第48話「黒熊領の将軍から相談を受ける」
──数日後──
「レイソン侯とコーヤ=アヤガキさまにお願いががございます」
灰狼侯の屋敷に、黒熊侯爵領のカナール将軍がやってきた。
黒熊領で船を借りて、金蛇侯爵家に使者を送った数日後のことだった。
「実は、黒熊領で奇怪な事件が起きておりまして」
「奇怪な事件とは?」
「町や村から……人が消えているのです」
カナール将軍は深刻な表情で、そんなことを言った。
「消えた? 魔物に襲われたのではなく、ですか?」
この世界では魔物が町や村に近づいて、人を襲うことがある。
レイソンさんが指摘したのは、そういうことなんだろう。
「おそらくは、違うでしょう」
カナール将軍は首を横に振った。
「めったにないことではありますが……魔物が町に入り込むことはあります。ただし、その場合は魔物が扉を破壊したり、家の中で暴れた跡があるはずです。襲われた人々の血の痕も残っているはず。ですが、そのような痕跡はないのです」
「人々が煙のように消えた、と?」
「……はい」
黒熊領は『デモーニック・オーガ』の襲来により、ダメージを受けた。
今は人々が協力して、町や村を再建中だ。
町や村には兵士たちが常駐している。
なのに、その町や村から、人が消えた。
兵士たちに気づかれることもなく、数人──あるいは、十数人という規模で。
「お話はわかりました。それで、私やコーヤどのに相談というのは?」
「できれば……コーヤ=アヤガキさまに、調査に協力していただきたく……」
カナール将軍は口ごもった。
「私としては、コーヤ=アヤガキさまに黒熊領に来ていただきたいのです。そして、私と一緒に事件の調査を行って欲しいのです」
「俺が? どうしてですか?」
「実は……コーヤ=アヤガキどのを疑っている者がいるのです」
うつむくカナール将軍。
「今回の事件は奇妙です。人々は、痕跡も残さずに消えております。そのようなことは普通の人間にはできません。ならば……精霊王であり、魔王であるコーヤ=アヤガキさまが、民が消えた件に関わっているのではないかと」
「……ほほぅ?」
レイソンさんの眼光が鋭くなる。
「もう一度おっしゃっていただけますかな? カナールどの。誰を疑っていると?」
「……レイソン侯」
「誰が人さらいですと? 誰を疑っていると? 私の目を見て、はっきりと言っていただきましょうか!?」
「疑っているのは私ではありません。私が大恩あるコーヤ=アヤガキさまを疑うなどありえません!! この命に賭けて誓います!!」
「ですが、疑っている者は存在するのでしょう!? ならば、私が黒熊領に参ります。灰狼侯としてコーヤどのの無実を訴えましょう!」
レイソンさんが立ち上がる。
「黒熊領で人が消えた? それにアヤガキどのが関わっている? ふざけないでいただきたい!! 灰狼の恩人であり、我が主君でもある方が、そのようなことに関わるはずがないではありませんか!!」
「わかっております! わかっておりますから!!」
「落ち着いてください。レイソンさん!」
「私は落ち着いております」
まったく落ち着いていない口調で、レイソンさんは言う。
「落ち着いているからこそ、私のところで話をとどめているのです。我を忘れているようでしたら、大声をはりあげて、この場にティーナさまと、精霊さまたちを呼んでいたでしょう」
「それは……」
大惨事になるだろうな。
話を聞いたティーナと精霊たちは黒熊領に飛んでいくだろう。
それから……黒熊領の人たちをつかまえて、『どうしてマスターが犯人だと思ったの!?』と、片っ端から問い詰めるだろう。
それは、かなりまずい。
だけど、黒熊領で起きている事件を放置するわけにもいかない。
──黒熊侯がいなくなった黒熊領で事件が起こっていること。
──その犯人が、俺だという噂が流れていること。
これには誰かの悪意を感じる。
「わかりました。黒熊領に行きます」
放置していたら、『コーヤ=アヤガキが犯人』という噂が確定するかもしれない。
そうなったら、灰狼領と黒熊領の関係も悪化する。
俺は灰狼領の住人で、灰狼侯の客人なんだから。
「もちろん、俺ひとりが黒熊領で動き回っていたら、人々が警戒するでしょう。だから監視役をつけてください。その人と一緒に調査して、結果を報告すれば、黒熊領の人たちも信用してくれるのでは?」
「コーヤ=アヤガキさまに申し上げます」
「あ、はい」
「繰り返しになりますが、私は、あなたを信頼しております」
カナール将軍は深々と頭を下げた。
「私の部下や多くの民は、あなたが『デモーニック・オーガ』を倒した姿を見ております。コーヤ=アヤガキさまは『人の味方である魔王』です。黒熊領に住む者の大多数は、あなたの味方です」
「ありがとうございます」
「あなたを疑っているのは、本当に、一部の者たちだけなのです。それを抑えられないのは、やはり……黒熊侯爵が不在だからでしょう」
黒熊侯ゼネルスは王都で療養中。
あいつが戻ってくるのか、引退するのかも不明だ。
侯爵位がどうなるのかを王都に問い合わせても、まともな回答は得られていない。
「今の黒熊領は領主が不在で、先のこともわからない状態です。だから、民も不安に思っているのでしょう」
カナール将軍はため息をついた。
「私としては一日も早く、新たな黒熊侯が来てくれることを願うだけです。広い心を持ち、民を愛し、私たちにとって尊敬できる方が……」
カナール将軍は、ちらちらとレイソンさんを見ている。
本当なら、レイソンさんに黒熊領を治めてほしいんだろうな。
黒熊領が『デモーニック・オーガ』に襲われたとき、レイソンさんは民を安全な場所へと導こうとした。他領の貴族なのに、必死に民を守ろうとした。
貴族には、民を守る義務がある──そう宣言して。
そのことをカナール将軍は知っている。
将軍にとってレイソンさんは、理想の領主なんだ。
もちろん、レイソンさんが黒熊領を治めるのは無理だ。
レイソンさんは灰狼領の領主なんだから。
まあ……灰狼領と黒熊領が合併するなら、可能かもしれないが。
あるいは灰狼侯をアリシアが継いで、レイソンさんが黒熊侯に……というやり方もある。
ただ、王家は絶対に認めないだろうな。
灰狼侯爵家が巨大な領地を得ることになるんだから。
「俺はすぐに黒熊領に向かいます」
俺は宣言した。
「その上で、監視役の目の前で調査を行います。その間に村人が消える事件が起これば、俺は無関係だと証明できるでしょう。協力してください。カナール将軍」
「承知いたしました」
将軍はまた、深々と頭を下げた。
「黒熊領のためにお力をお貸しくださることに感謝します。このカナールは一命を賭して、コーヤ=アヤガキさまに協力させていただきます。人の味方であり、尊敬できる魔王さまのために」
こうして俺は調査のために、黒熊領に向かうことになったのだった。




