第68話「ランドフィア王家の出来事(5)後編」
──その頃、ジュリアンと聖女カザネは──
「魔王が王都に向かっているだと!?」
伝令兵の報告に、ジュリアンは声を上げた。
ここは、王宮の会議室。
彼は、高官たちと会議を行っていたところだった。
──現在、リーナス王が病床にある。
──民は王が姿を見せないことを不安に思っている。
──現状を乗り切るため、方針を決めなければいけない。
高官たちは、ジュリアンにそう告げた。
だからジュリアンと聖女カザネが同席した上で、長い会議が行われていた。
そこに、北方からの連絡を受けた伝令兵が飛び込んできたのだった。
「──ジュリアンさま! 魔王はなんと言ってきているのですか!?」
「──軍の対応は!?」
「──王都を戦場にするわけには参りませんぞ!!」
高官たちが次々に声をあげる。
それに対して、ジュリアンは苛立った口調で、
「魔王はナタリアとの話し合いを求めている。灰狼侯と黒熊侯代行もそれに同意しているそうだ」
ジュリアンは報告書を手にしたまま、高官たちに視線を向けた。
「話し合い……話し合いだと!? 魔王を王都に入れろというのか!?」
「ですが殿下! 戦になるよりは……」
「わかっている!」
ジュリアンは吐き捨てた。
「私はナタリアと話をする。皆は会議を続けるように。カザネは──」
「殿下の、お心のままに」
カザネは静かに立ち上がり、一礼した。
それから彼女は、おだやかな表情で、周囲にいる高官たちを見回す。
高官たちは反射的に頭を下げる。
聖女のジョブを持ち、国王の治療を行っている相手に敬意を表したのだろう。
「──カザネはここに残るがいい」
「承知いたしました。殿下」
「すぐに戻る」
そう言ってジュリアンは会議室を出ていった。
「話し合いをお続けください。お邪魔は、いたしませんから」
カザネは椅子に腰掛け、目を伏せた。
高官たちの視線が、彼女に集まる。
カザネはその視線におびえたように、
「……どうなさったのですか。皆さま……怖い顔をなさって」
「聖女さまは今回の事態を、どのようにお考えですか?」
たずねたのは宰相のエドガーだった。
「今、ランドフィア王国は大変な事態となっております。国王陛下は病に倒れられ、5大侯爵家は様々な動きをしております。中でも、ジュリアン殿下と金蛇侯爵家──」
「そのように責められても困ります。私は、この世界に来たばかりで……」
「責めてはおりません。責めてはおりませんぞ!」
宰相エドガーは聖女をなだめるように、
「ですが、聖女どのがジュリアン殿下と長い時間、一緒におられるのも事実です。あなたは……金蛇侯爵家の動きについて、なにかご存じではないのですか?」
「あなたはジュリアン殿下に不満をお持ちなのですね?」
聖女は不思議そうな表情でたずねる。
「あなたはジュリアン殿下が間違ったことをしているとお考えなのでしょう? だから私に質問をされているのですね」
「そのようなことは申し上げておりません!」
「……こ、怖いです。大きな声を出さないでください……」
「失礼いたしました」
宰相エドガーは聖女に頭を下げた。
「ですが、昨今の混乱は目に余ります。すでに魔王コーヤ=アヤガキが王都に向かっているとの情報もあります。それにジュリアン殿下がどう対応されるのか、聖女さまはご存じないのでしょうか?」
「魔王は敵で、気持ち悪いもので、いてはいけないものだと聞いていますが」
「敵であることに間違いありません。しかし、力を持っているのも事実で──」
「皆さまは魔王に怒っていらっしゃるのですよね?」
聖女は淡々と続ける。
「魔王なんて気持ちわるいもの、視界から消したいですよね? あれは、いてはいけないものなのですよね?」
「それが聖女さまのお考えですか?」
「私は、この国の常識を口にしただけです」
「……いえ」
「どうしてそれを私の意見だとおっしゃるんですか? 私は、がんばって国王陛下の治療を行っているのですけれど。国王陛下が目を覚まさないから、私を責めるようなことを言うんですか?」
「責めてなどおりません。ただ、聖女さまのお考えを──」
「『殿下のお心のままに』」
聖女は貼り付けたような笑みを浮かべた。
「私はジュリアン殿下のお心に沿うだけのことです」
「つまり、聖女とジュリアン殿下の心はひとつということですな?」
宰相エドガーの問いに、聖女は答えない。
