第18話「接触、最初の搭乗者」
地方都市。
夕方。
双葉重工・第七研究整備工場の正門から、作業員たちが次々と出てくる。
鳥羽宏は、少し離れた歩道からその流れを見ていた。
帽子を深く被った男。
作業服。
疲れた足取り。
資料写真と一致する。
——永山豪太。
鳥羽は静かに後を追う。
永山は駅へ向かうでもなく、住宅街を抜けていく。
やがて。
河川敷へ降りた。
夕陽が川面へ反射している。
風が強い。
永山は途中で立ち止まった。
振り返る。
「……誰だ」
鳥羽も止まる。
逃げ場のない距離。
鳥羽はゆっくり名刺を差し出した。
『ジャーナリスト/映像ディレクター 鳥羽宏』
永山は受け取らない。
その目だけで十分だった。
「何の用だ」
「ビッグサイロの件で」
その瞬間。
永山の表情が止まる。
風の音だけが流れる。
「……帰れ」
低い声だった。
鳥羽は引かない。
「あなた、あの場にいましたよね」
永山は答えない。
鳥羽は続ける。
「巨大ロボット」
「空間の歪み」
「……コックピット」
永山の呼吸が止まる。
わずかに視線が揺れた。
鳥羽は確信する。
「事故じゃなかった」
長い沈黙。
永山は周囲を確認する。
橋の上。
道路。
遠くの歩行者。
無意識だった。
監視を警戒している。
やがて永山は小さく舌打ちし、河川敷の奥へ歩き出す。
「……こっちだ」
草が風で揺れる。
鉄橋の下。
電車の通過音が響く。
永山は自販機で缶コーヒーを二本買った。
一本を鳥羽へ投げる。
「取材なら断る」
「知りたいだけです」
「知ってどうする」
返せなかった。
永山は缶を開ける。
プシュッ、と乾いた音がした。
やけに、その音だけがはっきり響いた。
「俺はもう関わりたくない」
「じゃあ、あれは何だったんです?」
永山は少し笑う。
乾いた笑いだった。
「分からんよ」
「俺だって」
視線が川の向こうへ流れる。
「あそこに入った瞬間」
「頭の中が真っ白になった」
鳥羽は黙って聞く。
「怖かったはずなんだ」
「なのに……」
永山の拳がわずかに震える。
「全部できる気になった」
「守らなきゃって」
「戦わなきゃって」
呼吸が少し荒くなる。
「あの時の俺、多分おかしかった」
「熱血ロボアニメの主人公みたいに叫んでた」
自嘲気味に笑う。
だが、その笑いは怯えていた。
「本当の俺は、あんな人間じゃない」
鉄橋の上をまた電車が通る。
轟音。
永山は反射的に顔をしかめた。
鳥羽は気づく。
音に怯えている。
「今は?」
永山は少し黙る。
「静かな職場を貰った」
「給料も上がった」
「昇進もした」
「……全部、用意された」
鳥羽は静かに聞く。
「口止めですか」
永山は否定しない。
少し間を置く。
「家があるんだよ」
永山は視線を落とす。
「妻と、子ども」
「何も知らないまま普通に暮らしてる」
その一言だけで空気が変わる。
風がやけに冷たく感じる。
永山は続ける。
「俺が変なことを喋ったら」
「全部崩れる」
少し間。
「だから黙ってる」
鳥羽は言葉を失う。
永山は疲れたように額を押さえる。
「他の奴らは違うんだろ」
鳥羽の視線が上がる。
——他にもいる。
永山はしまったという顔をする。
「誰です?」
「知らん」
即答。
だが遅かった。
鳥羽は確信する。
適合者は一人じゃない。
永山は河川敷の草を見つめる。
「……帰れ」
「これ以上近づくな」
「未だに監視されてるかもしれない」
鳥羽が口を開こうとした瞬間。
永山が低く言った。
「何があっても、責任は取れないぞ」
その声は本気だった。
脅しじゃない。
警告だった。
鳥羽は何も返せない。
やがて静かに頭を下げる。
「……ありがとうございました」
鳥羽が去っていく。
河川敷に再び静寂が戻る。
永山は一人になる。
缶コーヒーを口へ運ぶ。
そして、何気なく空を見上げた。
夕焼けの雲。
その輪郭が。
一瞬だけ。
“角のある機械の顔”に見えた。
永山の呼吸が止まる。
だが次の瞬間には、ただの雲へ戻っていた。
永山は目を閉じる。
風が吹く。
小さく呟く。
「……まだ、繋がってる」




