第51話「黒熊領で調査を行う(1)」
──数日後、黒熊領で──
「調査へのご協力に感謝します」
数日後。
俺とティーナとメルティは、灰狼領の南にある黒熊侯爵領に来ていた。
領民消失事件の調査をするためだ。
本当はもっと早く、黒熊領に来ることもできた。
飛行魔法の『アルティメット・フライ』なら、ここまで来るのに2時間もかからない。
調査開始まで数日かかったのは、カナール将軍の予定に合わせる必要があったからだ。
調査を行うには事前の準備がいる。
カナール将軍が黒熊領に戻り、まわりの人間に話を通して、監視役を選ぶだけでも数日はかかってしまう。
俺たちはそれが終わるころに、飛行魔法で黒熊領に入った。
それまではアリシアたちと、ひたすら打ち合わせをしていたんだ。
俺たちがいるのは、領都から離れたところにある川辺。
俺も将軍も『人目につかない場所に集まる』ということで意見が一致した。飛行魔法で町に降り立つわけにもいかないからな。
「本日はよろしくお願いします。コーヤ=アヤガキさま」
カナール将軍はまた、深々と頭を下げた。
彼の隣にいる少女も同じようにする。
少女の方は、初めて見る顔だ。
カナール将軍が用意した監視役だろうか。
「こちらこそ、調査に付き合っていただくことに感謝しています」
「ありがとうございますなの」
「がんばって調査するわね」
俺とティーナとメルティは軽く頭を下げた。
「調査には私と、この方が同行いたします」
カナール将軍は自分の隣にいる少女を見た。
少女が震えた。
彼女は褐色の髪をいじりながら、俺たちを見ている。
年齢はアリシアと同じくらいだろうか。赤みがかった目をしている。
丈の短い服を着ているのは、動きやすいようにだろう。
ただ、彼女がずっと自分を抱くようにして震えているのは、気になるんだが。
「ご紹介いたしましょう。こちらの方は──」
「カリナ=リトルベア。黒熊侯ゼネルスの……庶子です」
少女は震える声で名乗った。
「あなたの監視役を務めます。ブ、ブラックベアの家名をもらえなかった者ですが……た、民を守るという誇りはあります! 命をかけて、魔王を監視させてもらいますので!!」
「リトルベア家は、ブラックベア家の分家にあたります」
説明したのはカナール将軍だった。
「カリナさまは……ゼネルス侯の奥方のご意向で、分家へと預けられました。現在、黒熊領にいるゼネルス侯の血族で、もっとも地位が高いお方がカリナさまです」
「カリナは庶子だったので……ゼネルス侯に置いていかれたのです!」
やけになったように、カリナ=リトルベアは叫んだ。
「ゼネルス侯も奥方さまも……嫡子の方々も……逃げる途中で事故に遭い、重傷を負いました。でも、カリナは民と一緒に避難していたので……」
「怪我をせずに済んだわけですね……」
なるほどわかった。
少女カリナは黒熊侯の庶子で、正妻の子供じゃない。
だから魔物が襲ってきたとき、黒熊侯と一緒に逃げることができなかった。
でも、それが幸いして、事故に巻き込まれずに済んだということか。
……庶子。正妻の子どもじゃない人。
同じ父親を持ちながら、他の子どもとは別のあつかいをされている人。
少女カリナは……俺と同じような立場なのかもしれないな。
しかも、父親はあのゼネルス侯だ。たぶん、苦労したんだろうな。
「こ、高官たちは……カリナに監視役を押しつけました」
少女カリナは、震える声で続ける。
「黒熊侯の分家の者に……責任を取らせるつもりなのでしょう。庶子なんて、死んでもいいと……」
「それは違います。カリナさま」
カナール将軍は真面目な表情で、
「これは、カリナさまにしかできない仕事です」
「……本当ですか?」
「このカナールだけが監視役では、コーヤ=アヤガキさまに有利な証言をすると、文官の方々は考えたのでしょう。ですから、ゼネルス侯のご息女であるカリナさまに監視役を依頼したのですよ」
「……わ、わかりました」
カリナと呼ばれた少女が顔を上げる。
顔を叩いて、背筋を伸ばす。
それから、彼女は強い視線で、俺を見て、
「カリナは……黒熊侯爵家の末席を汚す者として、あなたの監視役をいたします! ちょ、調査の間は、カリナの目が届くところにいて……ください」
声が、先細りになっていく。
それでも少女カリナは、服の裾をつまんで、一礼した。
俺は礼を返して、
「はじめまして。魔王のコーヤ=アヤガキです。こちらは精霊姫のティーナと、灰狼の住人であるメルティです」
「調査のお手伝いをさせてもらうの」
「よろしくね」
