第92話「次期女王ナタリアと会談する」
積極的に和睦を望んだのは、神聖国の方だった。
もう本当に、なりふり構ってなかった。
大神官が地面に頭をこすりつけてたくらいだからな。
神聖国は『ホーリィ・スピリット』──神鳥クルトアの能力をあてにして侵攻してきた。
その力を失った今、戦闘を続けることはできない。
どんな代償を支払ってでも軍を退きたいところだろう。
ナタリア王女が和睦に同意したのは、たぶん、国王のことがあるからだ。
ランドフィア国王リーナスは、すでに崩御している。
その事実は伏せられているようだけれど、いつまでも隠し続けることはできない。
国王が姿を現さないままだと、国民が不安に思う。
ナタリア王女は一刻も早く王都に戻って、即位しなきゃいけない。
そのために、戦を早く終わらせたいんだろうな。
それに、頼みのマジックアイテムも、その力を失ってる。
王国側の『不死兵』は魔力切れ寸前。
遠隔で敵を貫くはずの『槍』は、地面に突き刺さったまま動かない。
その他のマジックアイテムも球体障壁で無力化されている。
ランドフィア王国側も、このまま戦い続けることはできない。
と、いうわけで、両国ともに和睦に同意。
俺を仲介役として、停戦と和平の調印が行われることになったのだった。
「神聖国は奪った町を返還し……ランドフィアの兵士と民への補償を行う」
神聖国の大神官が、調印文書を読みあげた。
「補償の具体的な内容は……この書面に書いてある通りとする。また、今後20年はランドフィアに侵攻しないことを約束する。その裏付けとして、3名の人質をランドフィア王国に送ることとする」
「ランドフィア王国は神聖国軍への追撃を行いません」
ナタリア王女が、大神官の言葉を引き継いだ。
「また、今後20年の間は、神聖国への侵攻を行わないことを、ナタリア・ランドフィアの名において約束しましょう」
「承知した」
俺はナタリア王女と大神官に向かって、うなずいた。
「では、最後の条文を読みあげてくれ」
「…………わかりました」
「…………りょ、了解した」
ふたりは手元の文書に視線を落として、それから、
「ランドフィア王国は──」
「われら神聖国は──」
「「和睦が続く間……魔王や、その領地に敵対しないことを約束する」」
和睦が続く間、つまり20年。
その間、ランドフィア王国と神聖国は戦争を行わない。
そして、和睦の仲介役である魔王にも敵対しない。
これが、戦争を終わらせるための条件だった。
ちなみに、最後の条文は俺の提案で付け加えたものだ。
仲介役の魔王を倒すことで強引に和睦を破棄されたら困るというのが理由だけど、それはただの口実だ。
この機会に俺も、改めて安全を確保しておきたかった。
「魔王コーヤ・アヤガキは、両国の代表が書面に調印したことを確認した」
和睦の文書は3通作成された。
それぞれランドフィア王国と神聖国、俺の手元に保管されることになっている。
「そ、それで……魔王さま」
震える声で言ったのは、神聖国の大神官だった。
ちなみに神聖王は失神したまま、まだ回復していないそうだ。
神鳥クルトアに拒絶されたのが相当なショックだったらしい。
「『ホーリィ・スピリット』は我々に対して……」
「神鳥クルトアだ」
「……え」
「『ホーリィ・スピリット』というのは、聖女キュリアが勝手につけた名前だ。正式な名前は神鳥クルトアという」
「しょ、承知しました」
大神官は真っ青な顔で、うなずく。
「そ、それで神鳥クルトアさまは……お怒りでは? 神聖国に対して、復讐を考えていらっしゃったりは……」
「気になるのか?」
「我々は……祖先の教えに従っただけです! 我が国では長年『ホーリィ・スピリット』──神鳥クルトアさまを使役する研究が進んでおり、私の一存では止められなかった! 止められなかったのです!! この侵攻も、以前から決まっていたことで……私の責任では……」
