第67話「ランドフィア王家の出来事(5)前編」
──王都にて──
「お願いします、ナタリアさま! 私を赤鮫侯爵領に戻してください!」
異世界人ミナ=ミカサは涙を流しながら訴えた。
ここはナタリア王女が使用している王宮の一角だ。
そこで彼女は、異世界人のミナ=ミカサと面会していた。
ナタリアはジュリアンにより、王宮の外に出ることを禁じられている。
もちろん、ジュリアンに姉の行動を制限する権利はない。けれど、今はジュリアンの発言力が大きくなっている。
ジュリアンが聖女カザネと親しい関係にあるからだ。
聖女カザネは現在、国王の治療を行なっている。
衰弱する国王の命をとどめているのが、聖女カザネの回復魔法だ。それによって、聖女カザネは尊敬を集めはじめている。
その結果、彼女と親しいジュリアンの発言力も強くなり……それがナタリアの行動制限へと繋がっているのだ。
(ジュリアンのやることには、意外と穴が多いのですけれど)
ドレス姿のナタリアはため息をついた。
現在、ジュリアンの視線は金蛇と黒熊に向けられている。
彼は、自分が金蛇と組んで仕掛けた策のことが、気になって仕方がないのだろう。
ナタリアへの監視が緩んだのは、そのためだ。
だからナタリアはミナ=ミカサと会うことにしたのだった。
彼女から、聖女カザネの情報を得るために。
「私はもう、あの子の側にいたくないんです。お願いです。なんでもしますから……赤鮫侯爵領に帰らせてください」
ナタリアの目の前で、ミナ=ミカサは涙ながらに訴えていた。
「落ち着きなさい。異世界人ミナ=ミカサ」
そう言って、ナタリアはミナ=ミカサにお茶を勧める。
「どうしてそんなことを? 彼女とあなたは友人ではなかったのですか?」
「……本当に、そうなんでしょうか?」
「と、いいますと?」
「私にとってあの子は……カザネは、なんなんでしょう?」
ミナ=ミカサの身体は、震えていた。
心から、自分の親友に怯えているようだった。
「王女さまは……カザネのことを知りたいんですよね?」
「はい」
「……だったら、昔話をしてもいいですか?」
そう言ったミナ=ミカサに、ナタリアはうなずく。
「私……もとの世界で、就いたばかりの仕事を辞めたことがあるんです」
ミナ=ミカサは、しばらくうつむいてから、話し始めた。
「きっかけは、カザネに仕事の愚痴を言ったことでした。そしたらカザネは『怒って当然』だと言ってくれました。仕事中にもメールを送ってきて……私も、それに応えて……仕事の愚痴を言って……」
メールというのは、異世界の連絡手段らしい。
それで聖女とミナ=ミカサはこまめに連絡を取っていたのだろう。
「気がつくと、私は上司をどなりつけていたんです。自分でも、びっくりするくらい頭に来て。いい加減にしろ! あんたなんか死んじゃえ……って」
「働いている場所で、そんなことを?」
「……す、すみません。あの……その……」
「責めているわけではありません。あなたは自分より上の立場にいる人間をどなりつけたのですね? この世界でたとえるなら、メイドがメイド長に怒りをぶつけたようなものですか?」
「は、はい。そうだと思います」
ミナ=ミカサは両手で顔を覆った。
「でも私は……自分がどうしてあんなに怒っていたのかわからないんです。もとの世界で……カザネと一緒にいたときは、私の怒りは正しくて……あの場で怒って当然だと思ってたのに。カザネと離れて……赤鮫侯爵領でお仕事をしているうちに……わからなくなって……」
嘘をついているようには見えなかった。
ミナ=ミカサは、本当に混乱しているのだろう。
(聖女には……人を動かす能力があるのかもしれませんね)
けれど、ナタリアがカザネに心を動かされたことはない。
ただ、カザネの話し方が特殊だとは思っていた。
話の途中で、カザネはよく、こんな言葉を交ぜるのだ。
『あなたはそう思われるのですね。わかります』
──と。
ナタリアが話をしたときもそうだった。
カザネは『ナタリア殿下は、魔王にお怒りなのですね。わかります。王家にあだなす者に対して、怒りを向けるのは当然です』と言っていた。
ナタリアが『魔王』という言葉を口にした瞬間に。
そして、聖女カザネは決して『自分』を出さない。
ナタリアが『聖女カザネの意見は?』とたずねると、彼女は話をそらしてしまう。
自然と、別の話へとすりかえていく。
それが聖女カザネの話術なのだと、ナタリアは思っていた。
そういう人間は、この世界にも存在する。
それに引っかかってしまう者もいる。
ミナ=ミカサがそれに気づくことができたのは、カザネと離れたからだろう。
ナタリアは、聖女カザネを信用していない。
本当なら、聖女カザネには国王の治療など、やらせたくはなかった。父を救うのに他に方法がないから許しただけだ。
治療の現場に神官や治癒術士を立ち合わせるという条件をつけたのはナタリアだ。ジュリアンはカザネにすべてを任せるつもりでいたが、そこまで彼女を信じるのは危険だと、ナタリアは判断したのだ。
そんなナタリアに、ジュリアンは本気で怒っていた。
彼は心からカザネを信じているのだろう。
(……ジュリアンも聖女カザネも、自分の立場がわかっているのでしょうか?)
