第86話「神聖国の使者と話をする(1)」
──コーヤ視点──
「予想より早かったな」
俺は魔王モードに姿を変えてから、応接間へ向かった。
隣を歩くアリシアは元気いっぱいだ。
昨夜はよく眠れたんだろう。肌がつやつやしてる。
ティーナも同じくらい元気だ。
彼女の場合は『魔力の泉』に浸かって、精霊樹の中で眠りについたからだろう。そこでたっぷりと魔力を補給したから。
昨夜は俺も一緒だった。
ティーナの希望で『魔力の泉』に行って、その後は精霊樹で眠った。
俺もちょうど、『魔力の泉』で魔力結晶を作ろうと思ってたからな。
ちょうどよかった。
『魔力の泉』に浸かると、魔力結晶を作ることができる。
俺の魔力結晶を身に着けた『不死兵』は、管理権限を奪われることもなくなる。
それが俺とティーナの魔力を宿した魔力結晶の場合は、魔法を操ることもできるようになる。
これからは魔力結晶が必要になるかもしれないからな。
今のうちに作っておきたかったんだ。
俺たちが不在の間、屋敷の守りはアリシアと精霊たちと『不死兵』に任せておいた。
あとで話を聞いたけど、特に問題はなかったらしい。
気になるのは、俺の部屋にネレイド・アスファが訪ねてきたことだ。
そのことはアリシアが報告してくれた。
ネレイド・アスファは俺と話をしたかったらしい。
魔王に会いに来るなんて……きっと、怖かっただろうな。
不在なのは申し訳なかった。
だから、あとでお茶会の時間を取ることにした。
そこでネレイド・アスファの話を聞くつもりだったんだけど──
「しょうがないな。神聖国の使者への対応が先だ」
神聖国の使者は船でやってきた。
ランドフィア王国の者たちに発見されなかったのは、夜のうちに移動していたからだろう。
海にいるメルティにも発見できなかったのは、そのせいだ。
夜中に小舟を見つけるのは大変だからな。
メルティは落ち込んでいたけど、気にしないように言っておいた。
「ただ、気になるのは……どうして神聖国が船を出せたかだよな」
灰狼に来るには王都周辺から船を出すか、大陸周辺の海をぐるりと迂回するしかない。
迂回するのはさすがに無理だろうから、王都方面から来たんだろう。
だとすると──
「海の近くにあるランドフィアの町が、神聖国に占領されたのか?」
「あるいは、使者が強引に川を下ってきたのかもしれません」
王都にはいくつかの大河が流れ込んでいる。
それは王都にとっての水源でもあり、流通の要でもある。
上流の町から船に荷を乗せて川を下れば、王都の港に到着するからだ。
つまり──
「川の近くにある町を占領すれば、神聖国は川を下って王都に出ることができる。そのまま海にも入れるってことか……」
「仮にそうだとすると……ランドフィア王国と神聖国の戦争は、かなり深刻な状態のようですね」
「そうだね。でも、ランドフィア王国が町を奪われるなんてことがあるんだろうか?」
「わかりません。神聖国にマジックアイテムを無効化する手段があれば可能かもしれませんが……」
「なるほど。ところで、アリシア」
「はい。コーヤさま」
「なんだか距離が遠くないか?」
いつもだったら肩が触れあうくらいの距離にいるんだけど、今日は少し遠い。
アリシア……なにかあったのかな。
「わたくしは……みずからの至らなさを反省しているのです」
「至らなさ?」
「は、はい。精霊さんたちに呼ばれたからといって、あわてて、あのような……」
アリシアは頬を真っ赤にして、うつむく。
「お、お願いします。どうか、追及しないでいただけると……」
「う、うん。わかった」
今は使者の応対が先だ。
灰狼侯のレイソンさんは俺たちを信じて、すべてを預けてくれたんだから。
『私、レイソン・グレイウルフは、コーヤどのとアリシアの判断に従います。すべての責任は私が取りますのでな。存分になされよ』
──というのがレイソンさんの言葉だった。
その期待に応えないと。
ここでの判断が、灰狼の未来を決めるかもしれないのだから。
「────使者の方がいらっしゃいました」
「お通ししてくださいませ」
扉の外で聞こえた声に、アリシアが応える。
やがて、扉が開いていく。
その向こうにいたのは防衛隊長ダルシャさんと、その妹のシャトレさんだ。
ふたりが、ここまで使者を案内してくれたらしい。
ダルシャさんとシャトレさんの後ろには、長身の男性がいた。
髪は灰色。青い目で、純白のローブを着ている。
ローブには白い鳥の紋章が描かれている。神聖王国を表すものらしい。
使者はゆっくりと、俺たちの前に進み出る。
そうしてうやうやしい動作で、膝をついた。
「神聖国、第8神官のメーレン・フォルティアと申します。名高い灰狼侯と、魔王さまにお目にかかることができたこと、光栄に思います」
「申し訳ありません。灰狼侯である父は、今は職を離れております」
答えたのはアリシアだった。
「現在はこのアリシア・グレイウルフが灰狼侯を代行しております」
「それはそれは。それで……お隣にいらっしゃる方が、魔王さまでいらっしゃいますな」
「ああ。魔王を名乗っている。異世界人のコーヤ、アヤガキだ」
俺は名乗った。
「それにしても意外だな。神聖国の人間が、魔王のことを知っているとは」