「興味がないそうだよ」
「え?」
「神鳥クルトアは、あんたたちに興味がないと言っていた」
神鳥クルトアの気持ちはわかる。
こんな連中と関わりたくないよな。
他人を好き勝手に操ってきて、その相手が自由になったら、仕返しにおびえて震えてるんだもんな。ついさっきまで威張ってたのに。
自分の責任じゃないって……なんだよ、それは。
まあ、いいけどな。
これ以上、俺たちが神聖国に関わることはない。
20年経ったらランドフィアに侵攻するなり、改めて和平を結ぶなり、好きにすればいい。
「俺も、あんたたちに興味はない」
俺は大神官を見据えて、告げた。
「もともと、神聖国の使者の提案を受ける気はなかったからな」
「……う、うぅ」
「『北方からランドフィアの王都に攻め込め。神聖国がランドフィアを征服したあかつきには、金蛇と黒熊の領地を差し上げる』だったか?」
「そ、それは……」
「そんな空手形を信じるほど、俺も灰狼侯もおろかじゃない。仮に神聖国側が勝利したとしても、あんたは言っただろうな。『その話は知らない。私の一存では決められない。私に責任はない』と」
「…………」
大神官の顔色は、真っ青だった。
俺は魔王スタイルのまま肩をすくめて、話を続ける。
「神聖国の使者は船にいる。適当なところで降ろすから、連れて帰ってくれ。もう、俺は神聖国に関わるつもりはない」
「そ、そうですか。では、和睦の仲介をしていただいたことに感謝いたします。私はこれで失礼します!!」
神聖国の大神官は血の気の失せた顔で……それでも、気品に満ちた動作で頭を下げた。
そして、逃げるように自陣へと戻っていた。
あとに残ったのは、俺とナタリア王女。
護衛として控えていた、魔法使いのダルサールだけだった。
「コーヤ・アヤガキどの」
「なんでしょうか。ナタリア王女殿下……いや」
俺はナタリア王女の方を見て、
「ナタリア女王陛下と呼んだ方がいいか?」
「やはり……あなたは知っていたのですね」
「なんの話だ?」
「あなたは父上が……ランドフィア国王が亡くなったのを、知っていたのですね?」
「かまをかけただけだが?」
「ネレイドが話したのでしょう?」
ナタリア王女はため息をついた。
「だとしても、ネレイドをとがめるつもりはありません。あの子は私の親友です。灰狼でのことは、あの子の判断に任せてありますから」
「あんたは、そんなに大事な人間を人質にしたのか」
「重要な任務を、信頼できる人間に任せるのは当然のことです」
ナタリア王女はスカートをつまんで、一礼した。
「ですが、わからないことがあります」
「なにがだ?」
「あなたはどうして、私たちを助けてくれたのですか?」
「言っただろう? 俺は船を返しに来ただけだ。それと、精霊や竜の仲間が支配されているようなので、様子を見に来た」
俺は言った。
「俺が来たことで戦いが終わったのは、ただの偶然だ」
「あなたはこの機会にランドフィア王国を滅ぼすこともできたはずです」
「どうだろうな」
「私たちはあなたを、自分の都合だけでこの世界に召喚しました。そして、灰狼の者たちや精霊、竜たちは、王家によって封印されていたことを恨んでいるはず。彼らの王であるあなたたちが、ランドフィアを滅ぼす好機を逃すなんて信じられません……」
ナタリア王女は目を見開き、俺を見ていた。
スカートをつかんだ手が、小刻みに震えている。
ナタリア王女がこんな顔をするのははじめてだ。
俺が魔王として交渉に来たときも冷静だったからな。この人は。
なのに、俺が和睦の仲介をしたら怯えている。なんでだ。
「……わからないのです。私は、あなたがなにを考えているのか、わからない」
