第49話「調査の打ち合わせをする」
「というわけだから、ちょっと黒熊領に行ってくる」
昼食の席で、俺はアリシアたちに言った。
事情は説明してある。
アリシアにはレイソンさんから、ティーナとメルティには、俺から伝えた。
ティーナと精霊たちが激怒しないように、軽い感じで。
「承知いたしました」
アリシアは立ち上がり、スカートの裾をつまんで、一礼。
「わたくしも黒熊領にご一緒いたします。灰狼侯の娘として、無礼者に厳罰を──いえ、コーヤさまの無実であることを、黒熊領の者たちにわからせましょう」
「いや、アリシアは留守番を頼む」
「え? ど、どうしてですか!?」
「同行者は2人までって決めたから」
黒熊領の中には、俺を恐れている者もいる。
俺が犯人だという噂が流れているのもそのためだ。
人々を威圧しないためにも、連れて行く人数は少ない方がいい。
黒熊領まで行くのは面倒だけど、仕事なんだからしょうがない。
俺は魔王をやるって決めた。だから魔王剣ベリオールを手に入れた。
だったら、疑いを晴らすのも仕事のうちだろう。
「ティーナは俺と一緒に黒熊領に行って欲しい」
「はい。わかりましたなの」
「あとひとりは……灰狼の防衛隊長のダルシャさんか、南の砦の指揮官のシャトレさんにお願いしようと思う」
黒熊領にはたぶん、怪しい連中が暗躍している。
となると、それなりの能力を持つ人たちを同行させた方がいい。
……今回の事件は、放置したらまずい気がする。
人間が消えていることにも、俺が犯人だって噂が流れていることにも、悪意を感じる。
王家か……あるいは他の者の意思で、誰かが暗躍しているのかもしれない。
放っておいたら、状況は悪化するだろう。
素早く調査して、消えた人々を見つけて、すぐに帰ってくる。それがベストだ。
ティーナと精霊たちの力を借りればできるはずだ。
「コーヤさん。あたしがついていったら駄目?」
不意に、メルティが手を挙げた。
「あたしは竜姫だから、水を操ることができるわ。力もそれなりにあるつもり。役に立てると思うんだけど……どうかな?」
「メルティが?」
「水中なら、あたしはすごい速度で移動できるわ。水に対する感覚も鋭いから、水質を調べることもできる。人間って、水をたくさん使う生き物よね? だったら、あたしの能力は調査の役にも立つと思うんだけど……」
「それは助かる。だけど、黒熊領には今、怪しい連中がいるんだ」
そいつらには痕跡も残さずに、村人たちを連れ去る能力がある。
戦闘になることもあり得る。
「メルティは竜王ナーガスフィアからの預かり物だ。怪我をさせたくない」
「父さまはあたしに『人間について学ぶように』って言ったわ。それは『安全なところでじっとしていなさい』って意味じゃないと思う」
メルティは、きっぱりと宣言した。
「あたしは、人間がなにを考えているのか、この世界がどうなっているかを知りたいの。自分の身は自分で守るつもりよ。コーヤさんがあたしを足手まといだと思ったら、置いていってくれてもいい。だからお願い。あたしも連れていって」
「……わかった」
「本当!?」
「ただし、俺やティーナの指示に従うこと。勝手なことはしないこと。いいかな?」
「約束するわ」
メルティは俺の前に膝をついた。
俺の手を捧げ持ち、自分の額に押し当てる。
「竜姫メルティの名において誓います。今回の役目に際して、メルティはコーヤ=アヤガキさまの命令に即座に従い、御身と主君としてあがめます。代わりに……」
メルティは顔をあげて、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「あたしに、コーヤさんのことを教えて」
「俺のことを?」
「うん。人間を知るためにも」
なるほど。
メルティは人間のことを学びに来た、いわば留学生だ。
黒熊領に同行するのは、人間について学ぶため。
だから人間のサンプルとして、俺のことを知りたいってことなんだろうな。
「わかった。いいよ」
「本当!?」
「竜王さまとの友好のためにも、メルティにはできる限りのことをするつもりだ」
「ありがとう。コーヤさん」
方針は決まった。
