第87話「神聖国の使者と話をする(2)」
「お待ちください!!」
不意に、扉の外で声がした。
ネレイド・アスファの声だった。
「──今は来客中ですぞ!!」
「──どうかご遠慮ください!」
ダルシャさんとシャトレさんが、ネレイド・アスファをたしなめてる。
俺はアリシアやティーナと視線を交わす。
今日までの間に、俺たちは情報収集を続けていた。
それをもとに、起こりそうなことをリストアップしていた。
──神聖国から使者が来ることも。
──神聖国が『北方からランドフィア王都をおびやかして欲しい』と望むことも。
──使者が来たことを知ったネレイド・アスファが抗議することも。
これらはすべて予想の中に入っていた。
みんなで話し合って、対策も決めていた。
だから──
「構いません。ネレイドさまをお通ししてください。ダルシャさま、シャトレさま」
「な、なんですと!?」
使者メーレンが声をあげる。
「無礼でありましょう! 神聖国の使者との話し合いの最中に、他の者を入れるとは……」
「ここはランドフィアの北の果て。いわば辺境です」
アリシアは答えた。
「辺境の地には、辺境なりの礼儀があるのです。ご理解ください」
「……承知いたしました」
使者メーレンがうなずく。
その直後、応接間のドアが開き、ネレイド・アスファが姿を現した。
「神聖国の使者の話を聞いてはなりません!」
彼女は俺たちの前で膝をつき、叫んだ。
「灰狼侯と魔王さまはランドフィア王国と不戦の約定を結ばれたはず! そして……現状、神聖国はランドフィア王国に侵攻してきております。そのような国の要求を飲まれるのは……」
「ネレイドさま」
「は、はい。アリシアさま」
「ランドフィア王国に神聖国が侵攻してきていることを、わたくしはうかがっておりませんよ」
「……それは」
ネレイド・アスファが、うなだれた。
彼女が侵攻のことを言わなかった理由はわかる。
たぶん、ランドフィア王国の弱みを見せたくなかったんだろう。
神聖国の使者が来るのが早すぎた。
もう少し時間があれば、俺たちはネレイド・アスファと話をすることができた。
彼女にも、俺たちが敵じゃないことがわかったかもしれない。
そうすれば素直に、王都のことを話してくれるかもしれなかったんだが──
「……すべて、お話いたします」
そう言ってネレイド・アスファは、俺たちに深々と頭を下げた。
「この身を魔王陛下に捧げます。お望みならば……すべてを脱ぎ捨てて、『不死兵』の刃の前に我が身をさらしましょう。どうか、私の話を聞いてはいただけませんか?」
「『不死兵』の刃の前に身体を?」
「それだけの覚悟がなければ魔王さまの近くにいることはできないのだと、アリシアさまに教えていただきました」
「……そうなのか? アリシア」
いや、なんで床を見てるの? アリシア。
耳たぶまで真っ赤になっているのは……どうして?
俺とティーナが不在の間になにがあったの?
「私と宰相閣下、それにランドフィア王国が、魔王さまたちを信じ切れなかったことは罪でしょう。ですから、これを……お渡しいたします」
ネレイド・アスファは両手で、筒状のものを掲げた。
丸めた羊皮紙──書簡だった。
「私は灰狼の人々を信じます。これはその証です」
俺は立ち上がり、ネレイド・アスファの元へ。
彼女の手から書簡を受け取り、アリシアに手渡す。
そこに書かれていたのは、短い言葉だった。
『国王リーナス・ランドフィア、崩御』
崩御。つまり……ランドフィア国王は死んだってことか。
結局、国王が病から回復することはなかったらしい。
ネレイドがそのことを文書で伝えたのは……神聖国の使者に知られないようにするためだろう。
国王が死んだことを知れば、神聖国の攻撃は勢いを増すだろうからな。
ランドフィア国王は死んだ。
ナタリア王女はまだ即位していない。
新女王が即位したなら、そのことを公表するはずだからな。
たぶん、戦争中だから、即位する暇がないのだろう。
そんな状況ならば、ランドフィア王国は不安定になっているはず。
神聖国が攻勢を掛けるには、絶好の機会だ。
そのことがわかった上で、ネレイド・アスファは俺たちに情報を渡した。
たぶん、それ自体が、俺たちに対するメッセージなのだろう。
『あなたがたを信じて情報を打ち明けます。だから、助けてください』と。
……そこまで信頼されるようなことをした覚えはないんだけどな。
ネレイドは昨夜アリシアに会って、なにかを感じ取ったようだけど……。
「……アリシア、一体なにをしたの」
「……な、なにもしておりませんよ?」
「本当に? 隠してない?」
「隠しておりませんでした。自然な状態でした」
「そっか……」
……ん?