「だから怖がってるのか?」
俺はナタリア王女にたずねた。
「あんたには俺のことがわからない。だから恐がっている。そういうことか?」
「答えてください」
ナタリア王女は、俺の問いに答えなかった。
ただ、強い視線で、じっと俺を見つめていた。
「あなたはどうして、私たちを滅ぼさなかったのですか?」
「理由は……みっつある」
俺は少し考えてから、
「ひとつは、俺があんたたちと不戦協定を結んでいることだ」
「魔王がそのようなことを気にするとは思えません」
「約束を破ったら部下に示しがつかないだろ。アリシアやティーナやメルティに嫌われたら困るし」
……うん。困るな。
それに、灰狼の人たちに対して恥ずかしい。
俺は人間の味方をする魔王だって明言しちゃったからな。
その俺が人間との約束を破って、ランドフィアを滅ぼしたら……恥ずかしくて、灰狼にいられなくなる。
灰狼の人たちが気にするかどうかは関係ない。
これは俺の問題だ。
「もうひとつは、神聖国と国境を接するのが嫌だったからだ」
「ランドフィアと一緒に神聖国も滅ぼしてしまえばいいではありませんか」
「あんたは俺をなんだと思ってるんだ」
「魔王だと思っておりますが?」
「まあ、そうなんだけど」
「あなたなら、神聖国を滅ぼすこともできたでしょうに」
「そんなことに時間を取られたくない」
神聖国を滅ぼすとか……新たに隣国になったあの国と付き合うとか……考えただけで面倒だ。
俺はあの国のことをほとんど知らない。
おそらくは、灰狼の人たちもそうだろう。
なのに新たにあの国のことを学んで、どんな力があるかを調べて対処するなんて、大変すぎる。
俺は他にしたいことがあるんだ。
そんなことに時間を取られたくない。
……と、いうことを、簡単に言うと。
「隣人にするなら、あんたの方がましだということだよ。ナタリア殿下」
俺はナタリア王女に向かって、告げた。
「あんたが相手なら対処しやすい。一応は話ができる相手で、手の内もわかってるからな。なにも知らない神聖国といちから付き合うのは面倒なんだ」
「あなたは……私をあなどっているのですか?」
ナタリア王女が、俺をにらみつけた。
震えながら、それでも地面を踏みしめて、
「私が弱いと? 神聖国に比べれば与しやすい相手だと? そう考えているのでしたら……」
「あんたが弱いとは思ってはいない。だけど、あんたのまわりには敵しかいないだろ?」
俺は言った。
ナタリア王女が、硬直した。
予想外すぎる言葉を耳にしたかのように、ぽかん、と口を開けている。
俺は続ける。
「だってそうだろ。神聖国が攻めてきているのに、他の侯爵家の軍隊は助けに来ていない。灰狼と黒熊はともかく、金蛇や銀鷹や赤鮫も」
銀鷹侯爵家には、俺と同時に召喚された『大戦士』がいる。
侯爵たちが欲しがる人物だ。きっと、すごく強いはず。
彼がいれば神聖国との戦いも有利に進められたはずなんだ。
なのに、来ていない。
大戦士どころか、銀鷹の兵士さえも姿を見せていない。
「援軍は要請したんだろう? なのに、来ていないということは……」
「侯爵軍は来ます! ただ、軍の編成が遅れているという連絡が──」
「それを信じるあんたじゃないだろ?」
「……う」
「あんたは現実を見る人間だ。だから俺が、自分を魔王だと明かしたときも、それを受け入れて交渉に応じた。そんなあんたが、侯爵家の言い訳を信じるとは思えない」
「なにが言いたいのですか?」
「金蛇も銀鷹も赤鮫も、ランドフィア王家が滅びるか、弱体化することを望んでいるということだ」
俺はナタリア王女と視線を合わせて、告げた。
「王都の外に、王家の味方はひとりもいない。それが力で他を支配してきたランドフィア王家の末路だ」
ランドフィア王家は、初代王のマジックアイテムの力で他を支配してきた。
