第93話「世界旅行の計画を立てる」
ランドフィア王国軍と神聖国軍が撤退したのを確認してから、俺たちはその場を離れた。
灰狼領までは、神鳥クルトアが送ってくれた。
神鳥クルトアは魔法で障壁を作り出すことができる。
そのかたちは自由自在。球体にもできるし、平面にもできる。
もちろん、船のかたちにも。
だから俺は、船のかたちの障壁を作ってくれるように頼んだ。
下が見えると怖いから、不透明で。
それに俺たちが乗り込んだ状態で、灰狼まで運んでもらうことにしたんだ。
もちろん、俺たちだけなら精霊の集団魔法『アルティメット・フライ』で帰れる。
ただ、今回は『不死兵』を連れて来ちゃったからな。
まとめて運ぶには、神鳥の力を借りた方が楽なんだ。
船はナタリア王女に返しちゃったし。
『……ありがとうございました。神聖王さま』
俺たちの頭上で、神鳥クルトアは言った。
『おかげでボクは、これからのんびり生きることができるよ』
「俺の神聖王って称号は確定なのか?」
『聖女キュリアの言葉は……ボクの中に焼きついちゃってるから』
ぼんやりとした口調で、神鳥クルトアはつぶやく。
『聖女キュリアはボクを使役していたけど……それでも、世界のことをすっごく心配してたんだ。そのためには使えるものはなんでも使うつもりだったみたい。ボクも。アルカインのことも』
「初代王アルカインのことも?」
『……よくわからないけど、そう言ってたよ』
「……そっか」
200年前になにがあったんだろうな。
興味はあるけど……。
「200年前のことよりも、これからのことを考えないとな」
「そうですね。コーヤさま」
「同感なの」
「うんうん。これから楽しくなりそうだもんね」
アリシアとティーナ、人の姿に戻ったメルティがうなずいた。
「まずは神鳥クルトアを島に送り届けて……ランドフィアと神聖国が落ち着いたら、予定通りに旅行に行こう」
それは、少し前に決めたことだ。
神鳥クルトアのように封印された古い生き物が、他にもいるかもしれないからな。
例えばティーナや精霊たち、精霊王ジーグリットのように。
例えばメルティや、竜王ナーガスフィアのように。
そんな存在が、まだ、この世界のどこかにいるかもしれない。
初代王アルカインも聖女キュリアも、そういうことをやりかねない奴だからな。
特に聖女キュリアは、アルカインの即位を見届けた後、旅に出たらしいし。
人間とは違う者たちを封印して回っていた可能性だってある。
もちろん、そんな存在はもう、いないのかもしれない。
それでもいい。
その場合は、楽しい世界旅行になるだけだ。
旅の間、俺は灰狼と黒熊を留守にすることになる。
だから州境を接する相手は神聖国より、ランドフィア王国の方が都合がいい。
結果的にナタリア王女を助けるかたちになったのは、そういうことだ。
ランドフィア王国と神聖国には『魔王に敵対しない』って約束させたからな。
ナタリア王女が約定を破ることはないだろう。
神聖国の方はわからないけど、仮にあいつらが俺や灰狼を攻撃してきたら、それはランドフィア王国との和睦協定が破棄されたことを意味する。
神聖国はランドフィア王国から、今回の戦争の仕返しをされることになる。
というか、そうされても文句は言えなくなる。
たぶん、そこまでのリスクは冒さないだろう。
最大で20年……少なくとも数年は平和が続くと思う。
その間、俺たちはのんびり世界旅行を楽しめるというわけだ。
「……外の世界を見ることができるのですね」
アリシアは目を輝かせてる。
「そんな日が来るなんて思ってみませんでした。灰狼の外に出るだけじゃなくて……もっと外の世界を、自由に移動できる日が来るなんて……」
「これも、アリシアが俺の共犯者になってくれたおかげだよ」
初めて話をしたときのことは、よく覚えてる。
アリシアは初対面の俺を信じて『首輪』の管理権限を預けてくれた。
あのとき、俺もアリシアを信じることに決めたんだ。
まあ『首輪』は、今もアリシアの首についてるだけど。
それと……ふとももの『首輪』って、今も着けてるんだろうか。聞いたらまずいよな。アリシアのことだから、素直にスカートを引っ張り上げそうな気もするし。
「帰ったらレイソンさんやネレイド・アスファと話をしないとな」
「ネレイドさま、心配しているでしょうからね」
「落ち着いたら、彼女から王都に手紙を書いてもらおうか。灰狼でのんびり暮らしています、って」
「ナタリア殿下もよろこぶかもしれませんね」
「ああ。自分の味方が元気でいるって、知りたいだろうから」
ナタリア王女……いや、女王は、これからもランドフィア王国を統治していくんだろう。
その結果、あの国がどうなっていくのかははわからない。
ただ、変わってくれればいいと思う。
敵だらけの世界に懲りて、もう少しだけ、優しい世界にしようと思ってくれればいい。
そうすれば俺たちも、落ち着いてのんきに暮らせると思うんだ。
そんなことを考えながら、俺たちは灰狼の地に向かうのだった。
灰狼に到着してすぐ、俺たちはレイソンさんへの報告をした。
レイソンさんは、俺に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。ランドフィアの国を……守ってくださって」
「何度も言いますが、俺は船を返しに──」
「わかっております。わかっておりますとも」
レイソンさんはそう言って、笑った。
「それでも……感謝しております。ランドフィア王国が滅んでしまっては、多くの民が苦しむことになったでしょうから。それに、コーヤどのの言葉は、ナタリア新女王に響いたことでしょう。きっと……この国も変わると思います」