「情報は重要でございますから」
「『魔王』のことは、聖女カザネの書状で知ったのか?」
「はい。この時代の聖女さまは、王家のことを詳しく教えてくださいました」
……詳しく、か。
あの聖女はジュリアン王子に信頼されて、『首輪』も外させて、いい生活をしていたらしいんだけどな。なのに、あっさりと裏切ったんだよな……。
それも、他国にランドフィアの危機を伝えるという、最悪のやり方で。
「灰狼侯代行、アリシア・グレイウルフよ」
俺はアリシアに声をかけた。
「神聖国の使者は灰狼侯に用があって来たようだ。俺は、口出しせぬ方がいいだろう」
「わかりました。ですが──」
アリシアは合図をするように、軽くまばたきをしてから、
「のちほど助言をお願いすることもあると思います。そのときは──」
「ああ。遠慮なく口を出させてもらう」
ここまでは、予定通りのやりとりだった。
神聖国は聖女をあがめる国だ。
当然、魔王のことは警戒しているはず。
だけど、俺が同席しなければ、かえって神聖国の不審を招く。
──裏でなにかしているんじゃないか。
──魔王が突然、襲ってくるんじゃないか。
そんなふうに思われる可能性もあるんだ。
だから俺はアリシアの側にいて、助言を求められるまでは口を出さない。
そういうスタンスで行くことに決めたのだった。
俺はさりげなく、アリシアの後方へと移動した。
アリシアの隣には文官の姿をしたティーナが控えている。
ふたりの後ろにいれば、使者からは俺の姿が見えにくくなる。
落ち着いて、話ができるようになると思うんだ。
「魔王さまと、灰狼侯代行どののご配慮に感謝いたします」
使者メーレンは深々と頭を下げた。
それから使者メーレンは深呼吸して、顔を上げる。
彼は深々と頭を下げてから、
「神聖国の王でいらっしゃるワルシャムスさまより、灰狼侯にお伝えしたいことがございます。申し上げてもよろしいでしょうか」
「許します。どうぞ」
「ありがとうございます」
使者メーレンは書状を取り出し、開いた。
彼は、よく通る声で話し始める。
『灰狼侯レイソン・グレイウルフどのに告げる。
貴公らがランドフィア王家の手によって、北の地に閉じ込められていたことは知っている。
暴君により差別を受けていたことを聞くたびに、大神官として心を痛めていた。
連絡を取る機会がなかったことを残念に思う。
このたび、我ら神聖国は、ランドフィア王国に懲罰を下すこととした。
灰狼の方々にはぜひ、協力をお願いしたい。
200年前、初代王アルカインと聖女キュリアは力を合わせ、魔王を討伐した。
しかし、その成果をアルカインは独占した。
聖女キュリアは姿を消し、アルカインの王国のみが利益をむさぼることとなった。
我らは聖女カザネより、王国の情報を手に入れた。
灰狼が、解放されたことも知った。
これは好機である。
神聖国はランドフィア王国に懲罰を下す。
マジックアイテムを駆使して人を害する者を許すわけにはいかぬ。
灰狼侯にも協力を願いたい。
貴公より、魔王に命じて欲しいのだ。
ランドフィアの王都を、北方からおびやかすのだ、と。
魔王ならば、それが可能であろう。
難しい場合は、他の侯爵家が動かぬように、圧力をかけて欲しい。
むろん、報酬は差し上げる。
神聖国がランドフィア王国を征服したあかつきには、貴公を辺境の王とすることを約束する。
黒熊、金蛇までの土地を、貴公の領地としよう。
灰狼は北方すべてを統べる大領主となるのだ。
これ以上の報酬はあるまい。
どうか、良い返事をもらえることを願っている。
初代神聖王 ワルシャムス記す』
──書状には、そんなことが書かれていた。
うん。すごくうさんくさい。
まず『灰狼のことを知っていた』『心を痛めていた』というのが信じられない。
ランドフィア王が倒れるまでは、ランドフィアと神聖国は友好関係にあったらしいし。
領地を与えるというのも嘘っぽい。
というか、神聖国に協力して金蛇や黒熊の領地を得たところで、領民が従うわけがない。
他国に与した『裏切り者』として攻撃されるのがオチだろう。
そして、最大の疑問は──
「初代神聖王という肩書きを、わたくしははじめて聞きました」
使者メーレンに向けて、アリシアは問いかける。
「神聖国は代々、神官の代表者である大神官によって治められていたと聞いています。初代神聖王とは、どのようなお方なのでしょうか?」
「さすがは灰狼侯のご息女だ。よく学んでいらっしゃいますな」
使者は、できのいい生徒を見るような顔で、笑った。
「神聖王さまは、特別なお方なのです」
「と、おっしゃいますと?」
「神聖国はランドフィア王国を超えるための研究を、200年の間、続けてきました。そのために我が国は全力を傾けてまいりました。その成果として生まれたのが、初代神聖国王ワルシャムス陛下なのです」
200年の間、ランドフィアを超えるための研究を続けてきた。
そのために国は全力を傾けてきた。
その結果、神聖王という偉大な存在が生み出されたらしい。
……さすが異世界の国家だ。すごいことしてる。
国のリソースを全部、ランドフィアに勝つために使ってきたのかよ。
大丈夫なのか、神聖国の民って。飢えてないのか?
