第66話「黒熊領沿岸防衛戦(4)」
──コーヤ視点──
「証拠と証人を手に入れた。王都に話をつけに行こう」
作戦は成功した。
金蛇の船団は、平和的に無力化できた。
アリシアとティーナとメルティが手伝ってくれたおかげだ。
俺は金蛇の船団が来る前に、港の近くの海底に杭を打ち込んでおいた。
灰狼領の海に仕込まれていた『混沌と調和の杭』だ。
あの『杭』は魔力をかき乱したり、固定化したりできる。
海底に仕込めば、大波を起こしたり、海流を変化させたりできる。
そして『杭』は俺の『王位継承権』スキルでコントロールできる。
だから、金蛇の船が近づいたタイミングで荒波を発生させた。
もちろん、その前にティーナとメルティと精霊たちの力を借りて、海底に杭を仕込む必要があったんだけど。
メルティには俺に『水上歩行』の加護をつけてもらった。
彼女の加護を受けた者とその持ち物が水面を自由に歩けるようになる。
『不死兵』は俺の持ち物あつかいだから、俺に水上歩行の加護がつけば、『不死兵』も水面を歩けるようになる。
俺はそれを利用して水面を歩き、金蛇の船に近づいた。
魔王剣で、船の帆とマストをぶっ壊せる間合いまで。
金蛇侯爵家についての情報は、アリシアから聞いた。
あの家は序列1位だからプライドが高い。
そして、利益に敏感らしい。
そういう連中なら、犠牲を覚悟で攻撃してきたりはしないと思った。
『勝てない』と印象づけてから降伏勧告をすれば、受け入れるだろう、と。
とにかく、徹底的に相手の行動を制限して、戦ったときのリスクを『わからせる』ことにしたんだ。
荒波を起こして、船を揺らして──
『不死兵』と一緒に水上を歩いて──
魔王剣ベリオールで帆柱を叩き斬り、移動能力を奪った。
それでも降伏しなかったら、魔王剣で船を沈めることも考えていた。
正直、やりたくはなかったけどな。
今の俺は魔王と精霊王と、灰狼の客人という看板を背負っている。
俺が人を殺してしまったら、精霊たちと灰狼の人たちに迷惑がかかる。
こっちが人間同士の戦闘のつもりでも、向こうがどう思うかはわからない。
『灰狼の人間は容赦がない』『精霊は危険』とかいうレッテルを貼られることもあり得る。そうしたら精霊たちや灰狼の人たちが困る。
この世界の王家や貴族は、人をカテゴライズして差別するからなぁ。
実際に灰狼の人たちも『迫害しても構わない人々』だと思われていたわけだし。
そのへんも考えて、できるだけ無血で敵を無力化したかったんだ。
うまくいってよかったけどさ。
「さてと……貴公が金蛇の指揮官か」
俺は、金髪の青年に向かって、告げた。
金蛇の船はまだ、港近くに停まっている。
とりあえず小舟を降ろさせて、代表の者だけを上陸させたんだ。
「名前を聞こう」
「……エディオ=アイロンスネイクと申します」
「金蛇侯爵家につらなる者か」
「…………はい」
金蛇の指揮官はうなだれた。
俺の耳元でアリシアがささやく。
『アイロンスネイク家は金蛇侯爵家の分家です』と教えてくれる。
「では、エディオ=アイロンスネイクに告げる」
俺は金蛇の指揮官を見下ろしながら、
「灰狼侯爵家と黒熊侯爵家は同盟を結んでいる。それをもとに、我らは黒熊領の防衛を委託されている。そして、お前たちの船団の接岸を拒否したのは、黒熊侯代行の意思だ」
俺はエディオ=アイロンスネイクに羊皮紙を見せた。
『灰狼の方々に、港の防衛を任せる』と記された、黒熊侯代行の正式な書面だ。カリナさんの署名も入っている。
手続きって大事だからな。
文句を言われたときのために対策をしておくのは、社会人の常識だ。
「し、しかし、黒熊侯ゼネルスは王都にいるはずだ!」
エディオ=アイロンスネイクは叫んだ。
「黒熊侯代行など……そんな話は……」
「もはやゼネルスは黒熊侯にふさわしくないと黒熊領の者たちは判断した。よって、現在はゼネルスの庶子であるカリナ=リトルベアが黒熊侯代行の任についている」
「王家の許可は!? 侯爵代行の任命には、国王陛下の許可がいるはず……」
「我らはナタリア殿下より書状をいただいている。現在、リーナス陛下が病床におられるため、王家は指示や承認の手続きを行えない。それを踏まえた上で統治を行うべし、と」
「ナ、ナタリア殿下が……」
エディオ=アイロンスネイクが目を見開く。
「あの方が……すでに、先手を打っていたというのか……」
