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第七十二記録【暴かれた令嬢】




 八月一日、月曜日。

 午後十三時三十分。

 五十階。茉莉子専用特別監視室。


 重厚な防音扉に隔てられた、静寂の空間。

 私はふかふかのベッドの上で、芋虫のようにゴロゴロと転がっていた。

 エアコンの効いた部屋は天国だ。

 地上では、サマーフェス実行委員長という名の激務が待っているが、今はただのサボり魔である。


 読みかけの漫画をパラパラとめくり、大きなあくびをした。


 あぁーここマジで天国なり。


 『サボり満喫中ね』


 不意に、ベッドの横に明菜がふわりと現れた。


 『さあ、見事五人の男たちをコンプリートした記念に、格付けランキングを発表しましょうか♡』


 悪魔はニヤリと笑い、私の顔を覗き込んでくる。


 「はぁ!? なにそれ、ひどくない!?」


 漫画を放り投げ、ベッドの上で跳ね起きる。

 コンプリートって、ポ〇モンじゃないんだから。


 『いいから、いいから。誰のテクニックが一番よかった? 誰のモノが一番大きかった? それとも、誰の愛撫が一番……』


 「ストップ! ストップ! ここまできたら全員一位だよ! みんな違ってみんないいんだから!」


 真っ赤になって反論する。

 そんな乙女の恥じらいを無視し、明菜は『つまんないの』と口を尖らせた。


 『あっ、やっぱりアンタの本音が知りたいからカードに選ばせましょう♡』


 彼女が指を鳴らすと、虚空から五枚のタロットカードが現れた。

 裏返しのまま、私の目の前に円状に浮かび上がる。

 それぞれが、あの五人の男たちを象徴しているのだろう。


 「そんなの、選べないよ……」


 凪、レオ、ユンジン、大樹、恭弥。

 それぞれの顔と、熱い夜の記憶が脳裏をよぎる。

 私はためらいながらも、吸い寄せられるようにカードへと手を伸ばした。


 その時だった。


 ガチャッ!


 重厚な電子ロックが解除される音が響き、鋼鉄の扉がゆっくりと開いた。


 「ぎゃあっ!?」


 悲鳴を上げ、私はベッドから飛び降りた。

 心臓が喉から飛び出しそうだ。


 この部屋は、パパと直之、そして私しか専用キーカードを持っていないはずなのに。


 開いた扉の向こうに立っていたのは、腕を組んだ青崎チーフと、その後ろでニコニコと笑うアカネちゃんだった。


 「……こんなところでおサボりとは、随分といいご身分ね、実行委員長」


 セイラさんの氷点下の視線が、私のジャージを貫く。


 「茉莉子ちゃーん、みーっけ♪」


 アカネちゃんが、手を振ってくる。


 なんで!? なんでここに!?


 パニックになる私の視界の端。

 二人の背後から、巨漢のスキンヘッドが、まるで借りてきた猫のように小さくなってひょっこりと顔を出した。


 「も、申し訳ありません、お嬢様……」


 直之が、巨体を縮こまらせて涙目で謝罪する。


 「青崎チーフの氷のような冷たい尋問と、緋色様の『泣き落とし』のコンボに耐えきれず……案内してしまいました……」


 おぃぃぃぃ! 直之お前ぇぇ! 落とされてんじゃないわよぉぉ!


 プロのSPを陥落させる、広報部女子の恐るべき尋問スキル。

 私はガックリと膝をついた。


 観念した私は、着替える間もなくソファに座り、二人にも座るように促した。

 直之が、いたたまれなさそうにお茶を淹れ、部屋の隅で直立不動で待機している。


 沈黙が痛い。


 「あの……」


 恐る恐る挙手をする。


 「隠しててごめんなさい。私、九条壮一郎の娘なんです」


 覚悟を決めて、真実を告げる。

 セイラさんは優雅な動作でティーカップを持ち上げ、一口飲んだ。


 「ええ。知っていたわよ」


 「えっ!?」


 「新人のくせに社長に対してタメ口で噛み付く態度、身につけている小物のハイブランド、そして何より……」


 彼女の視線が、部屋の隅で縮こまっている直之に向けられる。


 「この屈強なSP(直之)が常に視界の端をウロチョロしている。……隠せていると思っていたのは、貴女だけね」


 ズバッと言い放たれ、私は言葉を失う。


 「私も、薄々そうじゃないかなーって思ってたよ。でも、茉莉子ちゃんは茉莉子ちゃんだから!」


 アカネちゃんが、屈託のない笑顔で言ってくれる。


 「二人ともぉぉぉ……」


 私は感極まって、二人を包み込むようにハグした。

 怒られると思っていたのに、まさかこんな温かい反応が返ってくるなんて。


 セイラさんはため息をつきながらも、私のハグを受け入れた。

 そして、ふっと肩の力を抜き、微かに口角を上げた。


 「むしろ、正体がわかってすっきりしたわ。これで、変に気を使わずに貴女をこき使えるから」


 「え、こき使うんですか!?」


 「当然です。実行委員長なんですから。……さあ、フェス本番まであと数週間しかないのよ。サボっている暇はありません、九条のお嬢様」


 彼女の声には、上司としての厳しさと、どこか吹っ切れたような清々しさがあった。

 身分が完全にバレたことで、逆にセイラさんとの間にあった見えない壁が崩れ去った気がした。


 上司と部下ではなく、フラットに意見を言い合える戦友のような関係。


 私たちはその場でサマーフェスの図面や進行表を広げ、真剣なディスカッションを始めた。


 「ここの導線、狭すぎない? 観客が詰まっちゃうよね? セイラさんとアカネちゃんはどう思う?」


 「そうですね。少しステージ配置をずらしましょうか」


 「それなら、機材搬入のルートも再検討しないと……」


 白熱した議論を交わしながら、私たちは特別監視室を出て、広報部のフロアへと戻っていった。



 広報部フロア。


 「だから、ここはこうするべきだって!」


 「いや、それだと予算が……」


 デスクに戻った後も、私はセイラさんとアカネちゃんと並び、熱く議論を交わしていた。


 その様子を、少し離れたデスクから、きあらと取り巻きの琴音、由依が面白くなさそうに睨みつけているのが視界に入る。


 きあらが爪を噛みながら、何かを呟いている。

 ボソボソと口の動きだけが見える。


 「調子に乗って。本番で泣かせてやるんだから」


 何を言っているかはわからないが、ろくなことではないだろう。

 だが、今の私にはそんな負け惜しみは痛くも痒くもない。


 私には、最強の仲間たちがいるのだから。

 女の友情ってさいくぅ〜♡



 【明菜先生の研究メモ】


 被験者データ No.002

 ・氏名:九条茉莉子

 ・状態:身バレによる強制労働再開(やる気MAX)


 新規獲得アイテム

 ・【女たちの結束】:正体を知っても変わらない(むしろ扱いが雑になった)頼もしすぎる戦友たち。

 ・【直之の敗北宣言】:屈強なSPも、女の尋問術には勝てないという悲しい事実。


 【明菜の分析ログ】


 「隠し事は、バレた時が本当の始まり」って言うけど。

 あの氷の女帝と、可愛い同期。

 あんたの正体を知っても態度を変えないなんて、なかなか骨のある女たちじゃない。


 これで男たちだけじゃなく、女の味方も手に入れたってわけね。

 ……ま、遠くからハンカチ噛んで悔しがってる『ぶりっ子お化け』の怨念には、くれぐれも気をつけることね♡

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