第12話 魔術師の鍛錬
錬金術師と呼ばれる者たちの中でも、独自の探求を進めてきたのが魔導派、すなわち魔術師である。魔術師は生成派のように魔物を研究することはなく、構築派のように魔力を通す金属やそれを用いた複雑な機構の開発もしない。彼らが行うのは憎き敵であり、人間と見分けがつかない魔人族の研究である。
魔人族が持つ魔印を剥ぎ取り、複製することで、誰でも簡単に魔術を扱えるようになった。しかし、その過程で多くの犠牲と別れ、そして"誤解"が、今もなお積み重なっている。
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聖歴500年 7月2日
路地裏の魔道具店から外に出たアイリスとフラメールは次にアイリスの簡易工房へと向かい、そこで早速魔道具店にて補充したガラス瓶を使ってポーションを何本か生成した。
やはり村にある工房とは違って壺にこべりついているスライム粘液の年季が浅いため、量は作れても質は少し劣る。それでも、アイリスがこの街で依頼をこなしていくには十分すぎるほどの効力を持っている。
「よし、できたよー!フラメール!」
アイリスは簡易工房から遠く離れたところで立っているフラメールを呼ぶ。
「……やっとですか」
「どうしたの?鼻なんかつまんじゃって」
「あなたの身体からとんでもない悪臭が漂っているんです」
「あぁ、多分臭いは消臭のポーションを生成するときに付いたやつだね。スカルクの糞とグリム草原の魔草を混ぜるから、中和するまではどうしても、ね」
「どうして消臭のポーションなんて作ったんですか?」
「ほら、狩りをするときに臭いに敏感な魔物がいたら困るでしょ?だから数本は持っておこうと思って」
「だったらそのポーションで身体の臭いをどうにかしてください」
「え〜、臭いは自然に消えるからわざわざポーションを使う必要はないよ。勿体無いじゃん」
「使わない場合はもうここでお別れです。さようなら」
フラメールはそう言うと、鼻をつまみながら回れ右をしてさっさとギルドの裏庭から出ようとする。
「待って待って!使う!使うから!もう、まさかフラメールがこんなに臭いにうるさいなんて……」
アイリスはぶつぶつと文句を言いながら、消臭のポーションに水を大量に加えた瓶をポーチから取り出す。そのまま瓶を口に傾けて液体を頬に貯めて、真上に向かって一気に噴き出す。すると、霧状になった消臭のポーションがアイリスの身体を包み込み、さっきまで漂っていた強烈な臭いを一瞬にして消し去った。
「はい、これで満足かな?」
「……はい。ですが、そのやり方は品がないですね」
「仕方ないでしょ。私はポーションの効きが悪いから、飲用じゃ効果は出ないんだもん」
「確かにそうでした。それでは、次はエリカの家に行きますか?」
「もちろん!きっとエリカが美味しい昼食を用意してくれてるよ!」
こうして、アイリスとフラメールは裏庭を出てエリカが待つ屋敷へと向かう。大商人の屋敷なだけあって、周りの建物とはそもそも建築様式すら異なっており、真っ白な外装が特徴的で、太陽の光が反射して思わず目をつむってしまいそうなほどだった。
屋敷の周りは柵で囲われていて、門の前には屈強な門番が鎧を着て待ち構えていた。
「やっほ〜、来たよ!」
「アイリス様、おかえりなさいませ」
門番はお辞儀をしたあと、すぐに門を開けて来客をもてなす。アイリスとフラメールは門を抜けて青々とした芝生の庭と白い噴水の間にある道を通り、玄関の扉の前に移動する。
「二人とも、いらっしゃい!」
エリカは2階の部屋にある窓から顔を出して、アイリスとフラメールに手を振る。
「鍵は開いてるから、中に入っちゃっていいよ」
「それじゃ、遠慮なく。おじゃましまーす!」
「お邪魔します」
屋敷に入ると、天井に吊るされた絢爛豪華なシャンデリアと、その下にある横広の階段がまず目に飛び込む。そして階段へと続くカーペット沿いに使用人たちが並んで来客を出迎えている。
「アイリス様、フラメール様、お嬢様が2階のランチルームでお待ちです。ご案内いたします」
二人は使用人の後に続いて階段を登っていく。
「アイリス、ランチルームとは何ですか?」
「言葉通り、昼食を食べる部屋のことだよ。アトラス家では朝、昼、夜で食事をする場所を変えてるの。すごいよね」
「めんどくさそうです」
「エリカは気分転換になるからって気に入ってるけどね」
ランチルームに入ると、大きなラウンドテーブルを囲むように椅子が並べられ、その一席にエリカが座っているのが見える。アイリスとフラメールは案内されるがまま指定の席に腰を下ろす。
「外は暑かったでしょ。今冷たい飲み物が運ばれてくるから、ちょっと待っててね」
「お気遣いありがとうございます。それに、昼食までいただいていいのでしょうか?」
「もちろんです!いつもアイリスがこの町に来てるときは余分にご飯を作っておくんです。アイリスが毎年必ず新しい友達を連れて遊びにくるから、おもてなしの準備をしておかなくちゃいけないので」
