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14/21

婚約式の前後のことなんて思い出したくもない

長いです

 私は毎日、ザボン公爵家に出勤し、退勤後は城に向かいフィンチ女官長様に乳母日報を提出してから帰宅の流れです。

 私としてはルーレンディア様と家畜の世話や農作業などしておりますし、できるだけ早く帰宅したいというのが本音です。

 それなのに、余計な仕事を増やす連中がいたことが何度かありました。


 王太子パズアドラ様と対面されたルーレンディア様は溜め息が多くなりました。

 初恋です、なんて尊く愛らしいのでしょう……と思っていましたがルーレンディア様とパズアドラ様はすれ違っているご様子。

 私は野暮(ヤボ)な乳母ではありませんのでお互いの気持ちを勝手に伝えたり仲を取り持ったりせずに温かく見守りますが、パズアドラ様は「カッコイイ」を誤解されておられますね、「冷徹・自己完結・強引」など旧世紀の遺物でありアズール様のようですよ……。


(お父上がお嫌いなのになぜソックリなのですかッ)


 苛立ちながら乳母日報を定位置に置くとパズアドラ様が乳母日報を手に取りました。


「コナッティ、ルー……ザボン公爵令嬢から我に伝言はないのか?お、お強請(ねだ)ッ……ではなくッ、要望は」


 パズアドラ様、私は「ルーレンディア様から可愛らしくお強請りされてみたい」というパズアドラ様のお気持ちは理解しております。

 ですがパメラ様の全肯定に気持ち良くなりながら成長され暴君となられた第二のアズール様として成長されるのは見過ごせませんので、今後のために「矯正」入らせていただきます。


「ルーレンディア様から伝言はございません、現在の状況にご満足しておられます」


 アズール様の乳母はよくパメラ様に「王家の方のご意向に背いてはならない」と言われたそうです(パメラ様が言っていたので間違いありません)。

 ですがそう言われたとて少し考えれば王家の方は「命じられる前に王族の気持ちを察して全て従え」と言われたことなどありません、王が「父」であり王妃が「母」なのですから「子」である民(貴族であっても「民」の一人です)を導くために「子」の言葉や気持ちを聞く耳をお持ちにならなければいけません。

 パメラ様のような対応は絶対的な権力を有する者に勘違いを引き起こさせ、暴君か傀儡を育てるやり方です。


「……そうか……うん……なら、いいのだ」


 心なしかパズアドラ様の影が薄くなっていますが、最初の対面なのに可愛いルーレンディア様に笑顔一つ見せず、先月の建国祭の時は姿を隠してルーレンディア様を待ちぼうけさせ反応を確かめる、といった意地悪を思いつく性格がねじ曲がっている王子などルーレンディア様に相応しくありません。


(ルーレンディア様、(かたき)は討ちましたよ)


 私は機嫌よく夫・トーマスと可愛い子供の待つ家に帰宅しました。



 二つ目は、建国祭の日でした。

 ザボン公爵領はボアル国で一番高い山であるラルンマを中心に峰が連なるホルス山脈に囲まれた日当たりの悪い土地ですから建国を祝う余裕もありません、ですからザボン公爵家の皆様は王都の華々しい建国祭ではなく領地に向かわれます。

 王都の外れにあるザボン公爵邸で育てられた家畜や余剰分の穀物を領地に届けに行かれるのです。

 建国祭ですので私も休暇を与えられますが、10日間全てでもありませんので私は嫌々ながら王宮女官として王妃様の雑務(文官からの難しい書類を分かりやすくするために注釈を付けるのです……もちろんパメラ様は見もしません「アズールゥ、分かんな~い~」とアズール様の仕事の手を止めさせてパメラ様の仕事にかからせに行くのですから実質、王妃様の仕事も全てアズール様がされています。アズール様はパメラ様以外のことは優秀な方ですから資料すら不必要です。それでもしなくてはならないのですから全く働き甲斐のない仕事です)をこなしていました。

