第6話「侵食、恋愛バグ」
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「勇気ある子に育ってほしい」
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物心つく前から、何度も聞かされた言葉だ。
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五十嵐勇希は、その名前があまり好きではなかった。
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勇気なんてものは、必要なときに出せばいい。
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常に持っているものじゃない。
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むしろ。
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無駄に突っ込んでいくやつの方が、失敗する。
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(最適解じゃない)
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勇希は、スマホの画面から視線を上げた。
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ビッグサイロ。
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二ヶ月前、妙な噂が広がった場所。
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「ロボットが動いた」とか「空から何かが降ってきた」とか。
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どう考えても、あり得ない話。
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(でも、ゼロじゃない)
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完全否定はしない。
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“可能性”としては、残しておく。
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それが、勇希の考え方だった。
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恋愛も同じだ。
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感情で動くものじゃない。
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選択だ。
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どの選択肢が一番効率よく“好感度”を上げるか。
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それだけだ。
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(無駄なルートには入らない)
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イベント会場に足を踏み入れる。
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「恋愛ゲーム体験イベント」
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軽いノリの企画。
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だが、こういう場所は情報の宝庫だ。
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人の反応。
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選択の傾向。
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ミスのパターン。
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全部、回収できる。
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そう思っていた。
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そのはずだった。
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館内アナウンスが途切れる。
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代わりに、別の放送。
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「緊急避難指示。繰り返します、緊急避難指示」
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声は妙に冷静だった。
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「館内で異常現象が発生しています。スタッフの指示に従い、地下避難スペースへ移動してください」
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地下。
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その単語が出た瞬間、人の流れが変わる。
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出口へ。
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階段へ。
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だが勇希は違う方向を見ていた。
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(……下か)
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“中心は下にある”。
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それだけは、経験則で分かる。
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人混みを逆流する。
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ざわめき。
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悲鳴。
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混乱。
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その中を、無理やり抜ける。
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「ちょ、ちょっと!そっちは危ないですよ!」
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「いや、違う、これ……逆なんだって……!」
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声が上擦る。
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自分でも何を言っているのか分からない。
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(落ち着け、落ち着け……)
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地下ホール。
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広い避難スペース。
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人が溜まっている。
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だが、その奥に。
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見えてはいけないものがあった。
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『操縦室』
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「……いや、何だよこれ」
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声が少し裏返る。
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誰も見ていない。
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(見えてないのか?)
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勇希は扉に手をかける。
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「え、いや、これ入るやつじゃないだろ普通……」
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一瞬だけ止まる。
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(止まるな俺)
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扉を開ける。
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中は静かだった。
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無機質な空間。
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椅子。
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浮かぶインターフェース。
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■ビッグサイロ:接続待機中
■搭乗者認証:完了
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「……は?」
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「ちょ、待て待て待て……」
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一歩下がりかけて止まる。
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(引いたら終わるやつだこれ)
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息が浅くなる。
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手が少し震える。
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それでも、座るしかない。
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勇希は椅子に腰を下ろした。
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その瞬間。
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世界が切り替わる。
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「っ……!」
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視界が引き伸ばされる。
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地下の感覚が遠のく。
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代わりに、巨大な構造が流れ込む。
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(……でかい)
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言葉にならない。
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これはロボットではない。
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“身体の拡張”。
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ビッグサイロ。
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地下施設そのものが、再構成されていく。
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壁が割れるのではない。
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形を変えている。
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骨格が立ち上がる。
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胸部。
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腕部。
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頭部。
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「……ロボじゃんこれ……」
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ぽつりと漏れる。
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(いや、違うだろ今のツッコミ)
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警告音ではない。
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選択肢。
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・起動する
・停止する
・接続を維持する
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「いや、起動しかないだろ……!」
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叫ぶように選択する。
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「起動!!」
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ビッグサイロが目を開ける。
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空間が震える。
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遠くで、別の“声”。
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少女の声。
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「……見つけた」
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勇希は息を呑む。
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「は?今の何……」
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言いかけて止める。
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(今は考えるな)
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ビッグサイロの腕が持ち上がる。
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その動きは、あまりにも自然だった。
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まるで最初からそうあるべきだったように。
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勇希は小さく呟く。
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「……やばいの始まったな、これ」
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