俺たちは軽く挨拶を交わしてから、
「事件の概要は将軍からうかがっています。町や村から、人が消えた、と」
「……そうです。今のところ、手がかりはつかめておりません」
答えたのは監視役のカリナだった。
俺は質問を続ける。
「確認です。人々は姿を消しただけなんですよね? 殺されたりはしていない。おそらくは連れ去られて、どこかで生存している。それで間違いありませんか?」
「……カリナはそう考えています。カナールの意見は?」
「カリナさまと同意見です。現場に血痕などはありませんでした。おそらくは、生きている可能性が高いかと」
「わかりました」
俺はうなずいて、
「連れ去られた人数は20人前後だと聞いています。それだけの人数が生活すれば、まわりに影響を与えますよね?」
「はい。食料や水も必要になりましょう」
「川の水にも影響を与えますか?」
「無論です。洗濯をするのにも身体を洗うのにも、川の水は使いますから」
「わかりました。では、水に詳しい者に調査させます」
俺はメルティにうなずきかける。
俺たちがいるのは、領都から離れた川辺。まわりに人気はない。
近くには木の茂る林がある。
川幅は数十メートル。向こう岸は霞んで見えない。
黒熊領を流れる大河だ。
いくつもの支流がひとつになり、そのまま海に注いでいるらしい。
そして、水中は竜王のテリトリーだ。
「将軍とカリナさんは、ここで待っていてください」
俺はティーナとメルティを連れて、川の近くの林へと移動した。
「メルティ。竜の力を使ってもらえるか?」
「いいけど、コーヤさん。わかってるわよね」
「わかってる。力を借りる代わりに、メルティが人間のことを学ぶのに協力する」
黒熊領は広い。
精霊たちの力を借りても、すべての場所を調べるには時間がかかる。
まずは、調べるべきポイントを絞りたい。
そのために俺は、メルティの力を借りることにしたんだ。
「じゃあ、コーヤさん。あなたの命令で竜の力を発動できるか、実験させてね」
「竜の幼体が真の姿になるには、上位者の許可が必要になるんだっけ?」
「そうよ。竜王や、王の位を持つ者の許可がいるの」
メルティはつま先立ちになり、俺を見上げながら、
「いいから、やってみて」
「わかった」
俺はメルティの額に手を当てた。
そうして精神を集中してから、告げる。
「精霊王にして、魔王のコーヤ=アヤガキが告げる。我が土地の客人であるメルティよ。王の依頼により、竜の力を解放せよ」
「────っ」
メルティの身体が、震えた。
まるで、体内の熱をこらえるように、彼女は自分を抱きしめる。
「やだ……身体が……熱い。服……着てられない。むずむずする……」
メルティは両腕を挙げて、ばんざいのポーズ。
潤んだ目をしている彼女の服の袖をつかんで、脱がした。
服の下から現れたのは水着だ。アリシアのお古の、真っ白なビキニ。
白い肌を火照らせて、メルティはため息をつく。
「竜姫メルティ……王の指示により、調査をはじめるからね!」
メルティが地面を蹴り、川に飛び込む。
そして──
──水面下で、メルティの姿が消えた。
代わりに見えたのは、水中を進む蛇のような影。
それは長い身体をくねらせながら、川の上流へと進んでいく。
あれはメルティのもうひとつの姿、竜身だ。
竜の幼体であるメルティは、竜と人間の両方の姿を取ることができる。
そして竜は、船で数日かかる海を、1日足らずで渡ることができる。
水に身体を溶け込ませて、隠れ潜むこともできるらしい。
メルティは今、その状態だ。
彼女は水中を高速移動している。
身体は水と一体化しているから、人目にもつかない。
水の生き物と会話をしながら、詳しい調査を行うことができるんだ。
「コーヤ=アヤガキさま……一体、なにをされているのですか……?」
「川の水を調査中です」
俺はカナール将軍に答えた。
将軍は納得したようにうなずいた。信頼してくれているからだろう。
その隣で少女カリナが、おびえたような顔をしている。
彼女は俺たちを警戒している。
だから、監視役にちょうどいい。
彼女の報告なら、黒熊領の高官たちも信じるだろう。
「……マスター。メルティさまの魔力が近づいてくるの」
ティーナが、俺の耳元でささやいた。
調査が終わったらしい。
しばらくすると水底に影が現れて──
「…………ぷはっ。いま戻ったわよ」
人の姿になったメルティが姿を現した。
俺は身体を拭くための布を手渡す。
それを手にした、メルティは樹木の反対側に。
身体を拭いたり、水着を絞ったりしながら報告をはじめる。
