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お嬢様が下品に叫んだ日のことなんて思い出したくもない

 乳母日報から学習進捗日報に変更になりましたが私の毎日は変わりません、ザボン公爵家に出勤・退勤後に城に行き日報の提出です。

 変化があったのはパズアドラ様が日報をご覧にならなくなったことでしょうか……またパズアドラ様が変な方向に勘違いなさっておられるようです。


(パズアドラ様、そんなことではルーレンディア様の関心を引くのは無理ですよ)


 そしてパズアドラ様・11歳の誕生日パーティーから帰宅されたルーレンディア様は思いつめた顔をしていました。

 婚約者なのに直接迎えに来ずに馬車だけを寄越し、公務とも言えるパーティーなのにルーレンディア様にはドレスも贈られていません。

 恋するルーレンディア様がお心を痛めるのも悩まれるのも無理ありません。


(クズ!パズアドラ様はついにクズに成り果てたのですね、パメ……フンッ、フィンチ女官長様ッ、プロスタン宰相様ッ、一大事です!王家は今度こそ終わりです、革命が起きます)


 革命の首謀者は私です、ザボン公爵家の子飼い達と手を組めばイケそうな気がしますから勝利の予感しかありません。


 その後のルーレンディア様は三日も部屋に(こも)って、楽しみにしておられた畑の害獣・ウサギ肉すらお召し上がりにならず(ルーレンディア様は「あんなに可愛いのにウサギさんがカワイソウ~」と嘆くそこらにいる令嬢達とは違います。貧乏いえ、節約家なザボン公爵家では命に関わる問題を孕んでいるのですから)私は心配しています。


(今日、ルーレンディア様がお部屋から出て来なければ学習進捗日報をパズアドラ様の顔面に押し付けてやるッ!)

「悪役令嬢として華々しく散ってやらぁ!」


 叫んだルーレンディア様が勢いよく部屋から飛び出して来られました、一安心です。


「マーサ、お腹が空いたので食事かお茶にしましょう」


 力なく微笑むルーレンディア様は一瞬で王太子の婚約者に相応しい令嬢にお戻りです、素晴らしい。

 どっかの誰かさんも見習って気持ちを引き摺ったまま「今日はそんな気分じゃないのッ」と言って王宮女官を困らせるのを止めて欲しいです。




 ルーレンディア様がお部屋より出て来られた日から不思議なことが起こり始めました。


 まず、いつも数字と睨めっこしながら歴史的価値の高い(「壊れかけ」とも言いますが)屋敷の補修を考えていらっしゃるザボン小公爵であるヴィクター様がルーレンディア様がおられる場所に顔を出すようになりました。

 顔を出す理由は以下の通りです。


「ウサギ罠を改良してみた」

「母上が「冬用カーテンの補修が終わった」と言っていたぞ」

「新しい果樹の苗が届いたから今日、植えようと思う」


 絶妙にルーレンディア様の関心を引く言葉です、いまだに学習進捗日報を見ないパズアドラ様にルーレンディア様の関心の引き方を教授していただきたいところです。

 ルーレンディア様もヴィクター様との交流が嬉しいのでしょう、嬉々として色々なお話をしていました。


「王太子の婚約者として外国のことも学習していているのですが「伝説」や「英雄譚」などもありまして、博識のお兄様は既にご存知でしょうが「()()づる(ところ)」の話なのですが……」

(ルーレンディア様、そんな左手に黒龍を封印した少年の話など聞いたことがありませんよ???)


 戸惑う私に反してヴィクター様は興奮しておられるご様子でたまに左手を見ています。

 少しだけですが理解できますヨ……世の大多数を占める「右利き」だと「自分は左利きだから大変」というのに憧れますものね。

 更に数日後、ルーレンディア様から耳を疑う言葉をお聞きしました。


「お兄様、実は私には前世の記憶がありまして、今まで話してきた「裏の組織」や「神と戦う使命」などは全て創作された物語からの引用なのです、騙していてすいませんでした」

「いや、ルーレンディア、謝る必要はない。どれも素晴らしく心が震えた」

「お兄様……ウッ、流石です、流石我が家で唯一生き残られる敵か味方か不安にさせるけど「素敵な男性(ひと)」役だけあります」


 ルーレンディア様はヴィクター様からの許しを得て瞳を潤ませていましたが、ヴィクター様はビクッとしています。

 ヴィクター様はルーレンディア様のお言葉のどこかに心に触れるものがあったのでしょうか?ルーレンディア様の打ち明け話はパズアドラ様とルーレンディア様と発見される聖女様の話に移っています。

 ですがルーレンディア様ッ、私がここにいるのにそんなお話をされてもいいのですか?!

