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第百四記録【暴かれた裏垢と、本当のメロディ】




 九月二十四日、月曜日。朝。

 九条家専用の、無駄に長ーい黒塗りのリムジン車内。


「VIPなんちゃらってガチでなんなの!? 週末も土曜日まで仕事とか、もう疲れたんだけど!?」


 私はふかふかの後部座席にふんぞり返り、盛大に不満をぶちまけていた。

 向かいの席に座るパパが、デレデレに相好を崩しながら身を乗り出してくる。


「土曜日までお仕事こなすなんて、ホントに偉くなったねまりちゃーん♡」


 うりうりとひっつこうとしてくるパパの頬を、私は両手でムギュッと掴む。

 容赦なく左右に引っ張って、物理的に制止した。


「ふごごご……!」


「気持ち悪いから近づくなタヌキ!」


 コトリ。


 パパの顔面を変形させていると、私の目の前のテーブルに、白木の下駄――つまり、寿司桶が置かれた。


 見ると、いつもは漆黒のスーツをビシッと着こなしている直之が、なぜか「本格的な寿司職人の白衣とねじり鉢巻」という完璧なコスプレ姿で。

 色とりどりの極上寿司を握って提供していたのだ。


「本日の朝食は、今朝港から直輸入した新鮮MAXのお寿司でございます」


 新鮮MAXって。お前はどこの江戸っ子ヤクザだよ。


 私はもうツッコミを入れる気力も湧かず、パパの頬から手を離して用意された割り箸を手に取った。

 リムジンの車内で握りたての寿司を食う。これぞ九条家の狂った日常だ。


「ホントに大変なんだからね」


 愚痴りながら、ルビーのように光り輝くイクラの軍艦を口に放り込む。


 美味い。海苔のパリパリ感とイクラの濃厚な旨味が、荒んだ心に染み渡る。

 さらに雲丹の握りを連続で放り込み、温かいお茶をズズッとすすりながら、私は大きく息を吐き出した。


「絶対、結婚したらやめてやる」


 一生遊んで暮らす。それが私の究極の目標だ。


『絶対結婚ってもう本命決まってるのかしら?』


 不意に、隣の空いた座席の空間に明菜がフワリと出現した。


 ビクリ。


 核心を突く言葉に、私の肩が大きく揺れる。



 パパにはもちろん明菜の姿も見えなければ声も聞こえない。

 しかし、私の言葉のニュアンスと微かな動揺を親の勘で察知したらしく、パァッと満面の笑みになった。


「おぉ! まりちゃんがついに結婚相手を決めた……誰にしたのかな?」


 目を輝かせて身を乗り出してくるパパ。


「いや……まだ本命は決まってないから!」


 私は焦って首をブンブンと横に振って否定した。


 その絶妙なタイミングで、リムジンが減速し、本社ビルの車寄せに滑り込む。


「ナイスタイミング! じゃ! いってきまーす」


 私は逃げるようにドアを開け、リムジンから飛び降りた。


『待って茉莉子』


 明菜が私を追いかけようと車外へ出ようとしたが、車内の異様な空気に気づいてフッと動きを止める。


 少し引っかかったが立ち止まるとタヌキとヤクザにうざ絡みされると思いそのまま歩く。


「まりちゃん、あんなに立派になって……」


「いつか直之がいらなくなると思うと……うわぁぁぁぁん」


『あらあら、自立できてないのはどちらのほうかしら?』


 

 本社一階、エントランスロビー。


 私はヒールを鳴らして大理石の床を歩きながら、内心で今日のクエストの段取りを確認していた。


 今日は凪からいろいろ情報を聞きだして、あのワガママ歌姫の心をこじ開ける作戦でいきますか


 エレベーターホールに到着し、上りボタンを押す。

 チン、と音がして誰も乗っていない箱に乗り込んだ。


 扉が閉まりかけた、その瞬間。


「すみません! 乗ります!」


 スパーン! と、閉まりかけの扉の間に手が差し込まれ、滑り込むように人影が飛び込んできた。

 荒く息を立てているのは、完璧な黒のスーツに身を包んだ凪だった。


「お、おはよう。めっちゃ走ってきたね」


「茉莉子さんでしたか……おはようございます」


 エレベーターの扉が閉まり、五十階へ向けて静かに上昇を開始する。

 密室になった空間。

 凪の額から、キラリと汗が伝い落ちるのが見えた。


 私はバッグから自分のハンカチを取り出し、そっと彼の頬の汗を拭ってあげる。

 