「灰狼の川もそうだったけど、黒熊の川も水はきれいね。水量も豊富だし、人々が川に沿って町や村を作るのもわかるわ」
「メルティはどこまで行ってきたんだ?」
「山にある源流の近くまでよ。川は枝分かれしてたけど、通れそうなところは全部見てきたわ」
川の支流まで確認してきたらしい。
さすがは竜王の娘だ。
「結論から言うわね。上流に、怪しい場所を見つけたわ」
「地図のどのあたりだ?」
「ん。ちょっと待ってね」
服を着たメルティが、こっちに来る。
彼女が指さしたのは川の上流──山の近くだった。
「地図には町や村が書かれていないわよね? なのに、河原には大きな焚き火の跡があったの。それと、川の岩にたくさんの衣類が引っかかっているのが見えたわ。洗濯物を洗って、流されちゃったみたいね」
「わかった。カナール将軍に確認してみる」
俺は、将軍とカリナのところに移動した。
ふたりに地図を示して、たずねる。
「このあたりに大勢の人がいた痕跡があったそうです。ですが、地図には、町や村が書かれていません。なのに、人が多くいるのは不自然です。ここから距離がありますが、行ってみる価値はあるかと」
「…………」
「…………」
「将軍? カリナさん?」
「…………魔王。い、いえ、アヤガキさま」
黒熊侯の庶子のカリナは、震える声で、
「あなたは本当に、調査を行ったのですか?」
「しましたが?」
「30分しか経っていないのですよ!!」
「お気持ちはわかります」
「……え?」
「監視役ならば、疑うのは当然ですから」
少女カリナには責任感がある。
表情を見ればわかる。彼女は、俺たちにおびえている。
なのに貴族の娘として、自分の役目を果たそうとしている。
それはすごいことだと思う。
そういう人なら信頼して、一緒に仕事ができると思うんだ。
「監視役ですからね。言葉だけでは信用してもらえないですよね。わかります。カリナさんは、そういうお仕事をしているんですから」
「そ、そうなのですが……」
「では、現場を確認に行きましょう」
「地図の場所……山の中にですか」
「山の中にです」
「……あなたは、私たちに無駄足を踏ませるつもりですか?」
少女カリナは疑わしそうな口調で、
「……あなたがカリナの監視下にある間に、次の被害者が出れば、あなたの疑いは晴れます。もしかして、それを待っているのでは……。だからカリナたちに時間を使わせようと!?」
「俺は魔王ですけど、人間の味方です」
「……そ、それは、カナールから聞いていますけれど」
「俺は灰狼侯爵家の客人でもあります。灰狼の人たちは黒熊領との交易を望んでいます。だから俺は、黒熊領が落ち着いた状態でいて欲しい。それだけです」
「…………え、えと。えっとえっと」
「疑うなら現場を見てください。あなた自身の目で」
「わ、わかりました。では、参りましょう。地図の場所までは2日はかかります! まずは馬の手配を……」
「確認に行くということでいいですね?」
「は、はい。一刻も早く、事件を解決しなければ」
「わかります。カナール将軍も、一緒に移動するということでいいですか?」
「かまいません。早く民を安心させたいのは、私も同じで──」
うなずいた将軍は、はっ、と顔を上げて、
「まさか、コーヤ=アヤガキさまは……民の危機に駆けつけてくださったときの魔法を……!?」
「はい。飛んでいきます」
俺は答えた。
「それじゃ、ティーナ。用意を」
「はいなの。マスター」
「精霊たちも、手を貸してくれ」
俺は上着の裾を、ティーナとメルティはスカートを揺すった。
「「「お呼びですか!? お呼びですね────っ!?」」」
元気のいい声とともに、服の中から精霊たちが現れる。
黒熊領の人たちをおどろかせないように隠しておいたんだ。
「それでは、急いで現場に向かいましょう。将軍もカリナさんも、それでいいですね?」
「…………やむを得ませんな」
「カリナに異存はありません」
許可は得た。
ふたりとも早く事件を解決して、人々を安心させたいと思っている。
大急ぎで移動しても問題ないな。
「ティーナ。精霊たち。集団魔法を使ってくれ」
「了解なの! せーの!!」
「「「『アルティメット・フライ』!!」」」
『アルティメット・フライ』は高速飛行用の魔法だ。
円錐形のバリアに包まれた状態で、高速飛行することができる。
そして、俺とティーナとメルティは現地に向かった。
「────」
「…………きゅぅ」
静かになってしまった将軍とカリナを連れて、最高速度で。