妙に引っかかるセリフがあったような気がするんだが……。
……まあいいか。
とにかく、アリシアがネレイド・アスファの心を動かしたことは間違いない。
だから、ネレイド・アスファはすべてをさらけ出して、俺たちにすがってきている。
それに対して俺たちがどうするかだけど……。
「まあ、方針は決まってるよな」
「はい。コーヤさま」
「方針も覚悟も、決まってるの」
俺とアリシアとティーナはうなずきあう。
そして──
「それでは魔王コーヤ・アヤガキさま、ご助言をお願いします」
アリシアは宣言した。
「灰狼の代表として、ここからは魔王さまにすべてを委ねます」
「わかった。それでは魔王コーヤ・アヤガキの名において、神聖国の使者メーレンにたずねる」
神聖国の使者の言葉に、気になる点があったからな。
まずはそれを確認させてもらおう。
「貴公は『神聖国は「ホーリィ・スピリット」を使役する力を手に入れた』と言ったな?」
「…………は、はい」
使者メーレンが、震えながらうなずく。
話し相手が魔王に変わったことで緊張したのだろう。
「つまり貴国が、初代王アルカインによって封印された者を、自分たちが操っているということになるが、それで間違いないか?」
「……おおせの通りで、ございます」
「わかった。では『ホーリィ・スピリット』の姿かたちについて教えて欲しい」
「それに……なにか意味があるのですか?」
「ああ。これから我々がどうするべきかの参考にさせてもらう」
「……わ、わかりました」
使者メーレンは深々と頭を下げた。
「『ホーリィ・スピリット』は銀色の翼を持つ、巨大な鳥でございます。目は青色。性別はわかりませんが……雌だというふうに伝わっております。伝承では聖女キュリアが卵を発見し、魔法によって孵化させたとされております。その際に、聖女に従うように教育したのだと」
「……よくわかった。感謝する」
俺は側にいるティーナと視線を交わす。
ティーナは真剣な表情でうなずいた。
それだけで、彼女の言いたいことがわかった。
『ホーリィ・スピリット』は……精霊や竜の仲間だ。
旅立つ前のナーガスフィアが言っていた。
『この世界には、我や精霊王ジーグレットどのの他にも、封印されている者たちがいるはずだ。それを見つけて解放すれば、コーヤ・アヤガキどのの力になる』と。
その『封印されし者』が、神聖国にもいたんだ。
ジーグレットやナーガスフィアは封印されただけだった。
でも、『ホーリィ・スピリット』は聖女キュリアによって利用されていたらしい。
そして、魔王を倒したあとは不要だからという理由で、封印された。
それから200年経ち、『ホーリィ・スピリット』は神聖国のものになった。
そして、神聖国がランドフィア王国を滅ぼすのに利用されている。
……たち悪いな。この世界の人間は。
自分たち以外の種族をなんだと思ってるんだ。
「本当は……ランドフィア王国にも神聖国にも関わらないつもりだったんだけどな……」
ただ、精霊や竜の仲間が関わっているなら話は別だ。
俺は精霊王で、竜王でもあるからな。
同族が利用されているのを放っておくわけにはいかない。
問題は……介入する口実だな。
灰狼に迷惑がかからないように、できるだけ合法的に介入したい。
その方法だけど……。
「神聖国の使者メーレンの話は、よくわかった」
俺は人質と使者を見下ろしながら、そう言った。
「ネレイド・アスファの言葉も、しっかりと受け止めた。どちらの話にも聞く価値がある。だが、その前に俺はひとつ、ナタリア王女への借りを返さなければならない」
「……借りですと?」
使者メーレンが目を見開く。
「おかしなことをおっしゃいます。灰狼はランドフィア王家に迫害されていたはず! 借りなどは……」
「船を借りっぱなしなんだ」
俺が王都から灰狼に帰るとき、ナタリア王女に船を借りてる。
人員と『不死兵』を連れ帰るのに必要だったからだ。
