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ビッグサイロ・プロトコル  作者: 山田の
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第21話「後悔、公開」

翌日。


夜二十二時。


港の裏通りは静まり返っていた。


雨は降っていない。


だが湿った海風だけが残っている。


鳥羽宏はバーの前で立ち止まった。


古びた木製扉。


薄暗い看板。


営業しているのかすら分からない。


昨夜と同じだった。


鳥羽は周囲を確認する。


人気は無い。


車も無い。


遠くで船のエンジン音だけが聞こえる。


静かすぎた。


扉を開ける。


小さなベルが鳴った。


店内は暗い。


古いジャズ。


琥珀色の照明。


客は一人だけ。


カウンター奥。


チーフだった。


バーテンダーの姿は見えない。


鳥羽は無言で隣へ座る。


チーフはグラスを傾けたまま言う。


「来たか」


「本当に来るとは思いませんでした」


「俺もだ」


短いやり取り。


鳥羽は周囲を見渡す。


「貸切ですか」


「この店は深入りしない」


チーフはそう言って、小さな黒いケースをカウンターへ置いた。


金属製。


傷だらけだった。


鳥羽の表情が変わる。


「……これが?」


「ああ」


チーフは静かに頷く。


「ILS初期実験記録」


鳥羽の呼吸が止まる。


チーフは続けた。


「被験者データ」


「適合率」


「認識同期ログ」


「戦闘補正実験」


「全部入ってる」


鳥羽は思わず聞く。


「なんで俺に」


チーフはグラスの氷を見つめる。


しばらく黙ったあと、小さく笑った。


「後悔だよ」


ジャズだけが流れる。


「最初は夢みたいな技術だった」


「身体能力補助」


「災害救助」


「医療支援」


「そういう名目だった」


鳥羽は黙って聞く。


チーフは続ける。


「だが途中で気づいた」


「ILSは補助装置じゃない」


「認識そのものへ干渉してる」


「観測者が増えるほど、現実側が同期していく」


鳥羽の背筋へ冷たいものが走る。


「……現実が書き換わる?」


「完全にはな」


チーフは否定した。


「だが“認識された結果”へ近づいていく」


「あり得ない動き」


「異常反応」


「全部そこから始まった」


鳥羽はケースを見る。


まるで爆弾みたいだった。


チーフは低く言う。


「永山の戦闘ログを見た」


鳥羽の目が動く。


チーフは続ける。


「あれは気合や根性じゃない」


「ILSは搭乗者へ“最適行動”を認識させていた」


店内の空気が重くなる。


チーフはグラスを見つめたまま続ける。


「被験者は、自分が負ける未来を想像できなくなる」


「回避」


「判断」


「反応速度」


「全部が異常な精度になる」


鳥羽は小さく呟く。


「……そんなもの、もう兵器じゃない」


チーフは苦く笑った。


「だから今こうなってる」


氷が鳴る。


「アメリカも中国も気づいてる」


「表向きは危険視してるが、本音は違う」


「誰も、日本だけ先に完成させたくないんだ」


鳥羽はケースへ手を置く。


冷たい。


異様なほど冷たい。


「公開したらどうなると思います」


チーフは静かに答えた。


「日本は終わるかもしれん」


「だが、公開しなければもっと酷い」


鳥羽は黙る。


ジャーナリストとしての instinct が告げていた。


これは国家を吹き飛ばす。


だが。


同時に。


世界も変える。


チーフは初めて鳥羽を真正面から見る。


「コミックMall当日」


「何か起きたら、迷わず出せ」


「止められる最後のタイミングになる」


鳥羽はゆっくり頷く。


その時だった。


店奥の古いブラウン管テレビが、一瞬だけ点いた。


ノイズ。


白黒の砂嵐。


鳥羽が振り向く。


だが次の瞬間には消えていた。


沈黙。


チーフは目を細める。


「……始まってるな」


鳥羽は聞く。


「何がです」


チーフは答えない。


代わりに立ち上がる。


「もう長くは持たん」


「俺も、お前もな」


会計は済ませてあった。


チーフはコートを羽織る。


その背中へ鳥羽が言った。


「あなたは、どうするんです」


チーフは少しだけ止まった。


「最後まで見る」


それだけ言って、店を出る。


扉のベルが鳴る。


静寂。


鳥羽は一人残された。


カウンターの黒いケース。


店奥の消えたブラウン管。


妙に重い空気。


鳥羽はゆっくりケースを開く。


大量のファイル。


被験者コード。


脳波同期率。


認識誘導試験。


そして。


フォルダ名。


『BIG SILO PROTOCOL』


鳥羽の喉が鳴る。


その瞬間。


ケース内モニターへ、一瞬だけ赤い文字が走った。



---


> CONNECTION ACTIVE





---


鳥羽の表情が凍りつく。


次の瞬間には消えていた。


ただの黒い画面だけが残る。


店内のジャズだけが、静かに流れ続けていた。

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