 どうでもいいことですがトーマスと共に出勤しますと、毎朝パズアドラ様がおられました。


「おはようございます、パズアドラ様」

「おはよう」


 パズアドラ様は私とトーマスの後ろを覗き込むように左右に体を動かした後、不機嫌になられます。

 私が城に出勤している間、つまり建国祭の最終日までパズアドラ様を退勤前にも見かけました。

 侍従の方がいつも疲れた顔をしていらっしゃるのでパズアドラ様はずっと出入り口前におられたようで、何をしていらっしゃるのか不思議に思ったものです。

 この不思議現象は翌年もございました、いまだ謎です。


 三つめはパズアドラ様とルーレンディア様の婚約式が決定した数日後でした。

 いつものように日報を定位置に置いていると、パメラ様から「帰宅前に話したいことがある」の伝言が入っていました。

 相手はパメラ様です、とても嫌な予感がしました。

 パメラ様の前に立つと、にこやかに言われました。


「今まで乳母の役割ご苦労様、婚約式が終わったら王宮女官に戻っていいわよ~。今までの実績で王妃付きに戻してあげるわ~」

「「コ~エイ」ニ、ゾンジマス。デスガ」


 パメラ様に頭を下げ、動揺しつつも頭を上げるまでに何とか正気を取り戻しました。


「……王宮女官復帰の返事はしばらく先延ばしにしていただけますか?」

「そう?アッ!そうよね、別れるのはとっても寂しいから分かるわ」


 自分に仕えるのが名誉なことだと思っているパメラ様でも幼い頃に訪れたアズール様との別れの時を思い出したのか、私への理解を示すようにしきりに頷きだしました。

 そのままパメラ様がアズール様と別れておけば国が平和だったから一緒にしないで欲しいのですが、私はルーレンディア様のお側に残るべく思考を巡らせ始めました。


 ルーレンディア様の乳母解任の危機に立たされている私ですが、解決策がないわけではありません。

 命じてきた相手はフィンチ女官長様やプロスタン宰相様ではなくポンコツ王妃パメラ様です、ルーレンディア様に不必要な教育もパメラ様には難しい……私はソコを突くことにしました。


「王宮女官復帰の話ですが、返答してもよろしいでしょうか?」

「いいわよ~、それで~、どう~?」

「パメラ様、パメラ様もアズール様とご結婚された当初は王宮での過ごし方で戸惑われることが多かった筈です」

「そうね~」


 パメラ様は今でも戸惑ってばかりなのに今ではできているかのように返事をされています、ですが今は見逃します。


「王妃としての立ち居振る舞い、注目の集め方、王宮でしてはならないこと、ルーレンディア様も学ぶべきかと」

「(チューモク?エ?そんなのあるの?してはならないこと……???)」


 アズール様の横で常に笑っているだけしかしていないパメラ様が小声でポンコツ具合を披露されていますが、本来のあるべき姿は王太后様のように貴族会議で王を補佐して貴族達から一目置かれ、王妃を慕う大勢の貴婦人の中から侍女を選出し社交界を牽引して貴族夫人から信頼と尊敬を集め、令嬢達から憧れられる存在であり、王宮女官が女性のしたい職業でダントツ人気になるようなッ……いけません、取り乱してしまいました。


「パメラ様、王妃におなりになったのに常に厳しい指摘ばかりでお辛かったのでは?」


 パメラ様が瞳を潤ませています、貴女ならそうでしょう、そうでしょうよ。


「ッええ、とても辛かったわ~。ルーレンディアちゃんだって王妃になってからも虐められるのは可哀想よ」


 勝利の瞬間です、ですがまだ勝利を掴み取ったわけではないのでたたみかけます。


「私ならルーレンディア様に王宮での振る舞いを教授できます」

「まあ、そうなの!じゃあ、お願いねッ!」

「かしこまりました」


 ポンコツ王妃、容易(たやす)し。




 この日はこれで終わりと思っていましたが四つ目がきました。


 気分よく歩く廊下の隅で(たたず)むプロスタン宰相様から「これをルーレンディア様に……いや、私にはできない」などという声が聞こえてくれば声をかけるに決まっています。


「コナッティ……退勤だろう、気にするな」

「それは無理です」


 乳母ですから!