黒熊領に行くのは、俺とティーナとメルティの3人。
俺たちはカナール将軍が用意する監視役と一緒に、消えた人々を探す。
監視役が一緒にいる間に事件が起きれば、俺への疑いは消える。
俺たちが村人たちを見つけ出しても、同じだ。
「それじゃアリシア。留守番をよろしく」
俺はアリシアの方を見た。
「『不死兵』は置いていくよ。俺がいない間はアリシアの命令を聞くように指示をしておくから」
「承知いたしました」
アリシアは立ち上がり、俺に向かって一礼した。
「アリシア=グレイウルフは問題なく、留守居役を果たすことをお約束いたします」
「お願いするよ」
「ご一緒できないのは残念ですが、『不死兵』の管理をお任せいただいたのは光栄です。ご不在の間は『不死兵』をコーヤさまだと思いながら、夜を過ごすことといたします」
「頼む。『不死兵』は自由に使っていいから」
「『不死兵』を自由に? コーヤさまの分身を、わたくしの自由に?」
「ん? ああ。アリシアの判断で使っていい」
「わたくしの判断で……『不死兵』を自由に……」
アリシアはうつむいて、じっと考え込んでいる。
気持ちはわかる。
今は『不死兵』を農地開拓に使っている。
そのスケジュールを考えているんだろうか。
アリシアは紅潮した顔で、拳を握りしめている。
やる気十分だ。留守を任せても大丈夫だろう。
「アリシアにはもうひとつお願いがある」
俺はテーブルの上に羊皮紙を広げた。
カナール将軍にもらったものだ。
「これは……まさか……黒熊領の!?」
「ああ。黒熊領の地図だ。もっとも、領都のまわり空白になってるけど」
この地図は信頼の証として、カナール将軍がくれたものだ。
レイソンさんは『地図を他領の者に差し出すのは、よほどのことですな』と言っていた。
地図は戦争にも使える。
街道や町の位置がわかれば、攻め込むのは簡単だ。
カナール将軍がこれを渡したのは、今回の事件が重要なものだと考えているからだろう。
謎の人さらいを放置すれば、黒熊領は荒れる。
黒熊侯が不在の今、民がパニックになれば、収拾がつかなくなる。
そんな事態を招くくらいなら、俺たちに地図を渡して、領内を調べてもらった方がいいと、カナール将軍は考えたのだろう。
「これを見ながら、調査方法を決めよう。アリシアの意見も聞かせてくれ」
「承知しました! それで……コーヤさま」
「うん?」
「お隣に行っても……よろしいですか?」
そう言ったあと、アリシアは慌てたように、
「も、もちろん、他意はございません。打ち合わせをするには、地図を同じ方向から見た方がいいと思っただけです!! その方が、よりよい相談ができます! それだけなのです!!」
「う、うん。わかった」
「それでは……失礼します」
アリシアは椅子を手に、俺の隣にやってくる。
それを、俺の椅子とぴったりくっつけてから、腰掛けた。
「では地図を見ながら、打ち合わせをいたしましょう」
「よろしく。アリシア。それで、事件があったという町だけど……」
俺は地図の一点を指さした。
「…………はうっ」
アリシアの身体が震えた。
「どうした? アリシア」
「な、なんでもありません。コーヤさまが地図を指さされたときに……腕が……首輪に触れただけです」
「あ、ごめん。もうちょっと離れた方がいいか」
「いえいえ! いえいえいえいえいえいえ!!」
ぶんぶん、と、首を振るアリシア。
「時間がございません。このまま進めましょう」
「そう?」
「では、もう一度指さしてくださいませ。事件が起きた村は…………」
「あ、そうだ。ティーナとメルティも地図を頭に入れておいてくれ」
「わかったの」
「はい。コーヤさん」
「では、おふたりも椅子をこちらに。あ、わたくしとコーヤさまの左右から……はい、そうです。もう少し詰めていただけると……い、いえ。腕が首輪に触れるのは気になさらなくて結構です。まったく問題ありません。わたくしは……まったく問題ないです……ので」
そんな感じで俺たちは、黒熊領を調査する準備を進めたのだった。
次回、第50話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




