表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/96

第47話「侯爵令嬢と精霊姫と竜姫、話し合う」

 ──その夜、アリシアの部屋で──




「どうすれば人間と恋ができるか、教えて欲しい」


 アリシアの部屋にやってきたメルティは、そんなことを言った。

 メルティの後ろには、ティーナがいる。


「アリシアさんなら、人間っぽい恋のやりかたを知ってるわよね? ティーナさんも……精霊は人間との付き合いが長いからわかると思う。ふたりの意見を聞かせて欲しいのよ」

「承知しました。どうぞ中へ」

「うん。失礼するわね」

「失礼するの」


 アリシアは、ふたりを部屋に招き入れる。

 それから、ベルを振り、メイドを呼ぶ。

 3人分のお茶を用意してもらった後で、『次に呼ぶまで、部屋には近づかないように』と念を押す。


 これからはじまるのは侯爵令嬢(こうしゃくれいじょう)精霊姫(せいれいひめ)竜姫(りゅうき)による密談(みつだん)だ。

 他人には聞かれない方がいい。

 そう思って、アリシアは人払(ひとばら)いをしたのだった。


「まずは、お茶をどうぞ」


 ふたりにお茶を(すす)めてから、アリシアは椅子(いす)に腰を下ろした。


「メルティさまの質問は『どうすれば人間と恋ができるか』ですよね?」

「うん。あたしは……封印(ふういん)されるまでは13年くらいしか生きてないし、人間のこともよく知らないから、アリシアさんとティーナさんに教えてもらおうと思って」

「その前にひとつ、うかがいたいことがあります」


 アリシアは真剣な口調で、


「メルティさまは本当に……人間と恋をしたいのですか?」

「……わからないわ」


 メルティはお茶を飲んでから、首を横に振った。


「でも、人間を知るためには、そうした方がいいでしょ?」

「成体になっても人間の姿でいるには、人間と恋をする必要があるからですね?」

「うん。お前が望むならそうした方がいいって、お父さまは言ってた」

「竜には、そういうルールがあったの……?」


 ティーナには初耳だったのだろう。

 彼女はおどろいた表情で、メルティを見つめている。


「だから、あたしは恋を知りたいの」


 メルティは真面目な表情で、宣言(せんげん)した。


「だから教えて。アリシアさんがどんな恋をしてるのかを」

「で、ですが……わたくしはまだ、コーヤさまとは……」

「コーヤさんのことは言ってないけど?」

「…………」

「…………」

「しゅ、主君ですから! コーヤさまはわたくしにとって、一番近い存在ですから!!」


 ()きだしかけたお茶を飲み込み、アリシアは声をあげる。


「コーヤさまは、わたくしに一番近い存在なのです! だからお名前が出てしまっただけです! わたくしが側にいたいのはコーヤさまだけですので! むしろ、コーヤさま以外の男性は目に入りませんので!!」

「そ、そうなんだ?」

「けれど、恋をしているのとは、違うと思います」


 アリシアは部屋着の胸を押さえて、深呼吸。

 それから、細い首を飾る『首輪』に触れた。


「わたくしはコーヤさまの臣下(しんか)です。そのことは、常に自覚しております」

「アリシアさんにとってコーヤさんは主君で、恋をする相手じゃないってこと?」

「それはさておき」

「……うん?」

「わたくしはコーヤさまの臣下です。コーヤさまに毎晩『首輪』を着けていただいているのも、それを自覚するためでもあります」


『首輪』の機能は、すでに停止している。

 だからアリシアは毎晩お風呂に入る前に、『首輪』を外す。

『首輪』と自分をお風呂場で洗ったあとで、コーヤのもとへ向かう。

 そうして彼に、首輪をつけなおしてもらうのが、アリシアの日課だ。


「コーヤさまに『首輪』をつけていただくことで、わたくしは常に、背中が(ふる)えるような緊張感(きんちょうかん)を覚えております。わたくしがコーヤさまの臣下であり、コーヤさまに使っていただくものであることを自覚しているのです。これは、臣下としての覚悟です」

「人間って難しいのね……」

「無論、コーヤさまがわたくしを望まれるなら……別の話ですが」


 ただ、自分がコーヤにふさわしいとは限らない。

 仮にそうじゃなかったら、コーヤに恥をかかせることになる。


 だから、試して欲しい。

 アリシア=グレイウルフが、精霊王であり魔王であるコーヤ=アヤガキにふさわしいかどうかを。思いつく限りの方法で。

 アリシアを、コーヤの望むがままにして欲しい。

 そうすればアリシアも幸せになるし、コーヤも安心してアリシアを側に置けるわけで──


「………………」

「アリシアさんアリシアさん」

「しっかりしてくださいなの。アリシアさま!」

「…………はっ!?」


 アリシアは(われ)(かえ)った。


「ぼーっとしていたけど、大丈夫? アリシアさん」

「熱でもあるの?」

「だ、大丈夫です。大丈夫ですから」


 指先で『首輪』に触れながら、アリシアは答える。


 アリシアは、自分が遠くに行っていたような気がした。

 そこはふわふわして、心地よい場所だった。

 ただ、一度そこに入ってしまったら戻れない。そんなふうに思えた。


「お話を続けましょう。人間にとっての、恋のお話でしたね」


 アリシアは、ふぅ、と、熱い息を吐いてから、


「わたくしは今のところ、恋愛経験はございません。お役に立てずに申し訳ありません」

「そっか。じゃあ、ティーナさんは?


