼ無抵抗の者ら多くの首級を上げると、残りは何処かに逃げ去った。一万もの兵を動員して来たという忠直は、その半数を失い、挙句に討ち取られたのだった。
「幸村」
「はっ」
「次の催涙弾を撃て」
再び三本の催涙弾が、角度を変えて射られた。
状況を把握しきれていない周囲の徳川方は、騒ぎを聞きつけ集まって来るようだった。
そして、勝永隊も激しい戦闘を続けていた。浅野長重・秋田実季といった、徳川軍の前衛である第一陣部隊を撃破しつつあった。
浅野長重などは、ガスに苦しみ、半分目をつぶりながら刀を振るっていた。だが先陣をきって毛利勝永らと戦ったものの、二百人あまりの家臣や兵を失い敗走する。秋田実季も大損害を出し敗北を喫した。
「催涙弾をもっと撃て!」
勝永や勝家の檄が飛ぶ。ただし両人共に鼻水は流れっぱなしの、涙目ではあった。唐辛子ガスの成分が大量に触れれば、目や皮膚は火傷をして爛れてしまう。頻繁に洗い流す必要がある。
「水隊は何処だ!」
勝永隊の兵もガス対策の必要性をまざまざと実感しだした。唐辛子ガスは他に思わぬ効果も発揮していた。ガスを吸った徳川方の馬が暴れて収拾がつかなくなってしまっていた。
さらにこの戦で徳川軍は大名から侍大将、足軽に至るまで勝ち戦だと信じて疑わぬ者ばかりだったようである。敵の首を一つでも余計に摂ろうと、皆どんどん前に出て来てしまう。とうとう二陣も三陣も区別がつかない程詰まってしまっていた。そこに催涙弾が撃ち込まれたのだ。これが大混乱に拍車をかけたのだった。
だが徳川軍の中にも漢が居た。前日の若江の戦いに遅れたことを家康から叱責され、深く恥じていた小笠原秀政である。開戦直後、勝永の隊は猛然と徳川一陣の本多忠朝隊に襲い掛かり、その本多隊が崩れるのを見た秀政は救援に向かった。秀政は辺りに漂う異様なガスをものともせず、槍を奮って奮戦する。
だが何人目かの敵を刺し貫いたところで槍が抜けなくなってしまった。やむを得ず刀を抜くが勝永隊の勢いに圧倒され、瀕死の重傷を負って戦場を離脱し、間もなく死去した。また長男の忠脩も父秀政と共に戦場を駆けめぐるも戦死。小笠原軍は撤退してしまった。
酒井家次も勝永軍に蹴散らされながらも、配下の者を叱咤激励する。しかし信じられないガス攻撃に晒され、味方は散々に崩され、家次自身も敗走した。
榊原康勝などは第二陣の筈だったが、討ち取られた時は三陣に居た。パニックで大混乱となってしまった徳川軍は、第二陣も三陣もなくなってしまったのだった。
真田隊と勝永隊は、ほぼ平行して徳川本陣に向かい、松平忠明・本多忠政といった第三陣の部隊を攻撃しつつあった。
だがこの時事情をよく把握していない藤堂高虎、井伊直孝、細川忠興らの東側を進んでいた徳川勢が、次々と押し寄せて来た。
「急げ、家康本陣を攻撃するんだ!」
だが檄を飛ばす秀頼に、幸村が遠慮がちに言って来た。
「秀頼様」
「ん、どうした?」
「催涙弾が残り少なくなってきました」
「なに、何本残っているのだ?」
「あと五本で御座います」
「そんなに使ってしまったのか」
「勝永隊の方はどうだ。分かるか?」
「聞いたところ、四本だそうです」
「…………」
(まずい、これからが勝負だと言うのに。これはまずいぞ)
「幸村、勝永隊らとは予定通り合流して徳川本陣に突入するぞ。今から残りの催涙弾全てを撃て」
「しかし、それでは――」
「構わん。ただし間隔を開けろ。突撃しながら撃ち続けるんだ」
「分かりました」