ただ、首をかしげて、エドガーの視線を受け止めただけ。
「では、ジュリアン殿下にお伝えください。『魔王と話し合いを行うべきです』と」
宰相エドガーは宣言した。
まわりの高官たちが、賛同するようにうなずく。
「魔王は敵であることに間違いはありません。ですが、彼は交渉可能な敵でもあります。それはナタリア殿下が証明してくださっております。ナタリア殿下は魔王と交渉し、和解されたのですからな。こたびも同じようにすべきだと思うのですよ」
エドガーは続ける。
聖女は答えない。
話を聞いているのだと判断して、エドガーは続ける。
「その上で、ジュリアン殿下には金蛇侯爵家を抑えていただきたいのです。金蛇の行動すべてがジュリアン殿下の責任とは申し上げません。ですが、今は混乱を止めるのが先決です。さもなければ……」
「……さもなければ?」
聖女カザネが、ぽつり、と答えた。
「混乱を止めなければ、どうなるのですか?」
「他国の介入を招くかもしれません」
「他国のことは、説明してもらったことがないのですけど」
「ランドフィア王国の南にはいくつかの国がございます。もっとも強力なのが神聖国です。近来、力をつけてきている国です。あの国に隙を見せるわけにはいきません」
「……そういう国が、あるのですね」
「はい。ですから聖女どのには、ジュリアン殿下を説得していただきたいのです!」
宰相エドガーは床に膝をついた。
まわりの高官たちも同じようにする。
「魔王と話し合い、国の混乱を鎮めていただきたい……そのように、ジュリアン殿下にお伝えいただけないでしょうか!」
「「「お願いいたします!!」」」
「話の内容は、わかりました」
聖女カザネは、おだやかな口調で、答えた。
「異世界人の私に……複雑で難しいことはわかりませんが、私が理解できたことをジュリアン殿下にお伝えします」
「ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます。聖女カザネさま!!」」」
宰相エドガーが礼を述べ、高官たちが唱和する。
彼らはまた、聖女カザネに深々と頭を下げた。
それから、彼らは会議に戻っていく。
高官たちは安堵の息をついた。
聖女カザネが説得すれば、ジュリアンも魔王との会談に応じるはず。
ジュリアンが魔王と会うことを拒むなら、ナタリアに対応してもらえばいい。
あとは、魔王との交渉をどのように進めるかを決めるだけ。
そんな高官たちの声が、会議室を満たしていく。
聖女カザネはじっと座っていた。
彼女はつくりものの笑顔を浮かべて、魔王との会談を望む人たちを見ていた。
「待たせたな。会議を続けるとしよう」
──時が過ぎて、ジュリアンが戻って来るまで。
その後、会議はすぐに終わった。
ジュリアンが、方針を決めていたからだ。
結論は──ジュリアンが口に出したのは『魔王に餌を与えて、追い返す』だ。
ひとつ、灰狼侯爵領の州境を、王家の名のもとに開放する。
ひとつ、灰狼侯爵領を、今後は他の侯爵家と同等にあつかう。
ひとつ、灰狼と黒熊の同盟関係を認める。
ひとつ、金蛇は黒熊領から手を引き、今回の手違いを謝罪する。
そして最後に──灰狼領を、魔王コーヤ=アヤガキの領地として認める。
会議で決まったのは、以上の5点だ。
魔王との話し合いを行うのは宰相のエドガーだ。
ナタリアはこの件には関与させない。
ただし、エドガーの補佐役として、魔法使いのダルサールが同行する。
それが、ジュリアンの方針だった。
会議が終わったあと、高官たちは一斉に聖女カザネに頭を下げた。
すがるような視線とともに。
そうして、会議は終了となったのだった。
「……父上が回復されれば、すぐに方針は変えられる」
自室に戻ったジュリアンは、吐き捨てた。
「魔王の要求を容れるのは一時のことだ。そうだろう。聖女カザネ」
「ジュリアン殿下のお心のままに」
「ありがとう。そこで教えて欲しいのだが」
ジュリアンは声を潜めて、
「エドガーたち高官は、最後に君に頭を下げていたな。一体なにがあったのだ? 私が不在の間、会議室ではどのような話がされていたのだろうか?」
「私は異世界人です。こちらの世界の人が難しいことをおっしゃっても……理解のおよばないこともありましょう。ジュリアンさまを誤解させるわけには参りません」
聖女カザネは上目づかいで、ジュリアンを見た。
