天狗の怪 その十
お前さんはちっとばっかりドンクセェなぁ
縛られてる人間の言える立場か しかし、なんでこんなことをしたんだ
単純によぉ、あんた金持ってそうだっペ?だから行けると思ったら、お嬢ちゃんが元気すぎたわ
お前みたいな不健康そうなやつに負けるかよ それに、あの子供連れ去り事件はお前なのか?
いやいや、そんな面倒なことすっかい
ま、細かいことはあとで聞くが、とりあえず今はゆっくりしてるんだな
はいよ
男のニタニタと笑い、コケたシワだらけ、かけてる歯が何本もある、唾が糸を引く口、ハゲヅラを露呈した汚い白髪まみれの長髪、伸び散らかしたヒゲ、このツンと漂う脇を凝縮したような悪臭のために、この男から遠ざかりたかったが、里の人たちが登ってくるのを辛抱強く待った。
おれぁさぁ、無意味なことはやらねぇんだよ。だからよぉ、もし里の連中が来たら俺のことさ、守ってくれっけ?
それは構わんが、なぜだ?
やつらの根性はおっかねぇぞ?昔からこの里は乱暴もんの集まりなんだよ。ちっとコソドロでもしようもんなら、リンチにされっちまう。鬱憤晴らしによ、わざと使えねぇ農民引っ張りだして、延々と夏の暑いときに、延々と草むしりやらされて、水も飲めねで、死んちまったよ
!?
だからよ。おれんことは、とりあえず役所の涼しいところで隔離してほしいんだわ。
それがお前の求めてることなら、別に聞き入れんでもないがな。
この男、根っからの風来坊だな。あんまり里の人間になじめずに、こんなアコギなことやってその日暮らしか。そういうやつほど、意外と芯があったりするから、あんまりことを荒立てるようなことをしないのではなかろうか?
・・・何も確証が持てぬまま、なるべくこの男から顔を遠ざけて、悪臭と格闘していたら、下の方から足音が出てきた。
ここです!
菊子さんが、再び里の人数名を連れてやってきた。
菊子さん!ご苦労さまです。
とんでもないですよ!
とても社交的な受け答えを聞き、里の人たちに、この男を両脇に抱えてもらい、私は木からほどいた縄を腰縄代わりに持ち、役所へ行くように指示した。山と降りるまでは、ゆっくりと下ったが、役者までの平たんな道まで来ると、両脇を抱えられたオッチャンは、疲れ切ってズルズルと足を引っ張られるようにして、役所まで歩いていった。まだ正午ごろで、畑で収穫作業をしている壮年の農民が口々に人殺しー!と叫ぶ声がこの広い畑をこだました。カエルの合唱よりも飛び交う悪意のこもった声々が里を包み、この里の閉塞性をさらに強化せしめるように感じた。
私のこの得体の知れないような憎悪に耐え、やっとのことで役場に着いた。私は職員さんに身柄を引き渡した。抱えてくれた里の人と、菊子さんにはご苦労さまです、と形式的に挨拶を述べた。
菊子さんは、私の事後処理を察して、里の人と一緒に帰っていった。その時、奴が犯人なんだよ!ってやたら饒舌に話すあのこの声がガラス越しに聞こえてきて、これから面倒なことになるな・・・と軽くため息をついた。おそらくコミュニティーが狭いであろうこの里であれば噂がすぐ広まるのは容易いことだからだ。これから、合同葬もあるってのに、ことを荒立ててほしくないものだな。




