第13話 弟子入り
アイリスがいる町はもともと小さな村だったが、南北の王都と聖都が発展し、交流が増えてくると、その中継地点として栄えるようになった。商人や貴族、旅人が宿泊できるように次々と新しい家屋が建てられ、それと同時に町内の交通整備が行われるようになり、中心にある噴水から東西南北に向かって大通りが作られた。
そして、区画ごとに石造りの家々が隙間を埋めるように増設されていったため、大通りからまるで枝分かれするように、たくさんの"路地裏"がこの町には存在している。
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聖歴500年 7月12日
アイリスとフラメールがエリカの屋敷に遊びに行ってからちょうど10日が経過した。その間、アイリスは作ったポーションをクバールたちの商隊に売り渡したり、フラメールと一緒に討伐依頼をこなしたりして、なんやかんやで忙しい日々を過ごしていた。
「けど最近、エリカとあんまり会えてないなぁ〜。町中を走り回ってる姿はよく見かけるんだけど。さすがにマイルスを自力で見つけるのはまだ難しかったかな」
そんなことを呟きながら、アイリスは宿への近道である路地裏へと入る。すると、少し奥に進んだところで、小道の左側に並ぶ空家の一つから、鈴の音とともに急に冷たい風が吹いてきた。
「ふぇ、さむ……ぐぇ!?」
アイリスは何者かに髪を引っ張られて、そのまま空家の中に連れ込まれてしまう。人攫いの類いであれば、アイリスも即座に痺れのポーションを取り出して乙女の髪を乱した責任を取ってもらうところだが、相手は今にも死にそうな顔ではぁはぁと息を吐く、お爺ちゃんだった。
「いたた、どうしたのマイルス。急に引っ張らないでよ」
「どうしたもこうしたもあるか!おぬしのせいでとんでもない目に遭っておるのじゃぞ!」
「とんでもない目って、どんな目?」
エリカはそう言うと、身体をブルブルと震わせて、ポーチから暖和の上級ポーションを一本取り出し一気に飲み干そうとする。
「一週間前にエリカと名乗る娘がいきなりやって来て、弟子入りを頼まれたのじゃ。魔術師としての弟子入りをな。もちろん断ったが、それから何度も店に来て、弟子にするまで通い続けるとのたまってきたのじゃよ」
「ぷはぁ、へぇ、3日でマイルスの魔道具店を見つけたんだ。なかなかやるね。けど、だったら店の場所を変えればいいんじゃない?ほら、今みたいに。空家であれば一瞬で引っ越しできるんでしょ?」
「わかっとらんな。わしも初日で場所を変えたわ。じゃがあやつは次の日には全ての空家を探してわしの店を見つけてきよる。隠匿のポーションを店の扉に吹きかけて、他の民家と見分けがつかないようにしとるにもかかわらず、じゃ」
「うんうん、さすがエリカ。あの子、母親に似て体力と直感はずば抜けてるからね」
「関心しとる場合か!こっちの体力がもたぬのじゃ!店の場所を変えるのにどれだけ魔力を使うと思っておる!大体、初日にあやつが言っておったぞ!おぬしがわしのことを教えてくれたとな!どう責任を取ってくれるのかのぉ!」
マイルスは顔を真っ赤にしながら今にも掴みかかってきそうな剣幕で、自分よりも少し背が高いアイリスの顔を見上げる。
「まぁまぁ、そう熱くならないで。私としてはありがたいけど。まったく、昔から魔術のことになるとほんとに頑固だね。考えてもみなよマイルス。このまま細々と路地裏で魔道具店を開き続けることが、君のやりたいことなの?」
「……何が言いたいのじゃ」
「そろそろ君も後継者を見つけたほうがいいよってこと。エリカは一度興味をもったことにはとことん惹かれるタイプだし、自覚はしてないだろうけど、執着心も人一倍強い。それは君も身をもって体験してるでしょ?だから魔術を教えるついでに、魔道具のことも教えてあげるといい。あの子が興味をもてば、きっと君の叡智を喜んで学ぶはずだよ。そうすれば、君も安心して"最期の研究"に取り掛かれる」
「……じゃが、あやつは魔術師になりたいのであろう?わしの知識を得たところで、錬金術師にならぬのであれば後継者とは呼べぬではないか」
「まぁ、今は錬金術師よりも魔術師一筋だからね。私も振られちゃってるし。けど、他の派閥があまりにも魅力的だったから、その派閥に鞍替えしちゃうことなんてありふれてるでしょ?ほら君だって、昔は私のかわいいかわいい弟子の一人だったのに、今じゃ構築派の代表だもんね」
