表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/151

第五十八記録【肉食獣のプロポーズ】


 

 窓の外では、叩きつけるような豪雨が続いていた。


 ザァァァァッ……。


 激しい雨音だけが響く薄暗い寝室で、私はベッドに押し倒されていた。

 覆いかぶさる大樹の影が、視界を完全に遮っている。

 彼の熱い吐息と、少し汗ばんだ匂いが、湿度とともに絡みついてくる。


「……」


 大樹の大きな手が伸びてきて、私の唇を親指の腹でゆっくりとなぞった。

 ザラリとした指の感触。

 その指先は、私の唇の形を確かめるように、執拗に動く。


 私はたまらず視線を逸らし、ギュッと目を閉じた。

 心臓の音がうるさくて、耳の奥でドクドクと鳴り響いている。

 恥ずかしい。こんな至近距離で、まじまじと見られるなんて。


 「……目、閉じてるなんてヤル気満々じゃん」


 頭上から、含み笑いが降ってきた。

 目を開けると、大樹が二重幅の広い目を細め、イタズラっぽく笑っていた。

 完全に、獲物を前にした肉食獣の目。


 「そ、そんなことないし……」


 震える声で反論するが、説得力なんて皆無だ。


 彼の手が、私のベージュのロングスカートの裾から入り込んだ。

 太ももの内側を、ゴツゴツした指が這い上がってくる。


 「んっ……!」


 背中がビクリと跳ねた。

 熱い。

 彼の手のひらが触れた場所から、じわりと熱くなる。


 「シャワー浴びてないけど、いい? 今すぐ欲しいんだけど」


 彼は私の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。

 首筋に熱い息がかかり、ぞくりと鳥肌が立つ。


 「……いいよ。別に、私だって風呂キャンくらいするし」


 どうにでもなれ、と開き直って答える。

 すると、大樹はニカッと白い歯を見せて笑った。


 「そっか」


 彼は満足そうに頷き、私の顔を両手で包み込んだ。

 

 「あいつの方が上手いかもしんねぇけどさ」


 唐突に、彼が言った。

 あいつ。ユンジンのことだ。

 でも、その声に嫉妬や卑屈な響きはない。

 あるのは、根拠のない自信と、純粋な対抗心だけだ。


 「俺の方が、茉莉子ちゃんを気持ちよくできる自信あるぜ? 体力だけは負けねぇからな」


 「……バカ」


 なんてポジティブな競争心。


 彼の手が、さらに奥へと進んでいく。

 拒絶なんてできない。

 私は逃げ場を失い、ただ彼の熱に飲み込まれるのを待っていた。


 「……なんか茉莉子ちゃん、濡れんの早くね?」


 大樹がニヤリと笑い、意地悪く指摘する。

 まるで「お前は淫乱だ」と言わんばかりの言い方。

 

 顔から火が出るかと思った。


 「わかったから……早くして」


 私は彼の首に腕を回し、しがみついた。

 それを合図に、大樹の腕に力がこもる。

 重機のようなパワーで、けれど壊れ物を扱うような慎重さで、私を抱きすくめる。


 「壊さねぇようにするけど、加減できなかったらごめんな」


 その言葉と共に、理性という堤防が決壊した。

 濁流だ。


 彼の愛撫は、計算なんてない、本能そのものだった。

 熱帯のジャングルでスコールに打たれるような、抵抗不可能な自然現象。

 思考が溶け、ただ大樹という「光」に灼かれる感覚。

 

 何度も波が押し寄せ、意識が飛びそうになる。

 激しい雨音さえも、二人の熱情の前では遠いBGMに過ぎなかった。

 


 

 雨はまだ降り続いているが、少し穏やかになっていた。

 バスルームから、お湯が湯船に溜まる音が聞こえる。


 「はぁ……はぁ……」


 私はベッドの上で、抜け殻のように横たわっていた。

 指一本動かせない。

 全身の力が抜けきって、筋肉がピクピクと痙攣している。


 「……大丈夫か?」


 大樹が汗ばんだ顔で覗き込んでくる。

 彼はまだ元気そうだ。体力お化けめ。


 「立てない……」


 「だよな。風呂に運ぶわ」


 彼は私の体を軽々と持ち上げた。

 お姫様抱っこ。

 