聖女カザネが、ただの話術を使っているだけならば、気にすることはない。
だが、今の彼女は聖女だ。
カザネの話術には聖女としてのカリスマが加わっている。
そのことは、彼女の話術を強化している。
王宮の者たちが彼女を尊ぶようになったのは、そのためだろう。現に王宮の者たちは、カザネがジュリアンの隣にいることを、当たり前に受け入れている。この世界に来たばかりの異世界人が、ランドフィアの王子の対等のパートナーのようにあつかわれている。
それもまた、彼女の話術によるものなのかもしれない。
(魔王なら……聖女カザネを信じたりはしないでしょうに)
コーヤ=アヤガキは異世界人たちに対して、自分のスキルを隠し通していた。
彼に同情的だった聖女カザネにも教えなかった。
おそらくは彼も、聖女カザネに不信感を抱いていたのだろう。
(ジュリアンはどうなのでしょう? あの子は……聖女カザネの在り方に、まったく違和感を覚えていないのでしょうか? だとしたら──)
ジュリアンは王子だ。彼が大きなミスをすれば、国が揺らぐ。
国が揺らげば、他国の干渉を招くことにも繋がりかねない。
ランドフィアの敵は魔王だけではない。豊かなランドフィアを狙う国も存在する。他国に対して隙を見せるわけにはいかない。
ナタリアは、選ばなければいけない。
国のためにジュリアンを捨てるか、否かを。
「あなたの考えはわかりました。ミナ=ミカサ」
目の前にいる異世界人に視線を戻し、ナタリアはうなずいた。
「あなたが赤鮫侯爵領に戻れるように手を打ちましょう」
「ほ、本当ですか!?」
「代わりに、あなたには役目を果たしてもらわなければなりません」
そう言ってナタリアは、部屋の隅にあった小さな箱を空けた。
入っていたのは、赤色のブローチだった。
それをミナ=ミカサの手に乗せ、ナタリアは、
「これはマジックアイテムです。これを身に着けることで、精神的な干渉を弱めることができます」
「精神的な干渉……って?」
「魅了や幻惑などです。聖女カザネに人を惑わせる力があるなら、それを弱めることができるでしょう」
初代王アルカインが戦った敵の中にも、魅了や幻惑の能力を持つ者がいた。
そんな敵と戦うために、防御用のマジックアイテムが作られていたのだ。
これは、そのひとつだった。
「あなたはこれを、常に身につけるようになさい。そうすれば、聖女カザネの側にいても影響を受けずに済みます。赤鮫侯爵領に帰す準備が済むまで、あなたは彼女に怪しまれないようにするのです」
「怪しまれない……ように?」
「普段通りに、友人として接しなさい」
ナタリアはおだやかな笑みを浮かべた。
「あなたが立ち去ろうとしていることを、聖女とジュリアンに知られてはなりません。知られたら、聖女はあなたを逃がさないようにするかもしれません。ですから、あなたはこれまで通り、聖女の側にいるのです」
「わ、わかりました」
「なにかあったら、部下があなたを助けに行くでしょう」
「…………は、はい。ナタリアさまを信じます」
「よろしい。では、部屋に戻りなさい」
「………………はい」
ナタリアはミナ=ミカサに退出を促す。
ミナ=ミカサはメイドに連れられて、部屋を出ていく。
「ジュリアンと聖女を足止めするのも……そろそろ限界でしょうね」
ジュリアンと聖女は、高官たちと会議を行っている。
ナタリアがジュリアンを足止めするために仕掛けたものだが、高官たちの意に沿ったものでもある。
高官たちはここ最近のジュリアンの行動に不満を漏らしていた。
勝手にマジックアイテムを持ち出したことと、金蛇侯爵家を優遇していることを。
だから話し合いの場を設けるべきだと、ナタリアが提案したのだ。
ジュリアンを納得させるために、ナタリアは出席しないという条件をつけて。
ナタリアに必要なのは時間だった。
ジュリアンと、聖女の干渉を受けずに動ける時間。
それだけあれば、いくつかの手を打つことができる。
「さあ、魔王が来ますよ。ジュリアン……あなたはどうしますか?」
部下からの報告書を手に、ナタリアはつぶやく。
「状況は変化したのです。王家の者としての覚悟があるなら、あなたも魔王と向き合いなさい。それができないのなら……あなたは、王家にふさわしくない」
ここにはいない弟に向けて、ナタリアはそんな言葉を口にしたのだった。
次回、第68話は、次の週末の更新を予定しています。




