第15話「蓄積、混線」
防衛庁地下研究区画。
照明は落とされている。
必要最低限の光だけが、モニターの輪郭を浮かび上がらせていた。
静かだった。
空調音だけが続いている。
その中央で、富野光は画面を睨んでいた。
「……おかしい」
誰に言うでもなく呟く。
ログを巻き戻す。
再生。
停止。
拡大。
もう何時間目か分からない。
だが違和感だけが消えない。
富野は元々、この施設の人間ではなかった。
外部技術会社から派遣された保守要員。
ILSの詳細も知らされていない。
ただの監視担当。
そのはずだった。
だが。
“あの日”。
リアルロボット展示会事件。
ビッグサイロへ接続して以降、状況が変わった。
機密区分変更。
外部契約凍結。
防衛庁直属研究員扱い。
肩書は昇格。
だが実態は違う。
(戻れなくなっただけだ)
富野は小さく息を吐く。
モニターを切り替える。
「また同じ波形か……」
さやか事件。
2.5次元ライブイベント。
その戦闘ログの中に。
本来存在しないはずのデータが混ざっている。
富野は別窓を開く。
二ヶ月前。
昭和スーパーロボット展。
永山豪太の戦闘ログ。
さらに別窓。
リアルロボット展示会。
自分自身の戦闘記録。
並べる。
比較する。
沈黙。
そして。
「……ある」
背後で声がした。
「何がだ」
チーフだった。
いつの間に来たのか分からない。
缶コーヒーを片手に、画面を見る。
富野は少し迷ってから口を開く。
「混ざってます」
「混線か?」
「違います」
富野は首を振る。
「通信ノイズじゃない」
画面を指差す。
「これ、同じなんです」
チーフは黙って見る。
波形。
一見すると別物。
だが細部が一致している。
「さやか事件のログに」
「永山事件の出力痕が混ざってます」
「……は?」
「それだけじゃない」
富野はさらに画面を切り替える。
恋愛イベント。
勇希の戦闘ログ。
その中に。
リアルロボ型戦闘時の姿勢制御波形。
昭和型必殺技出力。
ライブ共鳴時の同期反応。
全部が存在している。
チーフの顔から感情が消える。
「……あり得ない」
富野は小さく笑う。
乾いた笑いだった。
「ええ」
「あり得ないです」
「でも出てる」
沈黙。
モニターの光だけが揺れる。
チーフはゆっくり椅子を引いた。
座る。
画面を見る。
「蓄積しているのか」
富野は答えない。
代わりに、別のログを開く。
イベント未実施日。
戦闘なし。
接続なし。
正常日のはずのデータ。
だが。
そこにも微弱な波形が残っている。
ノイズのように。
心電図の残響みたいに。
「止まってないんですよ」
富野の声は静かだった。
「イベントがなくても」
「ILS自体は、ずっと動いてる」
チーフの視線が止まる。
「……どこから入力されている」
富野は少しだけ迷う。
そして。
「ネットです」
空調音だけになる。
「SNS」
「動画」
「掲示板」
「配信」
「ファンアート」
「二次創作」
「考察文化」
「全部です」
富野は自分で言いながら、嫌な汗が滲むのを感じていた。
「人が“想像した情報”そのものが流入してる」
チーフは目を閉じる。
理解したくなかった。
だが。
理解できてしまった。
「……認識データの備蓄庫」
富野がゆっくり頷く。
「だから“サイロ”なんですよ」
沈黙。
誰も動かない。
モニターだけが光っている。
そのとき。
画面が一瞬だけ乱れた。
ノイズ。
一フレーム。
少女の顔。
次の瞬間。
男の顔。
さらに別の何か。
富野が固まる。
「今の……」
チーフは立ち上がる。
だがもう画面は正常だった。
ログにも残っていない。
静寂。
富野は乾いた喉を鳴らす。
「……見ました?」
チーフは答えない。
代わりに、低く言う。
「富野」
「はい」
「もう外には戻れん」
短かった。
だが。
それは脅しではなかった。
富野は少しだけ笑う。
「でしょうね」
視線を戻す。
モニターの隅。
そこには微弱な文字列が浮かんでいた。
誰も入力していない。
誰も起動していない。
それでも。
表示されている。
『接続待機中』