「……つまり、アイリスはタダ飯を食べさせてもらってるんですね」
「失礼だなぁ、タダじゃないよ。代わりにエリカの魔術特訓に付き合ってるんだから」
「今日も昼食を食べ終わったら、裏庭で練習するからね。最近は結構調子がいいから、ようやく火炎魔術を使いこなせるようになるかも。フラメールさんも、よかったら見学しに来てください!」
「はい。楽しみにしています」
こうして楽しく雑談をしているうちに、冷たいドリンクと共に豪華な魚料理がテーブルの上に並べられていく。湖で獲れた新鮮なレイクウオとレイクガイ、そして今が旬の赤キノミを、特産品の果汁酒で蒸し焼きにした郷土料理。魚介の旨みをガツンと感じつつも、さっぱりとした味わいなので、三人はペロリと平らげることができた。
腹が膨れた三人は、屋敷の裏庭に移動してエリカの魔術特訓に必要な道具を揃える。
「エリカ、ちゃんと"魔導書"と"魔導具"は持った?」
「うん、ばっちり」
エリカの左手には革製のカバーに覆われた分厚い本が、そして右手には銀色の金属でできた、彼女の身長ぐらいの長さの杖が握られている。そのままエリカは裏庭の中央に立ち、的に見立てた鎧のほうに長杖を向けると、瞼を閉じて精神を集中させる。その間、フラメールはアイリスに対していくつか質問をする。
「私は魔術師についてあまり詳しくないのですが、あの本に魔術が刻まれているのですか?」
「うーん、ちょっと違うかな。魔導書はあくまで魔人族の身体に刻まれている魔印のうち、増幅回路として機能してるものが記されてるの。だから魔導書は使い手の魔力を増やす働きしかなくて、実際に魔術を編み出すのは魔導具のほうだね」
「その魔導具は、構築派が作る魔道具とは別物なのですか?」
「そうなんだよね。発音は同じだけど、こっちの魔導具は長い杖状のものしかなくて、肉体の魔力を杖の先端に刻まれた魔印に効率よく送るためだけに作られたものなんだよ」
そう言うと、アイリスはエリカがもつ杖の先端を指差す。
「魔導具は必ずあの銀色の金属、"魔導金属"で作られていて、先端に刻める魔印は一つだけ。だから強い魔術師は杖の先端を分岐させて、それぞれに魔印を刻んでいく。魔術の熟練者になればなるほど、杖の先端はまるで大樹のように枝分れしてる。まぁ、エリカはまだまだひよっこだから、先端は一つだけなんだけど」
二人が会話をしているうちに、エリカの魔導書が赤く発光し始める。正確には、魔導書の羊皮紙一枚一枚に記された魔印がエリカの魔力を増幅させて、溢れた魔力が外気と反応している。そして、エリカは身体中にみなぎる魔力を杖の先端に集中させようと試みる。
「いっけーー!!」
——ボンッ
エリカは杖の先端から、ちっちゃな炎を繰り出した。
「…………ぷっ」
「あ!今アイリス笑ったでしょ!これでも煙しか出てなかったときに比べたらマシなほうなんだからね!」
「はいはい、わかってるよ。エリカは肩に力を入れすぎなんだよ。だから魔導書から魔力が溢れちゃってるの。魔導書がほとんど光らないほど操作できてる状態が理想だね」
「うぅ、それができたら苦労はないよ……」
「こう、ふんっと魔力を魔導書に送ったら、ひょいっと増えた魔力を身体に戻して、きゅっと杖の先っちょに集めればちゃんと魔術が発動するよ」
「……アイリスのアドバイスはいつもふわふわで、わかりにくいよね」
「仕方ないじゃん。私だって魔術が使えるぐらいの魔力があるのは夏季限定なんだから、そんなに使ったことないんだもん。フラメールはどう?剣に魔術を付与してるから、少しは感覚とか教えられるんじゃない?ほら、前の討伐依頼でも氷結の魔術を使ってたし」
「コレは永続付与してもらったものなので、一定の魔力を通すだけで発動します。とくに精密な魔力操作をしているわけではないので、恐らく魔術師の感覚とは異なると思います」
「そっかぁ……うん?ちょっと待って。永続付与の魔術だけであの洞窟を丸々凍らせるなんて、もしやそなたの剣は伝説級……?」
「違いますよ。腕のいい魔術師が故郷にいたので、その方に付与してもらったんです」
「すごい魔術師がいらっしゃるんですね!いいなぁ、私の近くにも魔術の達人がいればなぁ……」
エリカはそう言ってがっくりと肩を落とす。
「私じゃだめ?」
「だめ」
エリカの返答に、アイリスも同じく肩を落とす。
「……でしたらアイリス、あの人はどうですか?」
「あの人って……」
「魔術師ではないですが、前まで魔術都市オルレーンにいて、最先端の魔術に触れ続けていた、耳が長いあの人です」
「あぁ、マイルスか。けどあのお爺ちゃん、魔術のことになると頑固さが桁違いになるからなぁ……」
「なになに?魔術の達人がいるの?だったら居場所を教えてアイリス!私、弟子入りしたい!」
「うーむ、まぁ、エリカならなんとかなるか。マイルスの見つけ方なら簡単だよ」
すると、アイリスは自分の腰に手を当てて、裏庭から見える住宅街のほうを指差しながら、大きな声でこう言った。
「走りまくれ!路地裏を!」