「別に遅刻じゃないから、走る必要ないのに」


「アハハ、確かに……でも、茉莉子さんが出勤してくる前に、部屋に入って待ってたかったから」


 凪が、犬歯をチラリと覗かせて無邪気な笑顔を向けてくる。


 ズキュン。


 朝からその破壊力はズルい。

 私の心臓がドキリと大きく鳴り、不覚にも萌えキュンゲージが上昇してしまう。


 そこに、スッと冷たい空気が割り込んできた。

 私の両肩に、背後から冷やりとした手が置かれる。明菜だ。


『オスカー・ワイルドは言ったわ。「男は愛する女の最初の男になりたがり、女は愛する男の最後の女になりたがる」……でもこのワンコの場合、「朝一番にアンタを待ち構える忠犬」をわざわざ演じることで、健気さをアピールしてアンタの母性をくすぐろうとする、実に厚かましい計算高さが見え隠れするわね』


 私の耳元で、明菜がねっとりと毒を吐く。


 凪はこういうところがあるのが可愛いの! お前なんか大天使ミカエルによって消し去られろ!


 私は脳内で全力の攻撃を仕掛けた。


『ミカエルって大天使なんて言えるほど偉い存在じゃないのよ? アイツなんてただの傲慢野郎なんだから! 知らんけど♡』


 そんなのどうでもいいからどっか行ってよ!


 私が脳内の悪魔に気を取られていた、その時だった。


 ドンッ。


「な、なにするんさ」


 不意に、凪が私の両手首を自分の左手だけでガシッと掴む。

 そのままエレベーターの壁、私の頭上へと強引に持ち上げて拘束したのだ。


 男の絶対的な腕力。

 逃げ場を塞がれ、至近距離に凪の顔が迫る。


「なんか、朝から可愛いなって思って」


 さっきまでの無邪気な忠犬の顔はどこにもない。

 そこにあるのは、獲物を捕らえた肉食獣の、危険な人狼の顔だった。


 有無を言わさず、彼の唇が深く重なる。


「んっ……」


 彼の舌が私の口内に絡みついてきたのと同時に。

 彼の口の中から「コロン」と、硬い何かが、私の口の中へと押し込まれた。


 ミントのキャンディだ。

 ひんやりとした清涼感と、彼の甘い唾液が混ざり合い、脳がジンジンと痺れる。


 チュプ……。


 唇が離れると、私たちの間に銀色の糸が淫らに引いた。


「……飴、食べてたの?」


 上擦った声で尋ねる。


「うん。でももう飽きちゃったから、あげる」


 凪が、サディスティックで甘い言葉を囁き、再び私の唇を塞いだ。

 キャンディを口の中で転がしながら、私たちは五十階に着くまでの長い時間、密室のエレベーター内でずっと濃厚なキスを交わし続けた。


 