「ナタリア殿下の書状にある通り、現在の王家は侯爵代行の承認手続きを行えない。だから、現場の判断でカリナさまを侯爵代行とした。黒熊領の者たちはそれを支持し、灰狼侯レイソンどのも認めている。手続きに不備はない」
俺は魔王っぽい口調で語り続ける。
「我々は合法的な対応を行っている。だから港の防衛のため、許可なく近づこうとした軍船を武装解除した。我らは事前に『武器を捨てろ』と警告している。あれが聞こえなかったとは言わせない」
「……う、うぅ」
「そして、お前たちが金蛇侯爵家の者である以上、これは侯爵同士の問題となった。侯爵同士の問題は、王都に仲裁してもらうのがセオリーだ」
つまり、俺たちには王都に向かう口実ができた。
王都からの書状には『王家は指示や承認の手続きを行えない』とある。
当然、その情報は金蛇侯爵家にも伝わっているだろう。
──それに対するアリシアの分析は、次の通りだ。
『金蛇侯爵家による侵攻は、王家が動けないことを見越してのものとなります。これはある意味、王家への叛逆に等しいでしょう。国王陛下が病に倒れているこのときに、他の侯爵家へ兵を向けたのですから」
以上だ。
だから、俺たちには金蛇侯爵家の非道を訴える資格がある。
灰狼領の代表と、黒熊領の代表が、合同で。
「我らはこれより王都に向かい、金蛇侯爵家の非道を訴える。国王陛下が病床にあるなら、ナタリア殿下とジュリアン殿下にことの判断をお願いするしかあるまい。それでも金蛇侯爵家が我らを攻撃するというなら……全力で反撃する。それだけだ」
俺たちは『悪いのは金蛇侯爵家です』『我々はそれを王家に報告しました』と王家に訴える。 それでも王家が動かないなら、それは、王家が侯爵同士の問題解決を放棄したことを意味する。
こっちが自力で問題を解決しても、文句を言えないはずだ。
後腐れがないように、体裁だけは整えておく。
これが俺と、レイソンさんとアリシアと、黒熊侯代行のカリナさんの結論だ。
「……貴様さえいなければ」
不意に、指揮官エディオが口を開いた。
「人々を悩ます魔王め!! 貴様さえいなければ、すべては今まで通りだった!!」
「はぁ?」
「貴様がいなければ、黒熊侯が地位を投げ出すことはなかった。黒熊領で起きた魔物の大暴走は、貴様は灰狼を変えたことが原因なのだからな」
「……だから?」
「貴様がすべてを変えたのだ。安定していたランドフィアの体制を貴様が変えた!! 我々が動かざるを得なくなったのはそのためだ!!」
「ああ、確かに俺はランドフィアの体制を変えたかもしれない」
俺は指揮官エディオを見据えて、告げる。
「だが、その変化を利用して兵を動かすことを決めたのは、あんたたち自身だろう?」
「……う」
「偽の魔王軍も、金蛇の連中が自分の意思でやったことだ。国王が倒れたこの機に、王位を狙うと決めたのもそうだろうが。いい大人が、他人のせいにしてるんじゃねぇ」
「貴様は魔王だ! 人を惑わす者だ!!」
「そうだな」
俺はうなずいた。
「だけど、俺は自分から誰かを攻撃したことはない」
「それが問題だ!! 魔王とは人間に敵対し、人間をおびやかすもなのに……貴様は人間の味方をしている!! それが人を惑わせ、王家や貴族を混乱させているのだ!!」
「……あんたは、自分の言っていることがわかっているのか?」
思わず、ため息が出た。
なに言ってんだこいつは、まったく。
「あんたは、俺が人間の味方をしているのが問題だと言っているんだぞ? それを聞いた俺が素直に『わかった。じゃあエディオ=アイロンスネイクの言う通り、人間に敵対しよう!』と言い出したらどうするつもりだ?」
「……そ、それは……」
慌てた様子で、エディオ=アイロンスネイクは口をおさえる。
「だが……聖女さまは、理不尽な者には怒りをぶつけるべきだと……」
「金蛇に行った聖女さんのことか?」
「ああ……そうだ。聖女カザネ=ムラクモどのは……我々は魔王に怒って当然だと……。ジュリアン殿下にも、そのように……」
「聖女さんがそんなことを?」
聖女のジョブの人のことは、よく覚えている。
召喚された者の中で唯一、俺を見下さなかった人だ。
だけど……信用できるとも思えなかった。
一緒にいた女性の後ろに隠れて、まるで、依存しているように見えたからだ。
あの人が……裏でなにかを仕掛けてきているのか?