 「ん……♡」


 持ち上げられた振動で、思わず艶っぽい声が漏れてしまう。

 大樹の喉仏がゴクリと動いた。


 そのままバスルームへ運ばれ、二人で温かいお湯に浸かった。

 湯気と石鹸の香りに包まれ、ようやく呼吸が整う。


 大樹は私の背中にお湯をかけながら、濡れた髪を優しく撫でた。

 その表情は、満足げで、慈愛に満ちていた。


 「やっぱ茉莉子ちゃん、最高だわ」


 彼は私の肩に顎を乗せ、耳元で呟いた。


 「……一生離さねぇ」


 二回目のプロポーズみたいな独り言。

 私は彼の広い胸板に頭を預けながら、ぼんやりと思った。


 ……なんだかんだ、ROUND 2までしちゃった……。私の貞操観念、どうなってんの……。


 でも、後悔はなかった。

 この温かさと安心感だけは、本物だと思ったから。

 

 午後九時。


 お風呂から上がり、身支度を整えて玄関へ向かう。

 髪はまだ少し湿っていて、アッシュベージュの色が濃くなっている。

 足取りは重いが、心地よい疲労感が体中に残っていた。


 「また、遊びにこいよ! いつでもいいから!」


 大樹が玄関ドアを開け、名残惜しそうに手を振った。

 大型犬が尻尾を振っているのが見えるようだ。


 私は靴を履き直し、振り返った。

 そして、人差し指でビシッと彼を指差した。


 「そうする。……あっ! でも、こういうことする為に来るんじゃないからね! 格ゲーしに来るんだから! 勘違いしないでよね!」


 「はいはい、わかってますよーだ」


 彼はニシシと笑い、また手を振った。


  

 マンションの廊下は静まり返っていた。

 外の冷たい空気が、火照った体に触れて気持ちいい。


 エレベーターホールへ向かい、ボタンを押す。

 到着音が鳴り、扉が開く。


 誰もいない箱の中に乗り込み、扉が閉まると同時にスマホを取り出した。

 通話ボタンを押す。


 『はい、お嬢様』


 数コールも待たずに、直之の重低音が響いた。


 「あっ、直之〜? 座標送るから迎えに来て」


 私は鏡に映る自分の姿を見た。

 髪は乱れ、唇は少し腫れている。

 誰が見ても「事後」の女だ。


 『承知いたしました。』


 「すぐ来てね」


 『御意』


 通話を切り、大きく息を吐いた。

 

 『あらあら、逞しいこと』


 ふわりと、鏡の中に明菜が現れた。

 彼女は壁にもたれかかり、呆れたように私を見ている。


 『男と散々淫らなことしといて、執事に平気で迎えに来させるなんて……。アンタ、稀代の悪女「メッサリーナ」もびっくりしてひれ伏すんじゃない?』 


 私は鏡の中の自分に、ふてぶてしく笑いかけた。


 「もうここまできたら逃げられないもん。仕方ない、仕方ない……」


 開き直るしかない。

 だって、もう始まってしまったのだから。

 五人の男たちとの、出口のないゲームが。

 

【明菜先生の研究メモ】


被験者データ No.002

・氏名:九条茉莉子

・状態:肉食獣の捕食対象(完食)


新規獲得アイテム

・【大樹の合鍵(概念)】:いつでも来ていいという許可証。

・【事後の気怠さ】:最高のデバフであり、勲章。


【明菜の分析ログ】


 今のアンタ、まるで猛獣に愛された小動物ね。

 ……悪くないわよ。

 

 食われる覚悟が決まった獲物は、時に捕食者よりも強く、美しいものだから。


 でもこの子って後先考えないから無意識に男をジワリジワリと傷つけるのよね〜。

 とってもいい女よね♡

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