「それでも……よろしいですか。ジュリアンさま」
「ああ。あなたが理解している内容で構わない」
「……では、申し上げます」
聖女カザネは一礼して、
「皆さまはおっしゃっていました。『ジュリアン殿下は、ナタリア殿下のときと同じようにすべき』だと」
「──────なに?」
ジュリアンの手の中で、グラスがぴしり、と、音を立てた。
それを見つめながら、カザネは続ける。
「ナタリア殿下は魔王と和解し、かりそめの平和を手に入れられました。高官のみなさまは、それと同じことを望んでいらっしゃいます。ですから、私におっしゃったのでしょう。ジュリアン殿下に、ナタリア殿下と同じことをして欲しいと。すでに前例があるのですから、ジュリアン殿下にもできるはず、と」
「私に……ナタリアの真似をしろと!? ナタリアにできたのだからできるはずだと!?」
ジュリアンは怒気をあらわに、
「前例通りにしろと……ナタリアと同じことをしろと? 結局……高官たちが評価しているのはナタリアということか!? このジュリアンには、それ以上のことはできぬと!?」
「も、申し訳ありません!」
カザネは弾かれたように立ち上がる。
彼女は床に膝をついて、深々と頭を下げる。
「このようなことを申し上げるべきではありませんでした!」
「カザネは悪くない。悪くない……悪くないのだ」
ジュリアンはグラスを手に、つぶやく。
「悪いのは……私を理解しない者たちだ。私にナタリアの猿まねをしろと……! よくも言ったものだ!!」
「……聖女の力をお使いになりますか?」
カザネは、ジュリアンの耳元でささやく。
「ジュリアン殿下がお望みなら……私は聖女の力で使い魔を作ってさしあげます。わずかながら、聖女に許された戦う力を」
「頼む」
ジュリアンはうなずいた。
「魔王と高官たちに……力を見せる必要がある。私にナタリア姉さまの真似しかできぬかどうか、わからせてやらなければ……」
「ジュリアン殿下がお怒りなのはわかります」
「ああ。私は……」
「ジュリアン殿下は、お怒りなのです。魔王に。そして、魔王におもねる高官たちに」
「あ、ああ。私は、怒っている。魔王と、私を理解しない高官たちに」
「どうか、私の力をお使いください。私は金蛇侯爵家に仕えるもので、この力はジュリアンさまのためにあるのですから」
聖女カザネはジュリアンに頭を下げた。
そうして、彼女は部屋を出ていく。
長い廊下を通って、離れへ。
彼女が向かったのは、ミナ=ミカサの部屋だった。
「お仕事は終わったよ。みぃちゃん。元気だった?」
「う、うん。あたしは……平気」
「大変なことになっちゃったね。国中大騒ぎみたいだよ。魔王ってひどいよね」
「そ……そうね。あたしには、よくわからないけど」
「わからないなんて言ったらダメだよ。魔王はひどいんだよ。そう思わない人は、魔王の味方をしているようなものなんだよ? そんな人は死んだ方がいいんだよ?」
「……そう、なんだ」
「そうだよ。魔王は悪いものだから、この世から消さないと」
「じゃあ……カザネは聖女として、魔王と戦うんだ」
「どうして私は魔王なんかを視界に入れなきゃいけないの?」
聖女カザネは首をかしげた。
くもりのない目が、ミナ=ミカサを見る。
「きよらかな聖女が、魔王なんて気持ち悪いものに近づくわけないじゃない。おかしなみぃちゃん」
「そうかな?」
「そうだよ。魔王の話なんてやめようよ」
「魔王の話をはじめたのはカザネの方じゃなかった……?」
「気のせいだよ。私があんな気持ち悪いものの話をするわけないよ。それよりみぃちゃん、知ってる? この国の南には別の国があるんだって。行きたくない? 行きたいよね? みぃちゃんはこの国で大変そうだもんね。行きたいはずだよ。私、みぃちゃんの親友だからね。みぃちゃんの考えてることはわかるし、お願いを叶えてあげるから──」
離れの一室で、聖女カザネは親友に向けて語り続ける。
カザネは、親友の表情を見ない。
だから彼女はミナ=ミカサの胸に、見慣れないブローチがあることに、気づかない。
ミナ=ミカサが……まるで命綱でもあるかのように、そのブローチを握りしめていたことにも、気づかなかったのだった。
次回、第69話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