 私が学習進捗日報に記載すれば王太子の婚約者としての資質を疑われかねませんよ?!


(ルーレンディア様はしっかりしているようで、まだ子供なのですね)


 ルーレンディア様を心配する私にヴィクター様が鋭い視線を投げかけてきましたので頷きます、私はルーレンディア様と王家ならルーレンディア様への忠誠を選びますから報告しませんからね。

 通じたのでしょう、ヴィクター様が悪そうに口元だけで笑いましたので同じ笑みを返しておきました。


(残念遺伝子のクズが最悪クズに成長するのですね、革命計画を練らねばなりません。一旦、王宮に戻りルーレンディア様支持派と合流して絆を強めなければ)




 私はすぐに王宮に戻るつもりでいたのですが、ルーレンディア様が馬車事故撲滅を掲げて積極的に活動されるようになり、ルーレンディア様の意思に賛同した私も革命より健全ですし、ルーレンディア様を手伝うようになりました。

 ザボン公爵家の子飼い達から続々と集まる過去の馬車事故情報を(まと)める仕事は、王妃様の雑務などより()甲斐(がい)もあります。

 子飼い達から王都以外の情報も入るため、革命のため(選択肢の一つですから中止したわけではありません)の民衆への(あお)りや情報操作も可能だと私は積極的に子飼い達と接触していました。

 馬車事故撲滅活動をしている過程でルーレンディア様はロセッティ伯爵家(私は実家のコナッティと似た響きで昔から親近感があります)の第二子であるフェリックス様と知り合いました。

 フェリックス様は馬車事故に合い、下半身不随になってしまったが故に車椅子生活をされているため家族から表に立ち貴族間の交流を禁じられた御方です。

 ご家族はフェリックス様が誰かから馬鹿にされたり蔑まれたりされたら可哀想だと擁護姿勢ですが、フェリックス様の視野と心を狭める原因にもなっていました。

 難しい問題です、それでもルーレンディア様はフェリックス様の現状を変えるのを嫌がるご家族やフェリックス様と何通も手紙を遣り取りし、交流し、外の世界へ導きました。


「最初はごめんね、ルーレンディア様にはそんなつもりはなかったのに揶揄(からか)いに来たと思って怒鳴って」

「そんな昔のことは忘れましたよ」

「でも僕が王太子の婚約者であるルーレンディア様と友達なんて、いいの?」

「フェリックス様はご立派な御方です。車椅子生活で不便なことを改善するために私に協力してくれているではありませんか」

「ッ自分のためだよ」

「誰かのためにもなります」


 フェリックス様のご希望で、フェリックス様が一人で行動できるように車椅子を動かすのを邪魔せず横に立ち日傘をフェリックス様の方に傾けているルーレンディア様。

 思いやりといたわりに溢れた美しい光景です。

 このマーサ、フェリックス様でしたらルーレンディア様の隣に存在し続けるのを認めましょう。


 そう思っていましたが「最低、死ねクズ」ことパズアドラ様が再びルーレンディア様の学習進捗日報を読み始めました。


(殿下はそのようなものだけで婚約者であるルーレンディア様と交流した気になっておられるのですか?)