「……そうだよな……優秀だ、上司として誇らしい。まず、これを」


 プロスタン宰相様から渡されたのは薄い青い生地を何層も重ね、レースとリボンで華やかに彩られたドレスの仕立て図でした。


「まあ、愛らしい。どちらの貴族家の誕生祝いに贈られるドレスですか?」

「ルーレンディア様だ」


 微笑ましく思って見ていた仕立て図を見ます、どこをどう見ても生まれたばかりの子をお披露目する際に着せる親馬鹿全開・本人の希望が全くない時期にしか着せられない愛らしさしか存在しない、そういう場でしか着せないようなドレスが描かれています。


「もっ、もしやッ!」

「……そうだ、パズアドラ様がご用意しようとなさっているルーレンディア様の婚約式に贈られるドレスだ」


 二人でたっぷり沈黙しました、二人の頭の中は「アリエナイ」がいっぱいでクルクルとダンス中です。


「…………コナッティ、私はルーレンディア様が婚約式で着られるドレスを楽しみにしている娘になんと説明すればいいと思うッ!このようなッ、このような私達が若い時に最先端だった重たさしかないドレスを注文しなければならないのか?なあコナッティ、なあ~?」


 プロスタン宰相様は今年で7歳になるお嬢様を溺愛しているらしいので取り乱すお気持ちは分かります。

 私だって人生の晴れ舞台である婚約式でルーレンディア様が他者から蔑まれるようなドレスを身に纏われるなど許容できません。


「私、残業させていただきますッ!」


 プロスタン宰相様に宣言しました。

 思わず力が入り、握りしめてしまったので皺になったドレスの仕立て図を持ってフィンチ女官長様に突撃しに行きます。

 クシャクシャになったドレスの仕立て図を手で直しながらフィンチ女官長様が言ったお言葉は頼もしかった。


「この件はお母上であられるパメラ様に責任を取っていただきましょう。こちらで対処しますから残業の必要はありません、コナッティは帰宅なさい」


 実は……パメラ様こそ常にアズール様から贈られたパズアドラ様が描いた少女趣味なドレスを着ておられますが、服装に関してはかなり(こだわ)りがある方であり、常に流行を牽引なさっておられる上品系のザボン公爵夫人・エレーヌ様や妖艶系のクーパー公爵夫人・キリエンヌ様に憧れておられます。

 ですから王妃としてはどうしようもないくらいポンコツなのですが、その一点だけは信用できるのです。

 ですがパメラ様はポンコツ王妃なので「驚かせたいの~」だけの理由で婚約式の当日の朝になるまで仕立てたドレスを寄越さないという気遣いのできない御方なのには変わりありませんが……。


 可愛らしい婚約者同士の口接けこそありませんでしたし、ルーレンディア様の前髪に隠れて額への口接けも確認できませんでしたが、王妃様からのドレスのお陰でルーレンディア様をご覧になったプロスタン宰相様のお嬢様もルーレンディア様の光り輝くような美しさに溜め息を吐かれています。

 もちろん他の出席者も同様で私、何か忘れているような気はしますが、乳母として鼻高々です。

 ハテ?サテ?何か重要なことだったような気もしますが?私は一体、何を忘れているのでしょうか?ですが今はどうでもいいです、ルーレンディア様の美しさを愛でましょう。


(ご立派です、ルーレンディア様ッ!)


