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第九十九記録【夏休みの終わりと、悪魔のウィンドウショッピング】


 


 九月十六日、日曜日。

 お盆休み最終日。


 遮光カーテンで太陽光を完全シャットアウトした私の聖域は、三枚のモニターが放つ青白い光に完全に支配されていた。


 手元から漂う飲みかけのコーラの甘い匂い。

 足元に散らばったコンソメ味のスナック菓子の残骸。


 現実世界で繰り広げられた地獄の五股サバイバルからの、完全なる現実逃避。

 私は今、モンスターハンティングMMORPG『九条ネギ』のギルドマスターとしてのアイデンティティを、脳内メモリの限界までフル稼働させていた。


「やれる……やれるぞぉ! 我が軍九条ネギ達よ! 今こそ本気を見せるときぃぃぃ!」


 マウスに食らいつくように握りしめ、血走った目をひん剥いて画面を睨みつける。

 モニターの中では極彩色のエフェクトが乱舞していた。


 数十分の死闘の末、ついに巨大なレイドボスが大きな悲鳴を上げて崩れ落ちる。


『お疲れ様でした!! ギルマス!』


『やっぱギルマスがいないと話にならんです!』


 流れてくるチャット欄の文字に、私は高笑いした。


「アッハッハ! そうだろそうだろ!」


 勝利の美酒であるぬるいコーラを一気に喉へ流し込む。

 しかし、それに続く一文に、私はビクゥッ、と肩を跳ねさせた。


『ところでギルマスは、いつこちらに帰ってくるおつもりですか?』


 痛いところを突かれた。

 どうしよう。最近、リアルのフラグ管理……もとい、五人の男たちの相手でキャパオーバーを起こし、ネトゲのログイン率が激減している。


 この子達に真実を伝えて、これからもっと帰ってこれなくなるかも知れんと伝えるべきか……。

 マウスのホイールを無意味にカリカリと回し、視線を泳がせる。


 ふと、左隣から甘ったるい存在感を感じた。

 紫のネグリジェ姿の明菜が、私の肩越しにモニターを覗き込んでいる。


『ダグラス・マッカーサーは言ったわ。「私は必ず戻ってくる」ってね。遠い旅路になるが必ず戻ってくると……。どうせネットの世界なんてすぐ帰ってこれるんだから、嘘でもいいからカッコつけて言っときなさいな』


 明菜の言葉に、いつもなら適当に相槌を打って流すところだ。


「それな」


 と。

 けれど、今の私は違う。


 マウスから手を放し、明菜の肩にそっと手を置く。

 そして、なだめるように穏やかな眼差しを向けた。


「すぐに帰ってこれるかもしれないけど……この子たちは私にとって大事な仲間なの……だから、そんな言い方やめて」


 私の静かな抗議に、明菜はキョトンと目を丸くした。


 ネットの繋がりを単なるデータのやり取りではなく、血の通った人間関係として受け止めている私の姿。

 そこから、何かを感じ取ったらしい。


 だがそのあとすぐに目を細め、悪魔特有の悪戯っぽい笑みを浮かべてきた。


『フフフ、ほんとに成長したわね……よーし、今日はアタシとデートよ!』


「はぁ? デート? 意味わからんのだが」


『たまには二人で水入らず、ウィンドウショッピングでもしましょう♪』


「いや、二人っていうか、基本一人なんだけど」


 私の真っ当なツッコミなど意に介さず。

 明菜は問答無用で虚空から自分の身長ほどもあるごっつい大剣を召喚し、私に向けてきた。


「わかったわかった! ちょっと待って!」


 冷や汗を流しながら慌ててキーボードを叩く。


『すまないが急用ができた……皆のもの元気にな! サラバ!』


 それだけチャットに打ち込み、無情にも電源を落とした。



 車という名のゆりかごに揺らされること20分。

 直之の運転する黒塗りのマイカーは、隣町に先々月オープンしたばかりの超大型ショッピングモールへと滑り込んだ。


 車のドアが開いた瞬間、ジリジリと肌を焼く残暑の太陽。

 私は日差しを手で遮りながら、目の前の巨大な建造物を見上げた。


「先々月オープンしたばっかりのショッピングモールってこれかー」


 高さはそこまでにしても、奥行き、つまり横に広いのね。

 確か……その広さ、東京ドーム三個分だっけ。

 

 たしかこのショッピングモールも、大樹率いる建設部が建てたとか言ってたな。

 汗まみれでヘルメットを被った大樹の、あの真っ直ぐで大きな背中が脳裏をよぎる。


『九条グローバルってほんと大きな会社よね』


 確かに。やることなすこと壮大でついてけないっての。


『あら? 結婚したらアンタが社長になるんじゃないの?』


 やめてよ……私は一生遊んで暮らすために結婚するんだから、社長とか無理無理。


『そんなこと言って〜。ほんとは最近、仕事が楽しいとか思っちゃったりして』


 ギクッ。


 いや……そりゃあ、まぁ……。

 仕事は楽しいし恋愛も楽しいし、社会って案外悪くないかなーとか思っちゃったりするけどさ……って!

 そんなことないない!

