第50話「ランドフィア王家の出来事(3)」
──王都にて──
「『聖女』の力で、生命力を活性化させる魔法を使いました。意識が戻るかどうかは、陛下の体力とお気持ち次第です」
聖女のジョブを持つ女性は人々に報告した。
ここは、ランドフィア王国の王宮。
その最奥にある会議室だ。
部屋には、4人の人物がいる。
王女ナタリア。
王子ジュリアン。
魔法使いのダルサール。
そして、異世界から来た聖女、カザネ=ムラクモだった。
「私にできるのはこれくらいです。力不足をお詫びします」
「とんでもない。カザネどのには感謝するばかりだ」
ジュリアンは会釈して、
「父の顔色もよくなっている。希望はある。それだけで十分だ」
「ありがとうございます。ジュリアンさまに恩返しができて、よかったたです」
聖女カザネとジュリアンが話をするのは、初めてではない。
彼女が金蛇侯爵領に行くことが決まったときに、侯爵家の者からジュリアンを紹介されている。
そのときにジュリアンは約束したのだ。いつか、カザネの『首輪』を外すと。
「それで……お願いしていたことは、どうなりますか?」
「カザネどのは王陛下の治療に協力する。その報酬として、我らはあなたの『首輪』を外す、だったな?」
「はい。それと、もうひとつあります」
「わかっているよ。あなたの親友と会わせてさしあげる」
「ありがとうございます。ジュリアンさま」
「異世界に来てまで親友を大事にする。感心なことだ」
「私はもとの世界で……家族との縁が薄かったですから」
不意に、カザネの表情が翳る。
涙をこらえるように、彼女は、
「父は……私と母を愛しませんでした。表面的には良き父を演じながら……父はずっと、別の人に思いを寄せていたのです。それがわかったのは、父が死の床についてからでした。父は私と母をずっと裏切って、だましていたんです。だから私は……父の姓を捨てました」
カザネの声は、震えていた。
「全部、嘘だったのです。父が私にくれた言葉も、優しい顔も。だからこそ父は……私や母以外の者にも遺産を与えようとしたのでしょう。私はもう、父のことを思い出すのも嫌なのです。元の世界に帰りたくも……ありません」
「辛い目に遭っていたのだな」
「いいえ。王家の方々のご苦労に比べれば、たいしたことはありません」
いたわるような表情のジュリアンを見てから、カザネは涙をぬぐう。
それからまた、一礼して、
「ただ……私は父のことも、攻撃的になってしまった母のことも、考えたくないだけです。私にとって大切なのは、親友のみぃちゃん……ミナ=ミサカだけです。ですから彼女には、私の側にいて欲しいんです」
「わかった。手配しよう。それでミナ=ミサカの『首輪』はどうする?」
「王家の方々のご判断にお任せします」
「よろしいのか?」
「召喚された者が、わがままを言うわけにはいきませんから」
「謙虚なところが好ましいな。そうではありませんか。姉上」
ジュリアンは姉のナタリアに視線を向ける。
「やはり聖女は格が違う。他の異世界人もカザネどのを見習えばよいのだ。特に、精霊王だの魔王だとの名乗るあの者もな。奴は妙な知恵を働かせて……我々に迷惑をかけて……」
「精霊王で魔王? 私と同じ、異世界人の方がですか?」
「ああ。そうです。高貴な血を引いているなどと言って──」
「そこまでにしなさい。ジュリアン」
ナタリアが声をあげた。
「余計なことを教えるべきではないでしょう?」
「申し訳ありません。私が悪いのです。王女殿下」
聖女カザネが床に膝をつく。
「私が興味本位でたずねたのがいけないのです。ジュリアンさまに責任はありません。お叱りは、私に」
「怒ってはいません。それより、聖女カザネ」
「はい。ナタリア殿下」
「離宮にあなたの部屋を用意しました。陛下の治療が終わるまでの間、そこで暮らすといいでしょう。あなたには感謝しています。不自由はさせないつもりです」
「ありがとうございます。みいちゃん……いえ、ミナ=ミカサは」
「彼女の部屋も用意してあります」
「感謝します。それと……先にお詫びを申し上げておきます」
「詫び?」
「ミナちゃんは不器用な子で……ついつい、雑な口の利き方をすることがあるんです。そうなったとしても許してあげて欲しいのです。かわりに、私が一生懸命働きますから」
「貴女は友人思いなのですね」
「彼女は、私にとって大切な存在ですから」
「わかりました。貴殿の懸念は皆に伝えておきましょう。それと、あなたにはもうひとつ聞きたいことがあります」
「はい。ナタリア殿下」
「あなたはどのような未来を望みますか?」
ナタリアの問いは、短かった。
カザネ=ムラクモは聖女だ。
ランドフィア王国にとって聖女は、特別な意味を持つ。
かつて存在したという聖女キュリアは、初代王アルカインの友であり、助言者でもあった。
それと同じジョブを持つカザネは、まわりから尊敬される存在になるだろう。
ましてカザネは、リーナス王の治療役でもある。
いずれ金蛇侯爵領に戻った彼女は、より大きな存在となる。
異世界人としては例外的な、高い地位につくことだろう。
そんなカザネがどんな未来を望むのか、ナタリアは気になったのだ。
「私が望むのは、優しい家族を作ることです」
