第91話「神鳥クルトアを解放する(2)」
戦場にいるすべての者たちが、動きを止めていた。
灰狼の『不死兵』におびえる、神聖国の兵士たちも。
ランドフィア王国の本陣の者たちも。
本陣に近づいていた、神聖国の別働隊も。
神鳥クルトアの背中に刺さっていた『杭』が、ぽろりと落ちる。
落下しそうになるそれを、俺が受け止める。
『杭』には大量の鎖と、アミュレットのようなものが付属している。
「……神鳥クルトアと、使役する者を繋ぐためのアイテムなの」
ティーナは言った。
顔をしかめているところを見ると、これはかなり悪辣なアイテムらしいな。
俺は魔王剣で鎖とアミュレットを両断した。
砕けたアミュレットを見て、ティーナと精霊たちが安心したような息をつく。
神鳥クルトアは、ぼんやりと宙を眺めている。
まるで、今やっと目を覚ましたような顔だ。
左右を見て、上下を見て、神聖国の軍勢を見て、それから、俺を見た。
青色の大きな目を輝かせて、嘴を開いて、それから──
『はじめてお目にかかります。神聖王さま』
──そんな言葉を、口にした。
「神聖王?」
『うん。神聖王がボクを導いてくれるって、聖女キュリアが言ってたから』
「……聖女キュリアはなんて言ってたんだ?」
『いずれ神聖王と名乗る者が現れるから、その人に従いなさいって。私に仕えたように、その人に全力で奉仕しなさいって。その後で……コワイ人が来て……ボクを……地面の底に埋めて……』
クルトアの身体が、小さく震えはじめる。
ティーナが手を伸ばして、その翼を撫でた。
「大丈夫なの。大丈夫。こわいことはもう、起こらないの」
『こわかったよ……本当に、こわかった』
「この時代に目覚めたあとのことは覚えてるか?」
『……うん。なんだか、悪い夢を見ていたみたいだけど』
神鳥クルトアが、地上にいる大神官と神聖王に視線を向けた。
『ボクの中に刺さっていた変なものから……言葉が聞こえたの。「ああしろ」「こうしろ」って。あの陣地にいる人たちの声だったと思う。「神聖王」って名乗ってたから、従わなきゃいけない……って思ってた』
「今は、どう思ってる?」
『静かなところでのんびりしたい』
「それはすごくいい言葉だな」
本当は俺も戦場になんか来たくなかったからな。
精霊や竜の親戚が戦争に使われてるって聞いたから来ただけだ。
働きたくないっていう気持ちは、すごくよくわかる。
「たぶん聖女キュリアは、神鳥クルトアを支配する方法を残していったんだろうな。それが神聖国に伝わって……奴らが200年かけて実用化したんだ」
「『神聖王に仕えなさい』って言葉も、クルトアを縛ってたんだと思うの」
ティーナはうなずいた。
「だから神聖国は『神聖王』にふさわしい人間を用意したの。クルトアに、その人こそが神聖王だと思い込ませることで操ってたの。でも、マスターが神鳥クルトアを解放したから……神鳥は、自分の意思で『神聖王』にふさわしい人を選べるようになったの」
「『王位継承権』を持ってる俺を『神聖王』として認識したってことか」
聖女キュリアは神鳥クルトアに呪いをかけた。
それが『神聖王に仕えなさい』という言葉だった。
たぶんそれは、未来の人間が神鳥クルトアを道具にするためのものだったのだろう。
その言葉を、聖女は神聖国に伝えたんだ。
だから神聖国は、ずっとクルトアを解いて利用することを考えていた。
200年が過ぎて……やっとそれに成功したから、ランドフィア王国への侵攻を始めた。
これが、今回の事件の経緯なんだろうな。
「あのさ、神鳥クルトア」
『はい』
「君がのんびり暮らせそうな場所を知ってる」
前にナーガスフィアが言ってた。
海の真ん中に、人の姿になった竜が暮らすための島があるって。
その場所を知っているのはナーガスフィアとメルティだけだそうだ。
「その場所なら、人間に干渉されずに生きて行けると思う。クルトアは長いこと苦労したんだし、しばらくそこでのんびりするのはどうかな?」
『ありがとうございます。ボクもそうしたいです。神聖王さま』
「やっぱり俺が神聖王なんだ?」
『ボクを導いてくれる人が神聖王さまですから。それに、あなたからは王の風格を感じるんです』
「まあ、そうかもしれないけどね」
そう感じるのは俺の『王位継承権』スキルのせいだろうな。
まあ、クルトアが解放されたのなら、それでいいんだけど。
「君を支配していた連中はどうする?」
『……どうでもいい』
神鳥クルトアは首を横に振った。
『聖女さまはボクを卵から育ててくれたけど……あの人たちは、ボクに命令しただけだもん。頭にはくるけど、もう、関わりたくないよ』
「そっか」
『それより、神聖王さまおすすめの場所に行きたい』
「わかった。でも、ちょっと待っててくれ」
『はーい』
俺は神鳥クルトアの身体をなでてから、地上を見た。
クルトアが生み出していた球体障壁はすべて消えた。
ランドフィア王国の『不死兵』も解放された。
ただ、魔力を使いすぎたのか、動きが鈍い。電池の切れかけたおもちゃみたいだ。
ナタリア王女をはじめとするランドフィア軍は、動こうとしない。
ただ、じっと、俺の方を見ている。
神聖国の側は……完全に逃げ腰だな。
というか、少しずつ後退してる。
大神官は腰を抜かして、それでも這いずって逃げようとしてる。
その隣にいる少女──さっきまで神聖王と名乗っていた人は、地面に座り込んでいる。
彼女は神鳥クルトアと繋がっていたからな。
急に接続が切れたせいでショックを受けたんだろう。
神鳥クルトアは解放したし、もうここでやることはない……いや、待てよ。
船の返却確認をしてもらってないな。
返した返さないのトラブルになっても困るからな。
ナタリア王女から『受け取りました』という書面をもらっておこう。
でもなぁ。ナタリア王女も忙しそうだし、邪魔するのも悪いか。
戦いの最中に押しかけたからな。
それでも受け取りをもらうためには……。
「ティーナ、精霊たち。もう一度拡声魔法を使ってくれ」
「はい。マスター」
「「「はーい」」」
俺は、ティーナたちに拡声魔法を使ってもらってから、深呼吸。
それから──
「ランドフィア王国のナタリア王女と、神聖国の代表に、魔王コーヤ・アヤガキが告げる」
俺はナタリア王女と、大神官を見据えて、魔王っぽい口調で、告げる。
「あんたたちが和睦を希望するなら、俺が仲介するけど……どうする?」
10分後。
ナタリア王女と大神官から、和睦を受け入れるという回答があったのだった。