 

 こんな日差しに照らされた場所で一人突っ立っていると不審者だと思われる。

 そう思い、私は赤くなった顔を隠すようにモールの自動ドアへと足を踏み入れた。

 


 中へ入った瞬間、涼しく快適な空調の風が気持ち良い。


 吹き抜けになったガラス張りの天井からは眩しいほどの自然光が降り注ぐ。

 行き交う家族連れやカップルの弾むようなざわめきが、広大な空間を満たしている。


 新しい建材特有のクリーンな匂い。

 一階のカフェから漂う、焼きたてのワッフルと深煎りコーヒーの甘く香ばしい香り。


 引きこもりゲーマーの私でさえ、この巨大な消費の要塞が放つワクワクするようなエネルギーに当てられ、自然と足取りが軽くなっていた。


 ゆっくりだらりと見ていると、明菜に指さされ入ったのは一際高級感のあるハイブランドのブティックだった。

 洗練された店内には、見るからに高そうな洋服がずらりと並んでいる。


 新しい服はここでいっか。

 とりあえず私は店員さんを呼んだ。


「すみません、あそこからあっちまで全部ください」


「えっと……全部、ですか?」


「はい。試着するのも面倒なので、サイズはSとM、両方用意してください」


 店員のお姉さんの顔が引き攣るのを見つつ、私はスマホを取り出し直之にメッセージを送る。


『服買ったからあとはよろしく。〇〇っていうお店ね』


「あのお客様、お支払いは?」


「執事が来るのでその人にお願いします。スキンヘッドでヤクザみたいな人だからすぐに分かると思います」


「わ、わかりました」


「では、後ほど伺いますから」


「あ、ありがとうございました……」


 店員に優雅に告げ、私はさっさと店を出た。



 再び廊下を歩いていると、明菜が深いため息をつきながらフワフワと浮かんでくる。


『お金の使い方、考えたほうがいいわよ?』


 失礼な! 経済を回してるって言ってもらいたいね。


『はぁ、まぁいいわ』


 明菜がパチン、と指を鳴らす。

 次の瞬間、私の目の前の虚空に、三枚のタロットカードが展開された。


 一枚目、【THE FOOL(愚者)】。

 二枚目、【THE HIGH PRIESTESS(女教皇)】。

 三枚目、【QUEEN of WANDS(ワンドの女王)】。


『明日から、戦場が変わるわよ』


 愚者は私だとして……後のカードは誰だろ? まさか不謹慎なこと?


『さぁね……それはなんとも言えないわ』


 ゾワッ、と背筋に冷たいものが走る。


 女のカードが二枚。

 なにが起きるかわからないけど、とりあえずそんなカードが出たってことは……。


 せっかく広報ブランディング部っていう名の大奥をクリアして、これでしばらく平穏な日々が送れると思ったのに。

 また新たなミッションとかー!!


 私はその場にガクリと膝をつき、首を垂れた。


「……とりあえず、気持ちを和らげるために、パパが好きなドーナツ全部買って帰ろ……」


 ご機嫌取りのワイロ作戦。これしかない。

 


 帰宅後、夕食を終えた。


 父と二人でリビングに移動し、高級な革張りのソファに座って談笑していた。

 目の前の大理石のテーブルには、私がモールで爆買いしてきた色とりどりのドーナツの山。


「まりちゃ〜ん♡ パパの好きなドーナツ買ってきてくれてありがとうね〜♡」


 パパは指についた砂糖をチュパチュパ舐めながら、だらしない顔でご満悦の様子だ。


「いいのいいの」


 にこやかに微笑むが、本音は違う。

 これで明日の配属先は安泰だぜ。


 カチャリと、音を立てないようにティーカップをソーサーに置き、甘ったるい猫撫で声を出した。


「ねぇ、パパ。明日から、また特別監査室でいいんだよね?」


 当然。


「うん! そうだよぉ!」


 そう即答が返ってくるものだと、信じて疑わなかった。


「あー……まりちゃんの特別監査は、もうぶっ壊したんだ」


 …………は?


「はぁ!?」


 思わず絶叫が喉から飛び出した。


「だって〜、もうまりちゃんも一人前だし。広報部でもフェスでも大活躍だったから、もう少しキャリアアップを目指して……」


「キャリアアップなんかいらん!!」


 私の口から、とんでもないクズ発言が飛び出す。


「私は特別監査室でヌクヌクと日中すごして、夜に五人の誰かとイチャイチャしてその後に『将来はどの人にしよっかなー♪』ってするのが仕事なんですよ!!」


 パパは目をパチクリさせている。


「で、でも……もう壊しちゃったから」


「じゃあ明日から私は、どこで社内ニートするんだよぉぉぉ!」


 頭を抱えて叫ぶ私をよそに、パパはニカッと、まさにタヌキそのものの笑顔を作る。

 そして、パチリと不気味なウインクを放ってきた。


「まりちゃんには『新しい部署』を作ったから、そこで頑張ってもらいたいんだ♪」


「意味わからんやろがーーい!! このタヌキーー!」


 私の悲痛な絶叫が、夜の九条邸に虚しく響き渡った。


 勘弁してよ……ガチで。



 【明菜先生の研究メモ】


 被験者データ No.002

 ・氏名:九条茉莉子

 ・状態:社内ニート強制終了によるパニック状態


 現在のステータス

 ・魅力:A(爆買い令嬢の圧倒的オーラ。ただし本人は無自覚)

 ・メンタル:E(愛しの特別監査室をパパにぶっ壊され、絶望のどん底へ急降下)

 

 新規獲得アイテム

 ・【タロットの暗示】:愚者・女教皇・ワンドの女王の三連コンボ。新たな戦場と強キャラ登場の予感。

 ・【謎の新部署配属辞令】:パパの親心(という名の鬼畜ミッション)。拒否権なし。

 

 【明菜の分析ログ】


 ネットの繋がりを「大事な仲間」と言い切るあたり、人間としての情は確実に育っているようね。

 大樹の建てたモールで少し誇らしげな顔をしたのも、悪くない傾向だわ。


 でも、相変わらず「一生遊んで暮らす」なんて甘いことを抜かしてるから、壮一郎パパの強権発動で専用サボり部屋が消滅したのは傑作だったわね。


 さて、新しい戦場でこのお姫様がどう泣き喚くか、お手並み拝見といきましょうか♡

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