「とにかく、貴様が理不尽な存在であることは間違いないのだ……貴様が……」
「俺がいなくても、魔王は再び現れただろうよ。初代王アルカインがそう言い残してるんだから」
俺は肩をすくめた。
「今回、たまたま変な魔王が現れただけだ」
「だ、だが!」
「それに、いずれランドフィアの体制は揺らいでいただろう。そもそも、灰狼を封じ込めて、面倒なものをすべて押しつけるような体制が、いつまでも続くわけがないんだから」
「それは……だが、よりにもよって……我々の時代に……」
「あんたたちは、見たくないものから目を逸らしてただけだ。魔王や魔物を灰狼に押しつけて、見えないようにしていた。なのに魔王が突然現れたから、パニックになってる。それだけじゃないのか?」
「……ぐ、ぐぬ……」
「とにかく、俺や黒熊領に手を出してきているのは金蛇の方だ。俺の方からはなにもしていない。俺は……あんたたちにも王家にも、本当は興味なんかないんだ」
俺は灰狼でのんびり暮らせれば、それでよかった。
竜王や、竜姫のメルティとも知り合いになれたし、海にも出られるようになった。
これからは海産物を味わったり、船旅を楽しんだりしてみたい。
なのに、それを邪魔しているのが金蛇侯爵家とジュリアン王子だ。
あいつらは魔王を、自分たちの地位向上に利用しようとしてる。
おかげで俺たちは、その対策をしなきゃいけなくなった。本当はのんびりしたいのに。
「繰り返すが、俺がやっているのは完全に合法的な行動だ。ランドフィア国の法を守っているのは魔王で、違法な行いをしているのはあんたたちなんだよ」
俺は指揮官エディオを見下ろしたまま、告げる。
「だから、俺たちは王都へ、金蛇の違法行為を訴えに行く。あんたは、金蛇のしたことの物理的な証拠になってもらう」
「…………」
指揮官エディオは答えない。
それでも構わない。
俺としては淡々と、合法的な行いをするだけだ。
魔王が、人に敵対しないという証明のために。
違法行為をしているのが金蛇と、ジュリアン王子の側だと示すために。
それでも駄目なら、もう知らん。
王都との境界線や海岸線の守りを固めて、引きこもらせてもらう。
王家や他の侯爵家が攻撃してきたら、叩きのめすと宣言した上で。
マジックアイテムと精霊たちと、竜王とメルティの力を借りれば、それくらいできるだろう。
実際にそうするかは、これからの交渉次第だけどな。
「準備を整えたら王都に向かう。その前に、先触れの使者を送っておこう」
「はい。コーヤさま」
俺の隣で、アリシアがうなずいた。
「灰狼の方で使者を用意します。どなたに使者を送られますか?」
「ナタリア王女に」
俺の答えはシンプルだった。
「いただいた書状の件で、面会したいと、そう伝えてくれ」
そうして俺たちは、王都に向かう準備をはじめたのだった。
次回、第67話は、次の週末の更新を予定しています。




