世界が輝いた日を忘れたくない
私が領主代行として赴任するザボン公爵家の領地は山脈の南側にあり北側は隣国のテネシスになる国境となります。
領民は日当たりの悪い場所で厳しい環境に置かれて生活しているのでお互いがお互いを支え合わないと生きていけないのですが、そこはザボン公爵家の領地、実直で穏やかな人が多いせいか領民の流出は他領と比べても少ない領地です。
そして、ザボン公爵家の領地はボアル国の建国神話で国民全員が知る「部族争いで敗戦し山に逃げ込んだ初代の王が神から「この地を統合し国とせよ」という神託を受けた場所」という聖地でもあります。
故に聖地を眺めることができる場所に王都がありますので馬車で体を痛めることもなく、我が家の活動的な子供達が「馬に乗りたい!」と騒ぐこともなく、二日程度(実質、一日に満たない)の移動だけでザボン公爵家の領地に到着しました。
まず私は老齢になり山道を登れなくなってしまった前領主代行のマードック様に挨拶に赴きました。
「よくおいでなさった、よくおいでなさった」
マードック様は優しそうな人柄で私達を歓迎してくれました。
それからルーレンディア様から言葉を濁されてながら説明されたことを聞き、マードック様から出された紅茶をいただき、一から十まで正解を導き出せないポンコツ王妃パメラ様と、アズール様の珍獣過保護に頭痛がしました。
(……あの、害悪めッ!!)
出発前にルーレンディア様は仰いました。
「マーサ、ザボン公爵家の領地には王族の外交の決め手となっていた紅茶があったのですが、少々……ありまして獣害や気候変化も打撃になったのでソレが全てではありませんけど。つまり何が言いたいかというとですね、葉茶の状態の確認と投資できる価値があるかどうかを見極めてもらいたいのです」
そして、マードック様は仰いました。
「ザボン公爵家の領地は建国神話の通り王家にとって「聖地」と言える場所ですから王が変わるたびにこの地をご訪問しておられました。ですので王太后様も含む歴代の王家の方々はこのお茶の希少性と味を理解して下さり、他国との交渉が難航した時に高値で卸させていただいていました。アズール様とパメラ様が即位後にいらっしゃった時にも同様のお言葉をいただけると思っていたのですが……」
そこでマードック様が苦笑されるのは当然です。
パメラ様は「出されたお茶が熱い」と当たり前のことで騒ぎ出し、アズール様は舌を火傷されたパメラ様と濃厚な(人前なのに口にするのも悍ましいッ)をされ、パメラ様が「ワタシにあ~んな熱いお茶を出してイジワルしてきたのよ。あんなお茶、大ッキライ!」とアズール様に叫ばれ、王家の外交の切り札を受け継ごうとされていたアズール様を方向転換させたという話でした……双方、国を破滅に導く害悪としか思えませんッ!
「香りが豊かで砂糖もいらないくらいだ、美味いなぁ……このお茶を拒否とは正気か?(早く隠居なさればいいのになぁ)」
夫のトーマスが香り豊かな紅茶に感動しつつ小声で言っていましたが、マードック様も私も強く同意しますが触れないでおきました。
翌日はザボン公爵家の領地のお茶の木の確認をするためにマードック様と山に行きました。
山を見渡しますと、個人宅の庭先でお茶を育てている方はいましたが茶畑は獣害が酷く放置されていました。
(コレはどうしましょうか……)
まずは茶畑を管理されている御方と交渉しようと頭の中で「すべきこと」を整理していると、トーマスに背負われているマードック様が話しかけてきました。
「ここの茶畑も向かいの茶畑も持ち主は麓の村に行ったから売りに出されとるよう、訪ねますかい?」
こうして私は領主代行としての業務をしながらルーレンディア様と連絡を取り合いつつ、領民の皆様やマードック様から茶畑の手ほどきを受けつつ、ルーレンディア様からお茶の木と共に薫り高い「ユズ」という名の苗木がたびたび送られてきたので植樹しつつ、子供達の獣害駆除の恩恵のお肉を美味しくいただきルーレンディア様から羨ましがられつつ、それでも穏やかな毎日を過ごしました。
5年を過ぎた頃には村の人達の努力も報われ茶畑の収穫量が増えました。
最近は麓に下りた村人も少しずつ山に戻ってきていますので整備した茶畑とユズ畑の人手不足も解消されるでしょう。
村に駐在しながら領主代行として他の仕事にも取り組んでいましたが、そろそろマードック様の後任を指名して領都に戻ってもいいかもしれません。
喜びは重なるものです、聖女様の婚約で花吹雪が舞い、人がいても気にせず茶畑を荒らす図々しい獣の性格が人を恐れて山に逃げる獣に戻りました。
ルーレンディア様の立場を脅かさない聖女様は聖女と呼ぶに相応しい性質とお力をお持ちだったようで私も安心しました。
その後すぐルーレンディア様からのお手紙でパズアドラ様との婚儀も進められているという嬉しい知らせも届きました。
マーサへ
まず、ザボン公爵家の領地で領主代行をしてくれているのに感謝します。
私は城でパメラ様の補助をする毎日です。王妃の業務は多岐にわたり様々なことに取り組まなければなりませんが、ヒルダ女官長様と王太后様の残された書類が私を助けてくれています。
私も(ここにあったインクの染みをルーレンディア様は★で誤魔化していました、可愛らしいこと)殿下と結婚のための準備を進めています。
ですが聞いてくださいマーサ、殿下は私に求婚してくれませんでした。確かに私は婚約者ですが私達はお互いに少しすれ違っていたのだから求婚してくれてもいいと思うのです。
・‥…━…‥・
「はい、ルーレンディア様、パズアドラ様は女心が分からない御方だと思います」
微笑ましさに思わず返事をしてしまいました、手紙の続きです。
・‥…━…‥・
でも殿下と結婚できることになり私はとても幸せです。そして、それが殿下なのですから「いい」いえ、よくない気がしますからこの話はオシマイにします。
話を変えましょう、今年の建国祭は殿下と共に式典に参加することになりました。ですから私は今年、ザボン公爵家の領地に帰れそうにありません。マーサやトーマスだけではなく子供達に会えない(わたしは初めて会うのでとても楽しみにしていたんですよ)のはとても残念です。その代わりフェリックス様が領地で採れる小麦の藁を譲ってくださいましたのでヴィクターお兄様が馬車いっぱいの藁を届けて下さると言っていますから茶畑に活用してください、足りない場合はまた手紙で知らせてくれれば用意します。なぜか殿下も馬車2台分の藁を王領から我が家に贈ると言っていましたからザボン公爵家の畑にも足りる筈です。
お互いの仕事の成功を祈って ルーレンディア・ザボン
追伸:結婚式にはマーサも呼びます、絶対に来てください。
私は幸せに想いながらルーレンディア様からの手紙を片付けました。
既に箱いっぱいになってしまっている手紙はパズアドラ様に対するルーレンディア様の惚気でいっぱいです。
お二人の御結婚の話を手紙で報告されてから2年も待たされましたのでルーレンディア様の結婚を思うと今からでも泣いてしまいそうです。
それでもルーレンディア様が幸せになる道を進まれているのですから泣く理由はありません。
ルーレンディア様が光り輝くような花嫁になるのは確実ですし、ポンコツ王妃パメラ様であってもようやく納得する物に仕上がったユズの香りが加わった紅茶は見過ごせないでしょう。
これからザボン公爵家の領地は希少な紅茶を味わえる特別な場所として輝く未来が待っているのですから。
話はこれくらいにして、私はルーレンディア様に手紙の返事を書くことにします。
ごきげんよう。




