第21話 プロジェクト・魔王討伐
第21話 プロジェクト・魔王討伐
その知らせは雪混じりの風と共にやって来た。
夜明け前。
まだ街が眠っている時間だった。
鋼鉄の牙の扉が激しく叩かれる。
ばんっ!
ばんっ!
「緊急伝令!」
受付嬢が飛び起きる。
宿直の冒険者たちが駆け出す。
扉が開いた瞬間、冷気が雪と共に流れ込んだ。
伝令兵は全身泥だらけだった。
肩で息をしている。
顔色は真っ青だ。
「魔王軍です!」
食堂にいた全員が立ち上がった。
「第四防衛線が突破されました!」
「何だと!?」
ガルガが怒鳴る。
伝令兵は震える声で続けた。
「北部三都市が陥落!」
「難民多数!」
「王都へ向けて進軍中です!」
空気が凍った。
原作通りだった。
ケイは知っている。
この総攻撃が始まった瞬間から世界は崩壊へ向かう。
都市が燃える。
王国が滅ぶ。
鋼鉄の牙も全滅する。
それが本来の未来だった。
ヴィクトリアが唇を噛む。
「最悪だわ……」
セリアも青ざめていた。
「本当に来ちゃった……」
新人たちは顔面蒼白だった。
誰もが恐怖している。
ただ一人を除いて。
ケイは静かに紅茶を飲んでいた。
湯気が立ち上る。
食堂中が騒然としているのに、まるで昼下がりのような落ち着きだった。
ゼノンが眉をひそめる。
「お前」
「はい」
「何でそんなに平然としてる」
ケイは紅茶を置いた。
そして。
鞄から一冊の本を取り出した。
どん。
鈍い音が食堂に響く。
全員の視線が集まる。
分厚い。
異常なほど分厚い。
辞典かと思うほどだ。
表紙には金文字。
『プロジェクト計画書 魔王討伐』
沈黙。
誰も喋れなかった。
ヴィクトリアが口をぱくぱくさせる。
「何それ」
「プロジェクト計画書です」
「見れば分かる!」
「三か月前から準備していました」
「三か月前!?」
ケイはうなずく。
「魔王軍の総攻撃は高確率で発生すると予測していました」
ガルガが頭を抱えた。
「お前本当に何なんだ」
「事務員です」
「違うそうじゃない」
食堂に笑いが漏れる。
だが。
その笑いには安心も混じっていた。
ケイが平然としている。
なら何とかなるかもしれない。
そう思えてしまう。
それが今の鋼鉄の牙だった。
一時間後。
会議室。
壁には巨大な地図。
都市。
補給路。
避難経路。
防衛拠点。
全てが書き込まれている。
ケイは黒板の前に立った。
「皆さん」
静かな声。
しかし全員が耳を傾ける。
「キックオフミーティングを始めましょう」
ゼノンが吹き出した。
「魔王討伐でその言葉使うな」
「正式名称です」
「絶対違う」
だがケイは真剣だった。
「まず目標を共有します」
チョークが走る。
カツカツと音が響く。
『目的』
『魔王軍の撃退』
『王国の存続』
『鋼鉄の牙メンバー全員生還』
会議室が静かになる。
最後の一行。
それを見てセリアが目を見開いた。
「全員生還……」
「はい」
ケイは即答した。
「そのための計画です」
原作には存在しなかった言葉だった。
原作の鋼鉄の牙はここで壊滅する。
誰も帰れない。
だが。
今は違う。
午後になる頃にはギルド全体が動き始めた。
食料班。
医療班。
偵察班。
補給班。
新人たちも走り回る。
倉庫では保存食が積み込まれている。
干し肉。
乾燥果物。
硬い黒パン。
大量の水袋。
食欲をそそる匂いではない。
だが戦うためには必要だ。
食堂では大鍋でシチューが煮込まれていた。
玉ねぎ。
人参。
牛肉。
湯気と共に温かな香りが広がる。
セリアは治療薬を確認している。
ガルガは武器を整備している。
ゼノンは剣を研いでいた。
そして。
ケイはひたすら書類を書いていた。
夜。
暖炉の火が揺れる執務室。
ヴィクトリアは資料を見ながら呟く。
「本当に勝てるの?」
窓の外では雪が降っている。
遠くには避難民の灯火。
不安げな街のざわめき。
世界は確実に崩壊へ向かっていた。
ケイは資料を閉じる。
「勝てるかは分かりません」
珍しく弱気な言葉だった。
ヴィクトリアは驚く。
だが。
ケイは続けた。
「しかし」
「準備不足で負けることはありません」
暖炉の火が揺れる。
その言葉には不思議な重みがあった。
戦争は始まる。
魔王軍は強大だ。
四天王がいる。
魔王がいる。
数万の軍勢がいる。
だが。
鋼鉄の牙にも武器があった。
剣ではない。
魔法でもない。
勇気でも根性でもない。
それは。
事前準備。
情報共有。
進捗管理。
そして。
絶対に諦めない計画書だった。
窓の外では雪が降り続く。
原作では絶望しかなかった最終章が始まる。
だが今度は違う。
その中心には。
一人の事務員がいた。
机の上には山のような資料。
インクの匂い。
冷めかけた紅茶。
そして。
誰よりも分厚い『プロジェクト計画書 魔王討伐』。
それこそが。
魔王軍に対抗するための最強の武器だった。




