第108話 秀頼の戦い
第四部 秀頼編 あらすじ
マリー・アントワネットと別れ、現代に戻ってのんびり暮らしていたユイトは、ある日再び、戦国時代へと飛ばされてしまう。
そこで目にしたのは、信じられない光景だった。なんと、そこで豊臣秀頼として生きている人物が、もう一人のユイトだったのである。この出来事はトキによれば、本来交わるはずのない別世界が触れ合ってしまった。時空の「バグ」だと言うのである。
そして、今回突然時空移転してしまったユイトは、この世界の住人ではない。もう一人の自分――秀頼となったユイトを、ただ見守ることしかできない「傍観者」なのだ。
そして時は、大坂の陣。本来ならば豊臣家が滅亡するはずだった歴史が、秀頼となったユイトの存在によって少しずつ変わり始める。
これは、もう一人のユイトが歩む、もう一つの戦国史である。
第108話 秀頼の戦い
「最後のお願いで御座います。明日は是非とも御出陣を!」
(ん? ここは……?)
目を開けると、見知らぬ部屋だった。
目の前には二人の男がいる。
一人は床に手をつき、もう一人はその前に座っている。
服装を見れば、二人とも明らかに武将だった。
「幸村」
だが、突然幸村と呼び掛けられた武将は、一瞬戸惑った様子を見せたが直ぐ前の男に返事をした。
「はっ」
(幸村……?)
呼ばれた男は一瞬だけ顔を上げる。
だが、すぐに頭を下げた。
(えっ……本当に幸村?)
おれは慌てて自分の身体を見た。
シャツ、
ズボン、
そしてスニーカー。
(俺は誰かに転生したんじゃない。現代の格好のままだ)
ところが二人の武将は、おれがそこにいることなど全く気にしていない。
まるで、おれなど存在していないかのようだった。
「明日は茶臼山に出陣するぞ」
「おおっ!」
「淀殿には内緒だがな」
(茶臼山……?)
その言葉を聞いた瞬間、おれの背筋に冷たいものが走った。
茶臼山、
大阪、
幸村、
そして、淀殿。
(まさか……)
その時だった。
おれの肩越しに、聞き慣れた声がした。
(バグだわ)
(トキ!)
振り返る。
もちろん、そこには誰もいない。
(どういうことなんだ?)
(あなたは歴史を随分変えてしまったでしょ)
(いや、それはそうだけど……)
(それが影響したのかどうかは分からない。でも、時空にバグが起きてしまったようなの)
(バグ……)
おれは目の前の武将を見た。
(じゃあ、ここは……)
(パラレルワールドよ)
(――――!)
(目の前にいる武将は秀頼。そして、この世界では、もう一人のあなたが秀頼として生きている)
(俺が……秀頼?)
(正確には、あなたではないわ。もう一人のあなた)
頭が混乱した。
これまでにも、おれは転生した。
時空を移転した。
別の時代へ飛ばされたこともある。
だが、これは初めてだった。
同じ世界に、自分が二人いる。
(じゃあ、あいつは……)
目の前にいる男を見る。
しかし、顔はこちらからはよく見えない。
それでも、妙な感覚があった。
自分自身を遠くから見ているような、不思議な感覚だった。
(トキ、俺はあいつと話せるのか?)
(無理よ)
(どうして?)
(あなたはこの世界の住人ではないもの)
(じゃあ……)
(傍観者よ)
その言葉が妙に重かった。
おれは何も出来ない。
この世界の歴史を変えることも、目の前の「もう一人のおれ」に声を掛けることも出来ない。ただ、その人生を見届けるしかない。
その時だった。
「秀頼様が戦場に御姿を見せて下されば、豊臣側の士気は上がります」
幸村が言った。
その言葉に、秀頼が答える。
「反対に徳川方に付いた、秀吉の恩を受けた者達の士気は下がるだろうな」
(――――!)
その声を聞いた瞬間、おれは妙な違和感を覚えた。
言葉遣いは武将そのものだ。
だが、考え方が妙に合理的だった。
(本当に、あいつはおれなのか?)
やがて時は進み、慶長二十年五月、大阪夏の陣、ついに最終決戦が迫っていた。
徳川家康は天王寺口へ、秀忠は岡山口へ。
豊臣軍は、圧倒的に不利な状況に置かれている。
大阪城は冬の陣の敗北によって外堀を埋められ、もはや籠城戦を続けることも難しい。野戦で徳川軍を迎え撃つしかない。
そして――。
決戦前夜。
まだ空が暗い早朝、秀頼は幸村配下の者たちを集めていた。
「幸村」
「はい」
「フンドシは用意出来たか?」
「これだけ有ればよろしいかと」
(…………!)
おれは固まった。
(今、なんて言った?)
幸村の背後を見る。
そこには風呂敷のようなものを担いだ兵士が何十人も並んでいる。
(フンドシ……?)
おれは頭を抱えた。
(なんで大坂夏の陣の前にフンドシなんだよ!)
(…………)
トキも黙っている。
「よし、行くぞ」
「はっ!」
秀頼が立ち上がり、武将たちが一斉に後に続く。
その背中を見送りながら、おれは思った。
(もう一人のおれ……一体、何をするつもりなんだ?)
そして、歴史は大坂夏の陣最後の一日に向かって動き始めた。