 殿下の様子はこのようなものでした。

 馬車事故撲滅活動を始められた時にパズアドラ様が呟いていました。


「ルーレンディア、ルー……外で活動することが増えたのだな」



 ロセッティ伯爵家との交流に難航している時にパズアドラ様が呟いていました。


「ルーが困っているなら今度、ロセッティ伯爵と話でも」



 よく分からない看板をルーレンディアがお作りになろうとしても財源が不足して困っている時にパズアドラ様が呟いていました。


「森林組合の会議に呼ばれたから行く予定にしている……偶然であるからルーには内緒にしてほしいのだが~」

「かしこまりました」


 私はパズアドラ様のご意向を汲んだだけでしたがムッとした顔をされましたのでヴィクター様譲りの黒い笑顔で圧しておきました。

 パズアドラ様はやっと迷走を止められルーレンディア様への愛を自覚されたようですが、第三者に手を引いてもらわないと好きな女性に自分の存在を主張することもできない残念王子などルーレンディア様に相応しくありませんからね。



 そして今日もいつもの遣り取りです。


「ところでコナッティ、ルーの明日の予定などは~?」

「日常の日報通りの予定にしておりますが、午後からクーパー公爵家でのお茶会に参加されます」

「クーパー家……(明日の予定は~……ダメだ、夫人が父上と母上を嫌っているじゃないか。いやいやいやいや、その前に「好きな女性が参加するから」と言って女性だけが集うお茶会に乗り込むなど父上のようではないか、王太子がそんな無粋なことをしてはならない)」


 パズアドラ様は今も「ルーと直接会うには」などと独り言を呟いています。

 パズアドラ様は小声で喋っているつもりなのかもしれませんが、滑舌がよろしいのと腹筋が鍛えられているせいかよく通るお声のせいで「何かの集まりに呼ばれた時に誘って」と目論んでいるのが丸聞こえです。

 そしてザボン公爵夫人エレーヌ様はクーパー公爵夫人であられるキリエンヌ様とは親友ですのでお茶会に参加される予定になっていますが、ルーレンディア様にそのようなご予定はなく、ルーレンディア様が訪れるのはリーバー伯爵家です。

 少しの相違はありますが、御嫡子の生涯独身宣言こそありませんでしたが、それに伴う婚約者挿げ替え騒動に巻き込まれましたのでお二人を嫌っているのに変わりありませんから明日の日報でパズアドラ様が知っても訪問できないのは同じですので不敬にはならないでしょう。

 リーバー伯爵家は輸入品を多く扱う商会を保有しています、ルーレンディア様が積極的に学ばれた外国についての知識をより深めてくれるでしょう。




「では、リーバー伯爵家に行きましょうマーサ」

「はい、ルーレンディア様」

「フンフンフーン♪かっつおぶしっ♡かっつおぶしっ♡あっるかっもしっれない、かっつおぶしっ♡手っに入るぞ、かっつおぶしっ♡」


 屋敷から馬車への少しの距離をルーレンディア様が踊るように歩きながら上機嫌で呟いています……ですが「カッツオブシッ」とは何なのでしょうか。

 先日、リーバー伯爵家からルーレンディア様に届いた経営している商会での取扱品の中に「魚醤」があった時にやけに興奮しておられましたし、ルーレンディア様はこの世界にある未知なる品を求めておいでなのでしょうか。


(ルーレンディア様が可愛らしいのでヨシとしましょう)


 私も護衛役の夫・トーマスも微笑みながら馬車(トーマスは護衛なので馬で並走です)に乗りました。



オマケ

「婚約者挿げ替え騒動で王家に不信を抱いた貴族家は、公爵家はプロスタン家・バシバル家・メライフ家・メジャー家・クーパー家・ドレッティ家・アコラディ家……etc.プロスタン宰相ッ、貴族家は何家あるのだッ!」

「総貴族688家の内、453家です」

「……こ……言葉もない、遺憾に思う。……プロスタン宰相もよく役職に残ってくれた、感謝する」

「パズアドラ様からそう言っていただけて光栄です」

「我に何ができるだろうか」

「そこはご自分でお考えくださいませ」

「そうだな」

「さ、続きの暗唱を」

「どこまでいった?」

「ラッセル伯爵家までです、伯爵家は後62家残っておりますし子爵家、男爵家もございます。終了しましたら准男爵家、市井の名家も巻き込まれていますからソチラも覚えて損はないかと」

「……(あの害悪めッ!)」



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