「今日で乳母としての役割も終了だが、マーサが俺が思っていたより泣かないのは助かる」


 隣に立つ夫・トーマスの言葉で思い出しましたッ、婚約式前の思わぬ騒動でザボン公爵家及びルーレンディア様との契約を更新するのをスッカリ忘れていました。


(私としたことが……でもないかも、それはパメラ様の手続きの筈です)


 婚約式だけではパズアドラ様とルーレンディア様のすれ違いは解消されず、二人はそれぞれ大きな輪を作っていました。

 参加者達は時折、瞳を潤ませるルーレンディア様に、常に愛らしい微笑みを浮かべ感情の起伏を見せないルーレンディア様でも婚約式に並々ならぬ想いを持っていたのだと思われたようでした。

 対してパズアドラ様はいつもと変わりないのでルーレンディア様に対する想いはないのだと判断されています。


(ルーレンディア様は王家の危機を救った婚約者であるのにアズール様もパメラ様もパズアドラ様を窘めない)


 王家の皆様に幻滅しつつ、パズアドラ様を責めてはいけないと自分を律します。

 パズアドラ様は「ア」「ズ」ール様と「パ」メ「ラ」様のお子様であるという負荷を背負っていらっしゃるのですから「残念」な遺伝子持ちの弊害だと……思えませんけどねッ。

 婚約式後の歓談は滞りなく進んでいますので安心ですが、私にはルーレンディア様達が休憩に入られる前にすべきことがあります。

 王宮女官が集まる部屋に行き自分の机を確認しましたが、それらしき書類は見当たりません。


「私の雇用契約の書類は見ていない?」

「なんてことなの、フィンチ女官長様がパメラ様にドレスと一緒に新規の契約書をマーサに渡すように何度も仰っていたのにパメラ様はまた(うわ)(そら)で返事をされていたのね」

「私も忘れていたのよ」

「あんな騒動があればね……マーサのせいじゃないわ。書類はきっとパメラ様の部屋にそのままの筈よ」

「ありがとう」


 皆様が控え室に入られる前に私の些事は済ませましたし、控え室の担当は私の同期の王宮女官だったのでお願いして交代済です。

 私は控え室に入り、フィンチ女官長様の隣に並びました。


「マーサと今日でお別れだと思っておられるルーレンディア様が涙ぐむわけよ、吉報を早く知らせてあげなくてはね」

「……ッ、はい」


 私が手に持つ封筒を見たフィンチ女官長様の察しの良さに脱帽しますが、ルーレンディア様の涙の本当の意味を知って私の胸は熱くなりました。

 乳母から王妃教育の指導者として就任した私は、私がザボン公爵家に残るのを知って涙が止まらないルーレンディア様と抱き合いつつ、複雑な顔をしているパズアドラ様を鼻で嗤いました。


(貴方様が迷走している間に私達は既に相思相愛ですよ、パズアドラ様。)


 ルーレンディア様の素の笑顔を始めて見られるパズアドラ様は顔を背けてどこかに行ってしまいました。


「私も疲れちゃったからパドも疲れちゃったのね~」


 溺愛していても息子の気持ちを全く察せないパメラ様はアズール様に抱き上げられて戻られました。

 いつものことですが、見るたびに腹が立つ光景です。

 お二人の後ろを付いていかなければならないプロスタン宰相様とフィンチ女官長様に心の底から同情いたします。




 私はザボン公爵家でルーレンディア様との日常に戻りました。


「マーサ、この草は「天ぷら」にして食べられるのよ……塩もいいけど、とにかく「めんつゆ」が欲しいです」

「メン・ツユ?」

「ルーレンディアったら、令嬢としていっけなーいんだー、独り言です、独り言ッ」

「そうですか?」

「マーサ、こっちには「いたどり」が!……「かつおだし」……でも、でも「かつおぶし」だって「日本」以外の国にもあるんだから「異世界」にだってある筈」


 このようにルーレンディア様がたまに不思議な言葉を発しながら夢中になっていらっしゃることがたびたびありました。

 ですがルーレンディア様はそのような姿を見せた翌日は世界情勢をより深く勉強なさるので良い傾向でもあります。


(パメラ様もこのように勤勉であれば少しは王妃らしくおなりにな……らないわね、きっと)



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