 五十階、『VIPリレーションズ』。


 乱れた呼吸とリップを必死に整え、私はオフィスの扉を開けた。


「おっはようー! 茉莉子ちゃーん!」


「むぐふっ!」


 オフィスに入った瞬間、視界を完全に覆い尽くす暴力的なまでの巨大な双丘――デカメロンが迫り、私はアンナさんの強烈なハグの餌食となった。


「アンナさん、おはようございます」


 い、息が……


「聞いたわよ〜。土曜日のスタジオ、凄い活躍だったんだって?」


 アンナさんが私を抱きしめたまま、満面の笑みで尋ねてくる。


「あれは、ほとんど恭弥が……」


「二人の愛の絆じゃなーい、そんな謙虚にならないで♡」


「アハハハ……ありがとうございます」


 窒息しそうになりながらも、私は引きつった愛想笑いを浮かべた。


 ふと、デカメロンの豊かな谷間の隙間から視線をずらし、凪の方を見る。


 彼は「愛の絆」というワードに敏感に反応したらしく。

 あからさまにムスッとした不機嫌な顔でこちらを睨みつけていた。


 あちゃ〜。愛の絆とか言われたのにヤキモチ妬いちゃってるよ、この人狼


 朝から独占欲を爆発させていた彼にとって、他の男との「絆」なんて言葉は最高の地雷なのだ。


 ようやくアンナさんの抱擁から解放され、私は自分のガラス張りのデスクについた。


「で、今日はどんな事をするの!?」


 アンナさんが目を輝かせて身を乗り出してくる。

 緑子さんもマグカップを優雅に持ちながら、私の指示を待っている。


 凪がスッと仕事モードの顔に戻り、自分のカバンから「三台のスマートフォン」を取り出して、デスクの上に並べた。


「ロックの歌姫は……実は『造られた存在』なんて、面白すぎません?」


 凪の口角が、ニヤリと吊り上がる。

 それは、情報という名の武器を手にした、有能なシーフの顔だった。


 そこから約三十分。

 凪の恐るべきハッキングと情報収集能力により、ステラが裏で運用していたSNSの鍵アカウントや、削除されたはずの過去のキャッシュデータが、完全に復元・特定されて開示された。


 それらの情報が示す彼女の真の姿は、私たちの想像を遥かに超えるものだった。


「なるほどね。彼女の本音としては、ゴリゴリのロックじゃなくて、カントリーミュージシャンになりたかったと」


 アンナさんが腕を組み、深く頷く。


「よくある話ね。会社の方針と、彼女のやりたいことが違うなんて」


 緑子さんがコーヒーを一口飲み、業界の闇を冷静に分析する。


 過激なパンクロッカー「ステラ・ヴェイン」は、マネジメントによって作られた虚像。

 本当の彼女は、カントリーミュージックを愛し、静かで穏やかな世界を望む、繊細な女の子だったのだ。


 あの音に対する過剰な反応も、作り上げられた自分と本来の自分とのギャップが生んだ、心の悲鳴だったに違いない。


「じゃあ今日のクエストは、『ステラちゃんの深層部分に触れて懐かせよう!』作戦だね」


 私はギルマスとしての明確な方針を決定し、バンッとデスクを叩いた。


「ですね。そうと決まれば、このあとステラさんは雑誌のインタビューがあるそうなので、そちらに向かいましょうか」


 凪が完璧なエスコートの姿勢を見せ、立ち上がる。


 よし、ステラの本音をこじ開けに行くぞ!


 私は気合を入れ直し、凪と共にオフィスの扉へと向かった。



 【明菜先生の研究メモ】


 被験者データ No.002

 ・氏名:九条茉莉子

 ・状態:口移しキャンディでMP回復後、ギルマスとしての指揮官モードへ移行。


 新規獲得アイテム

 ・【ミントキャンディ】:密室のエレベーターで口移しされた、サディスティックで甘い消耗品。

 ・【ステラの裏垢情報】:有能なシーフ(凪)が盗み出した、クエスト攻略の必須キーアイテム。


 【明菜の分析ログ】


 朝から忠犬のフリをしておいて、エレベーターの密室になった途端に壁ドン&口移しなんて。

 あのワンコ、本当に手練手管がエグいわね。


 でも、「愛の絆」って言葉に過剰反応してムスッとするあたり、やっぱり年下の可愛いところもあるじゃない。


 それにしても、ロックの歌姫が実はカントリー好きの繊細な女の子だったなんて。

 虚像と実像のギャップに苦しむ彼女を、同じく「偽りの令嬢(干物女)」だったアンタがどう攻略するのか。


 この作戦、見ものね♡

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