「だといいんですけど」
「コーヤどのとアリシアは、旅に出るのですな?」
「国がもう少し落ち着いてからですけどね。その予定です」
俺はレイソンさんに一礼して、
「アリシアをお借りしてもいいですか?」
「あの子はもう、あなたの臣下ですよ」
「ありがとうございます」
「ええ、しっかり受け止めて差し上げてください」
「……えっと」
「コーヤどのと出会って、アリシアも色々と覚醒めてしまったようですからな」
「それは……能力的な意味で?」
「さあ、どうでしょう」
レイソンさんは意味深な表情だった。
うん。まあ、レイソンさんが言いたいことは、だいたいわかってるんだけど。
……俺も覚悟しておこう。
それから俺たちは、ネレイド・アスファと話をした。
ランドフィア王国と神聖国の戦の顛末については、包み隠さずに伝えた。
──ランドフィア王国軍が、神聖国軍に押されていたこと。
──ランドフィアのマジックアイテムが無力化されたこと。
──その後、俺たちが到着したこと。
──到着した俺たちが『ホーリィ・スピリット』……神鳥クルトアを解放したこと。
──ランドフィア王国と神聖国が、兵を退いたこと。
──魔王コーヤ・アヤガキを仲介役として、和睦が結ばれたこと。
そんなことを話しているうちに、ネレイドの表情は明るくなっていった。
最後まで話を聞き終えた彼女は──
「…………ありがとう……ございました」
──膝をついてうなだれたまま、そんな言葉を口にした。
「ありがとう……ございます。ナタリア姉さまを助けてくださって……ありがとう」
「別に助けたわけじゃないけどな」
「それでも…………ありがとう……ございます」
ぽたぽたと、涙の粒が床に落ちる。
ネレイドは本当にいい子みたいだ。
彼女が『国王崩御』のことを教えてくれたから、俺は船を返しに行く気になった。
彼女が俺たちを信じてくれたから、俺も、お礼をすることにしたんだ。
もちろん、メインの目的は神鳥クルトアを助けることだったんだけど。
「……お礼を、させてください、です」
「お礼?」
「は、はい。皆さまがご不在のあいだ……何度も、練習しました……から」
そう言ってネレイドは、胸元のボタンを外した。
それから腰の紐をほどいて……って、こら。
「ちょっと待った。なにをするつもりだ?」
「は、はい。アリシアさまやティーナさまと同じことを」
「アリシアやティーナと」
「そうです。以前……魔王さまのお部屋をたずねたときに、アリシアさまが……」
ぼっ、と、ネレイドの顔が真っ赤になった。
俺が横を見ると、アリシアも同じくらい真っ赤になってる。
両手で顔をおおったと思ったら……ぶんぶん、と腕を振る。あわあわしてる。
……えっと、これは。
「ネレイド・アスファ」
「は、はい。魔王さま」
「俺が不在のときになにがあったのか、詳しく教えてくれないか」
「はい。申し上げます。おろかにも私は……夜中に、魔王さまのお部屋を訪ねてしまいました。すると、精霊さまたちが教えてくださったです。魔王さまがご不在だと」
「精霊たちが対応してくれたんだな」
「そうです。すると精霊さまたちは、アリシアさまを呼んでくださったです」
「うんうん。アリシアが対応してくれたんだな?」
「はい。素裸のアリシアさまが」
「…………もう一度」
「素裸のアリシアさまが、ドアの向こうから顔を出して、お話をしてくださいました」
「………………うん。それで、アリシアはなんて?」
「魔王さまとティーナさまが外で、灰狼の将来にかかわる大切なものを作ってらっしゃると」
「ああ。作ってたな」
『魔力の泉』で『魔力結晶』を。
「王にとって大切なものとは、子どもに間違いないと思いましたです」
「……どうしてそう思ったの?」
「アリシアさまが素裸だったから、です」
「納得だね」
「アリシアさまはおっしゃいました。『窓の外の「不死兵」たちを見ていると、どうしてもこうなってしまうのです』と。ですから、私はこう考えたです」
「どう考えたのかな?」
「魔王さまにお仕えする女性は、夜になると服を着ることが許されず……外で子どもを作ることになるのだと。で、ですから、私とメイドのライラは、夜にはなにも身に着けないことにしたのです。透ける寝間着を着るなど……甘えでした。まずは素裸で、外の『不死兵』と向かい合うことから……」
「…………そうなんだ」
「そうなのです。では」
「…………あのな。ネレイド」
「は、はい」
「誤解だから」
「え? でも……」
「誤解なんだ。それは」
「…………は、はぁ」
「服は普通に着ていていいし、別に夜に部屋に来いとか言わないから」
「そ、そうなのですか?」
「ネレイド・アスファ。君は人質ではあるけれど、重要な客人でもある」
俺は魔王の口調で、告げた。
「合意もなしにそういうことはしないから、安心するように」
「…………は、はい」
「わかったかな?」
「わかりました。でも……」
「なにかな?」
「私は、ナタリア殿下に言われているのです。『灰狼に行ったら、その土地の風習に合わせるように』と」
「……そうなの?」
「はい。それと、私は仲間外れにされるのが、あまり好きではなくて……」
「わかった。よくわかった」
「わかってくださいましたか?」
「その辺については、後で話し合おう」
「は、はい! よろしくお願いいたします。魔王さま!!」
ネレイドは真っ赤な顔のまま、深々と頭を下げた。
「で、アリシア」
「…………は、はいぃ」
「アリシアにも、後で話があります」
そんなわけで、俺はアリシアと話をすることにしたのだった。