もちろん、後で返すとことを約束してる。
「ナタリア殿下には借りがある。借りを残したままでは、どのような判断もできない」
俺は説明を続ける。
「だから、俺はナタリア王女に船を返しに行くことにする。その後どうするかは、その場で判断させてもらう」
「灰狼侯代行として同意いたします。魔王さまの方針が、灰狼の方針です」
「ティーナのマスターは義理堅いお方なの」
俺の言葉を、アリシアとティーナが引き継いだ。
「船でナタリア王女のもとへ……まさか!? 戦に介入されるおつもりか!?」
使者メーレンが叫んだ。
「魔王どのが戦闘に介入すれば、我々を敵に回すことになりますぞ!! いかに魔王といえども『ホーリィ・スピリット』を使役する神聖王には敵いますまい! かつての魔王が聖女に敗れたことをお忘れか!!」
「船を返しに行くだけだと言っている」
「…………う、ぐぬ」
「そこで、ネレイド・アスファに相談がある」
「は、はい」
「ナタリア王女がいそうな場所を教えて欲しい」
俺は言った。
その言葉の意味がわかったのだろう。
ネレイド・アスファが目を輝かせた。
「これは俺の予想だが、ナタリア王女は戦場で兵や『不死兵』を率いているのだと思う。その場所を教えて欲しい。王都に行って不在だと、二度手間になるからな。スムーズに船を返すためにも、ナタリア王女がいる戦場を教えて欲しいのだ」
使者メーレンはさっき言ってたからな。『戦に介入されるおつもりか』って。
俺は『ナタリア王女に船を返しに行く』と言っただけなのに。
つまり、ナタリア王女は神聖国との戦いの場にいる可能性が高い。
戦いの場なら『ホーリィ・スピリット』もいるはずだ。
そこに行けば、船を返すのと、『ホーリィ・スピリット』に会うのとが同時にできる。
手間がはぶけていいよな。
「しょ、承知いたしましたです!」
ネレイド・アスファは、床につきそうなほど、深々と頭を下げた。
「わ、私の知っていることを、すべてお教えいたしますです!!」
「使者どのはどうする?」
俺は神聖国の使者メーレンに視線を向けた。
「我々が戻るまで灰狼領で待つのか? それとも、一緒に行くか?」
「同行させていただきます!」
使者メーレンは俺をにらみつけた。
「あなたの選択がどのようなものをもたらすか、この目で確認させてもらいますぞ!」
「承知した。それじゃアリシア、準備を」
「わかりました!」
「ティーナはメルティと連絡を。王都に行くには、彼女の力が必要だ。それと……彼女にも、あの存在に心当たりがあるか聞いておいてくれ」
ティーナが知っていたように、メルティも銀色の巨大な鳥──『ホーリィ・スピリット』のことを知っているかもしれない。
接触する前に、少しでも情報を手に入れておかないとな。
「承知なの。ちゃんとメルティさまにもお伝えするの」
「俺はレイソンさんと話をしておくよ。ああ、使者どのには部屋を用意してある。出発まで、ゆっくりと休まれるといい。ネレイド・アスファも、自室に戻られよ。細かい連絡は精霊を通して行うから、安心するといい」
そうして、俺たちは応接間を出た。
ランドフィア国王は死んでいた。
俺は、その人と会ったことはない。
別に恩義があるわけでもない。それ以前に興味がない。
ただ……喪中の相手を攻撃したくはないな。
俺自身、父親を失ったばかりだからな。
存在さえ知らなかった父親だけれど、その死を知ったとき、少しだけさみしい気持ちになった。
まあ、その後で父親の配偶者が怒鳴り込んできて、俺の生活と精神をズタボロにしてくれたんだが……。
そんな奴と同じことはしたくない。
というか、国王が死んだばかりの国を攻めたら、絶対に恨みを買うだろ。
戦いに、勝っても負けても。
俺としては、恨みとか、借りとかは作らない方針で行きたい。
まずは、船を返しに行く。
あとのことは、向こうに着いてからの話だ。
そうして、俺たちは王都に向かう準備をはじめたのだった。