「ふん、おぬしの弟子を名乗った覚えは一度もないわい」
「ふふっ、そういうことにしといてあげる」
アイリスとマイルスがエルフ特有の昔話に花を咲かせていると、店の扉が再び勢いよく開かれる。
「マイルスさん!今日こそ私を弟子にしてください!」
そこには滴る汗をキラキラと輝かせながら、期待の眼差しをこちらに向けるこの町の太陽が立っていた。
「エリカ!ひさしぶり!」
「え、アイリス!?どうしてここに?」
「マイルスに連れ込まれたんだよ。それよりエリカ、マイルスはもう店の場所を変えないらしいよ。よかったね!」
「本当ですか!」
「変えないというより、変えられないのが正しいのじゃがな。わしの体力負けじゃよ。……エリカよ、おぬしに一つだけ問おう。おぬしはここに並んでいる魔道具を見て、何を思う?」
エリカはこの質問が、弟子入りのための試験なのだとすぐに気づいた。汗を手で拭い、エリカは真面目な表情で魔道具を見つめる。
棚に並べられた魔道具は、一見すると乱雑に置かれているように見えるが、よく見ると窓に近い棚にはおもちゃの魔道具がたくさん置かれており、店の奥へと進むにつれてより専門的な部品が並んでいる。
ただ、おもちゃの魔道具でさえ、庶民では到底買えないような値段が付けられている。しかし、エリカの家には今置かれているおもちゃのほとんどが揃っていた。その中で特にお気に入りだったのが、子どもでも簡単に組み立てることができる、動くおままごとセット。
エリカは棚から王子様とお姫様が乗っている馬車を手に取って、大事そうに撫でる。
幼い頃、母からこのおままごとセットを初めて貰ったときの、不器用だった自分の初めての想いを、エリカは笑顔でマイルスに伝える。
「私にも作れそう!って、そう思いました!」
「!…………ふっ、そうか。作れそうか。ふっふっ、そうかそうか」
マイルスは笑いながら店の奥に入っていく。
「あ、アイリス、もしかして私、怒らせちゃったかな……?」
「ううん、大丈夫。むしろ喜んでるよ、きっと」
すると、奥から小さな金属製の人形がひょこっと顔を出してエリカたちのほうを覗く。そしてそのまま軽やかに飛び跳ねながら、二人の近くにある棚に脚をぶら下げてちょこんと座った。
人形の両手には、銀色の棒と小さな本が取り付けられている。
「わしも初めは、そう思ったわい」
マイルスも店の奥から出てきて、再びエリカの前に立つ。
「……その人形、大切にとっておいてくれたんだね。やっぱりマイルスって、まだ私のこと——」
アイリスが何かを言い終わる前に、人形が突然銀の棒を掲げて、アイリスの顔に氷のつぶてをおもいっきり浴びせ始める。
「ひゃぁ!ちょ、やめ、冷たい!」
逃げるアイリスを人形はひたすら追いかけ回す。
「すごい!それって魔術ですか!?」
「おほん、そうじゃ。単純な魔術であれば魔道具でも再現できる。むしろ、魔印の簡略、小型化はわしらの専売特許じゃ。錬金術師であっても、魔術は扱えるし、教えることぐらい造作もない」
「そ、それじゃあもしかして、私を弟子に……?」
「勘違いするでないぞ。わしはおぬしに"錬金術師"としての知識を与えるだけじゃ。それをどう使おうがおぬしの勝手じゃがな。わしの知識でおぬしが己を"魔術師"として"構築"したとしても、わしの知ったことではないわい」
「……はい!ありがとうございます!師匠!」
「なんじゃその呼び方は。言ったではないか。わしはおぬしを弟子にしたわけじゃあ——」
「それでも、そう呼ばせてください!」
「……その呼び名はわしに相応しくないんじゃ。だから——」
「ちょっとお弟子ちゃん、早くとめて!尊敬するお師匠様が凍え死んじゃうよ〜!」
「おぬしを師匠と呼んだ覚えはないわい!あと、おぬしの弟子を名乗ったことはないと何度も——」
「師匠!あのお人形、私も作ってみたいです!作り方を教えてください!」
「お弟子ちゃ〜ん!」
「師匠!」
「……こ、こやつら……」
マイルスはプルプルと身体を震わせたかと思うと、魔道具店ごと一瞬にして姿を消してしまった。どうやら体力と魔力が少し回復していたらしい。空家に取り残されたアイリスとエリカは、はしゃぎすぎたことを反省しながら、太陽の光が差し込む路地裏へと足を踏み出した。