カザネの答えも、シンプルだった。
「おたがいが支え合い、決して傷つけ合うことも、怒りをぶつけることもない家族を作りたいのです。優しくて……尊敬できる方と一緒に。私の願いはそれだけです」
一瞬、カザネの視線がジュリアンの方を向いたのを、ナタリアは見逃さなかった。
ジュリアンもまた、カザネに視線を送っている。
王族と異世界人の婚礼は、特に禁止されてはいない。
異世界人が召喚されるのは100年に一度だ。
その際に王家の者と異世界人が恋に落ちることは、これまではなかった。
だが、ジュリアンとカザネを見ていると、なにかがひっかかる。
考えすぎだとは思っている。
今は非常時だ。王陛下のことも、魔王への対処のこともある。
これ以上、問題を増やすべきではない。
ジュリアンもそれくらいはわかっているはずだ。
「優しい家族を持つことですか。叶うとよいですね」
「はい。王女殿下」
おだやかな笑みを浮かべたまま、聖女カザネは答える。
「私は……決してこわれない、優しい家族を望みます。支え合い、守り合い……家族を傷つけた者を決して許さない。そんな、強いつながりを持つ家族を」
うやうやしい口調で、聖女カザネはそんなことをを宣言したのだった。
──その後、ナタリア王女は──
「魔法使いダルサールに命じます。聖女カザネに監視をつけなさい」
「監視を?」
「聖女には侍女をつけることになっていましたね?」
「はい。ジュリアンさまがご手配を」
「その中に、お前の部下を紛れ込ませなさい」
「承知いたしました。ですが、そこまでする必要があるのですか?」
「……なにが言いたいのですか?」
「聖女の侍女はジュリアンさまが厳選した者たちです。監視役としては十分では?」
「ジュリアンの目は曇っています。少なくとも、聖女に対しては」
それは、彼の顔を見ればわかる。
ジュリアンは聖女に、私的な感情を向けている。
そんな彼が選んだ侍女は、監視役としては不向きだろう。
「ナタリアさまは、聖女カザネに王家への敵対の意思があると?」
「わかりません。ただ……あの者の表情は、妙に作り物めいて見えるのです」
確信はない。
けれど、彼女は自分の直感を信じている。
コーヤ=アヤガキのときもそうだった。
王宮で彼と話をしたときに、ナタリアは違和感をおぼえた。最低ランクの『門番』のジョブを持つあの者と話をしたいと感じた。
魔法使いたちの反対により叶わなかったが……今は後悔している。
あのとき、コーヤ=アヤガキと話をしていれば、彼の真の能力に気づけたかもしれない。彼を敵に回すことも防げたかもしれないのだ。
同じ間違いは、したくない。
ナタリアの直感は、聖女カザネを危険だと感じている。
彼女の笑顔が作り物で、仮面だと。
「ナタリア殿下は、あの聖女を警戒しておられると?」
「その通りです」
「ならば、国王陛下を治療はどうなさいますか? 聖女が信頼できない者ならば、国王陛下に近づけるのは危険ではないでしょうか?」
「陛下の治療には神官や魔法使いも同席しています。聖女に怪しい動きがあれば、取り押さえることもできましょう」
今、聖女をリーナス王から引き離すことはできない。
聖女の力より、リーナス王の体力は回復しつつある。
治療を中止すれば、ナタリアが批判を受けることになるだろう。
幸い、治療の場には神官と魔法使いが同席している。
聖女に怪しい動きがあれば、すぐにわかる。
「ですが、保険は必要です。聖女の『首輪』を外すのを先延ばしにしましょう」
それが、ナタリアの結論だった。
「聖女の願いは、『首輪』を外すことと、親友を呼び寄せることです。後の願いを優先的に叶えて、『首輪』を外すのは、陛下の治療をある程度続けたあとにいたしましょう」
「わかりました。それならば、聖女も納得するかと」
「ダルサールにはもうひとつ、頼みたいことがあります」
ナタリアは声を潜めた。
「ダルサールの部下で、隠密行動に長けた魔法使いがいましたね。その者に命じるのです。ジュリアンを監視するように、と」
「ジュリアン殿下をですか!?」
「できるでしょう?」
「できます。ですが、ジュリアン殿下に監視をつけたことが明るみにでたら──」
「私の評判が落ちることになりますね」
「はい。それでは次期王位を争う上で、ナタリア殿下が不利になるのでは?」
「次期王位のことは忘れましょう。今は、それどころではありません」
ナタリアは頭を振った。
「国が乱れるのを防ぐのが優先です。ジュリアンはなにをするかわかりません。父上という枷が外れたあの子が暴走しないように、歯止めが必要なのです」
「……承知いたしました。殿下」
「頼みます。ダルサール」
なにもなければ、いい。
王の病に、魔王──今の王国は、ふたつの大きな問題を抱えている。
これ以上、問題を増やしたくはない。
(──自重なさい。ジュリアン)
『王子王女は、戦って王位を勝ち取ってはならない』
ジュリアンは、この不文律を覚えているだろうか。
覚えていることを、望む。
王子と王女は、武器を取って争ってはならないのだ。
(そんなことになるくらいなら、私は──)
暗い決意を抱えたまま、ナタリアは執務に戻るのだった。
次回、第51話は、明日か明後日くらいに更新できたらいいな……と思っています。