異世界人を召喚して侯爵に与えていたのも、その力を示すためだ。
そうすることで200年もの間、王家は5大侯爵家を支配してきた。
けれど、その力はもう、揺らぎ始めている。
灰狼領は解放された。
魔王の俺が、王家と対等の約定を結んだ。
国王が病床に伏した。
その情報を聖女が他国に流した。ジュリアン王子は、それを止められなかった。
神聖国がランドフィア王国に侵攻してきた。
ランドフィア王家が弱体化したことは、すでに明らかになっているんだ。
「ランドフィアは力で他を支配してきた。その力が揺らいだ。だから誰も助けに来ない」
俺は続ける。
「まあ、当然だ。侯爵家は信頼や忠誠心で、ランドフィア王国に従っていたわけじゃない。ランドフィアが強くて、逆らえなかった従っていただけだ。侯爵家にとってのランドフィア王家というのは警戒すべき相手で……たぶん、潜在的な敵だったんだ」
「そ、そんなことは……」
「だから、誰も助けには来ない。あんたのまわりは敵だらけだ」
俺は肩をすくめた。
「これが、俺がランドフィアを滅ぼさなかった第3の理由だ。人間は人間同士で争えばいい。ランドフィアの人間は敵に囲まれながら生きていけばいいんだ」
俺は魔王だからな。
人間同士の争いには、できるだけ干渉はしない方針でいる。
そうじゃないと人間VS魔王・精霊・竜という図式になりそうだし。
それに、5大侯爵制は崩壊寸前だからな。
そのうち貴族同士で、ごちゃごちゃした争いが始まるだろう。
わざわざ俺が手を下す必要はないんだ。
金蛇侯爵家はジュリアン王子の母の実家だ。
ジュリアン王子が王になれないと決まった今、ランドフィアから距離を取るかもしれない。
銀鷹侯爵家には『大戦士』という強力な異世界人がいる。
他国が攻め込んできても、ランドフィア王家の力を借りる必要はない。
独自に撃退できるだろう。
赤鮫侯爵家は海運を主とする侯爵家だ。
神聖国がランドフィアを滅ぼしたとしても、交易でなんとか生き抜くと思う。
灰狼と黒熊は、ランドフィア王家から心を離している。
黒熊侯のカリナさんは、灰狼の独立を望んでいるみたいだからな。
ランドフィアの味方になることはあり得ない。
そして南の神聖国は、潜在的な敵であり続ける。
ランドフィア王家が5大侯爵家に罰を加えるために兵を動かせば、その隙に神聖国がちょっかいをかけてくる可能性がある。
ランドフィアはそれに警戒し続けなければいけない。
ほら、王家の味方をする者はほとんどいない。
いるのは、これまで力で押さえられていた者たちばかりだ。
王都はそういう者たちに囲まれている。
ナタリア王女はその状態で、新たな女王に即位しなければいけない。
だから──
「俺はあんたに同情するよ。まわりには敵しかいない状況で、女王をやらなきゃいけないんだから」
「……魔王」
「なんだよ」
「あなたは、私に呪いをかけるつもりですか?」
ナタリア王女は、ドレスの胸をつかんだ。
痛みをこらえるような表情で、俺をじっと見ている。
「これから即位する私に、呪いを? 私が苦しむように?」
「俺が口にしたのは、ただの事実だ」
「…………」
「間違っていると思うなら、訂正すればいい」
ナタリア王女は答えない。
ただ、がっくりと膝をついただけ。
うつむいたまま一言『……やっぱりあなたは魔王です』とつぶやいただけだ。
「なあ、あんたには、心から信頼できる人間はいるのか?」
最後に、俺はたずねてみた。
「ネレイド・アスファは心からあんたを心配していた。でも、あんたはそんな人間を、人質にするしかなかったんだよな?」
「……それは」
「だから俺はあんたに同情する。それだけの話だ。じゃあな」
俺は手を振って、その場を離れた。
それで和睦の調停と会談は、終わりになったのだった。