でも……そんな国がランドフィア国王が病気だって情報を得たら……そりゃ動くよな。
聖女は最悪のタイミングで、神聖国に情報を流したわけだ。
「偉大なるワルシャムス陛下は、初代王アルカインによって封印されたものを支配する力を手に入れていらっしゃいます」
「初代王アルカインによって封印されたものを?」
「はい。聖女キュリアが使役していた『ホーリィ・スピリット』です」
「『ホーリィ・スピリット』!? 伝説の、あれを!?」
「はい。その魔力と血肉は人を癒し、それが生み出す障壁はあらゆる魔法を防ぐといわれた、伝説の生物です!!」
「『ホーリィ・スピリット』のことは、わたくしも本で読みました。確か、このような伝説だったと思います。間違いないか……確認していただけますか?」
アリシアは使者に向かって、そんなことを告げた。
彼女が伝説について語るのは、たぶん、俺に説明するためだろう。
一瞬、俺の方を振り返ってうなずいたからな。それくらいはわかるんだ。
そうして、アリシアは語り始めた。
初代王アルカインと聖女キュリアは、協力して魔王を倒した。
そのときに聖女に従っていたのが、神獣『ホーリィ・スピリット』だった。
『ホーリィ・スピリット』は偉大なる治癒の力を宿した生物。
その姿は、銀色の巨大な鳥。
『ホーリィ・スピリット』は聖女キュリアの能力を増幅し、アルカインが受けた傷を癒した。
魔王軍に立ち向かう兵士の軍団の傷も癒やし、彼らを守るために魔法の防壁を作り出したと言われている。1000を超える軍勢のために、1000枚の防壁を。
『ホーリィ・スピリット』は魔王討伐後に封印された。
アルカインがその力を恐れたからだと言われている。
聖女が封印に同意したかどうかは、記録に残されていない。
封印の場所は、ランドフィア王国の南の山だと言われている。
「──こんなお話でしたが、間違いないでしょうか」
「間違いございません。ですが、伝わっていない事実もあるようです」
「と、おっしゃいますと?」
「聖女キュリアは神聖国に『ホーリィ・スピリット』を使役するすべを遺してくださったのです」
「……聖女キュリアが、そんなことを?
「ですが、すぐにそれを実現することは不可能でした。聖女キュリアにはたやすいことであっても、我々にとっては違います。神聖国は『ホーリィ・スピリット』の封印を解くのに、実に180年の歳月を費やしました」
使者は高らかに宣言する。
「それを使役できる人間を生み出すまで、さらに20年かかりました。努力の結果、ついに我々は神聖王を──『ホーリィ・スピリット』を操れる者を生み出すことができたのです。そして、我が神聖国はランドフィア王国に宣戦を布告したというわけですよ。初代王アルカインが聖女キュリアから奪った成果を、取り戻すために。肥沃な王都の地を……この手につかむために」
「力を手に入れたから……他国に戦を仕掛けるということですか?」
「これはこれは。ランドフィアに迫害されていた方のお言葉とは思えませんな」
アリシアの言葉を、使者は受け流した。
「『ホーリィ・スピリット』の加護を受けた兵士たちは、強い防御能力と再生能力を持ちます。ランドフィア王国に『不死兵』があろうと、恐れるものではありません。現に、我らはランドフィアの町をひとつ、陥落させております」
「だから使者どのは灰狼に来ることができたのですね……」
「いかがでしょうか。我らと手を組む気はありませんか?」
使者は高らかに宣言した。
「ランドフィア王国は近いうちに滅びるでしょう。あの国と運命を共にするか、それとも、神聖国の一部となって生き延びるか、お選びいただけますかな?」
使者メーレンは一礼して、アリシアに選択を委ねたのだった。