 メルティはティーナの方を見た。


「精霊は人間との付き合いが長いのよね?」

「うーん。ティーナも、生まれてから15年くらいしか経ってないの。ただ……恋の話は、お父さまから聞いたことがあるの」

「精霊王のジーグレットさまに?」

「ティーナのお母さまは、人間だったから」


 精霊王ジーグレットは、自分をあがめる人間の少女と恋をした。

 そうして、ティーナが生まれた。


 ティーナは精霊と人間のハーフだけれど、その()(かた)は精霊そのものだ。

 だから若いまま、年老いて死ぬ母親を見送るはずだったのだけれど──


「お母さまが若いうちに、ティーナとお父さまは初代王アルカインに封印(ふういん)されてしまったの。200年の眠りのなかで、お父さまは、お母さまと会えなくなってしまったことを悔やんでた。だからきっと……お父さまは封印されたまま、消えるつもりだったの」


 ジーグレットが、精霊たちに魔力を分け与えていたのは、たぶん、そのためだ。


 人間は200年も生きられない。

 だから、もう、ティーナの母は死んでいる。

 そのことに気づいたジーグレットは、自分の魔力を分け与えることで精霊たちを生かすことにした。その結果、自分が消えたとしても構わなかった。

 それは、愛する妻のあとを追うことを意味するのだから。


「でも、マスターがティーナたちを目覚めさせてくれたでしょ? それでお父さまは、この世界に希望を見たの。ティーナのお母さまが愛したこの世界の行く末を見たくなったの。魔力回復のための眠りについたのは、きっと、そのためなの」

「……そんな事情があったのですね」

「……精霊と人間の恋。なんだか……胸がきゅんきゅんするわね」


 アリシアとメルティは感動したように、ティーナの話を聞いていた。


「きっと、お父さまなら、メルティさんの質問に答えられたと思うの。でも……ティーナは……」


 ティーナは、カップに映る自分の姿を見つめながら、


「ティーナは、たぶん、誰かと恋をすることはないと思うの」

「どうしてですか?」「どうして?」

「精霊にしては(むね)が大きすぎて、不格好(ぶかっこう)だからなの」


 ティーナは言った。

 部屋の空気が、(こお)()いた。


 それに気づかず、ティーナは続ける。


「精霊たちを見るとわかると思うんだけど……精霊は基本的に胸が小さいの。ないと言っても過言(かごん)ではないの。でもティーナは……お母さまの影響で、胸がおっきいの。精霊としては不格好なの。だから──」


 ──マスターに(はだか)を見られるのが、恥ずかしいと思ってしまった。


 マスターは精霊王。

 精霊王だから、父であるジーグレットと似た存在。ティーナの主君。

 なのにティーナは彼の前に、すべてをさらけだすことができない。


 それはきっと──


「ティーナが、正しい精霊の姿をしていないからなの。そうじゃなかったらマスターの前で、生まれたままの姿でいられたはずなの。なのに……勇気が出ないの。こんなティーナには、恋なんてできないと思うの」

「ティーナさま」

「ん?」

「時間をみつけて、わたくしとお話をいたしましょう。ティーナさまには申し上げたいことがたくさんあります。できれば一晩(ひとばん)……いえ、二晩(ふたばん)でも語り明かしましょう。ティーナさまのすばらしさを。わたくしがどれほど、ティーナさまをうらやましいと思っているのかを」

「あ、あの。アリシアさま。目が怖いの」

「……申し訳ございません。つい……」


 アリシアはこほん、とせきばらい。

 それから彼女は、メルティの方を見て、


「というわけです。メルティさま。申し訳ありませんが、わたくしとティーナさまでは、人間の恋についてお教えすることはできないかと……」

「そうなんだ。うん。わかったわ」


 メルティはふたりに向かって、深々と頭を下げた。


「でも、ありがとう。ふたりの話が聞けてよかったわ」

「いえいえ」

「ティーナも話を聞いてもらえて、うれしいの」

「あとは、コーヤさんに話を聞くだけね」


 メルティは無邪気(むじゃき)な表情で、そんなことを言った。

 アリシアとティーナが、目を見開いた。


「……お言葉ですが、メルティさま。コーヤさまに恋の話を聞くのは、おやめになった方が」


 アリシアは緊張した声で、


「わたくしが申し上げるのも心苦しいのですが……コーヤさまはもといた世界で、ご家族の恋愛が原因のトラブルに巻き込まれたようなのです」


 コーヤの両親は大恋愛の後で、別れた。

 だからコーヤは父親の顔も知らなかった。


 なのに両親の死後、彼らの大恋愛が原因で、トラブルに巻き込まれた。

 具体的には父親の配偶者(はいぐうしゃ)が職場に押しかけてきて、コーヤは職を失った。

 その後もコーヤの父親の配偶者は、コーヤのアパートにまでやってきて、暴言(ぼうげん)()いた。


 そんな話を、アリシアとティーナは聞いていたのだった。


「詳しい事情を申し上げるわけにはいかないのですが、コーヤさまに恋愛相談をするのは……」

「おすすめしないの……」

「なるほど。うん。わかったわ」

「わかってくださいましたか」

「よかったの」

「……そっか、人間の恋って、大きなトラブルを生むこともあるのね」


 メルティは胸を押さえた。


 人間たちの、恋によるトラブル。

 それによって傷を受けた、コーヤ。


 竜姫(りゅうき)の彼女にはわからないできごとに、思いをはせているようだった。


「そうよね。人間だって、色々な苦労があるのよね。よくわかったわ。ありがとう。アリシアさん、ティーナさん」


 メルティは、アリシアとティーナの手を(にぎ)った。


「あたしが恋をするためには……人間のことを、もっと知らなきゃいけないのね」


 それが、メルティの結論だった。


 竜姫のメルティは、人間を知らない。

 恋をする前に、まず、人間のことをもっと知るべき。


 そして──メルティが、今一番、知りたい人間は──


「……うん。これからの方針が決まったような気がする」


 アリシアとティーナの手を、ぶんぶん、と振りながら、メルティは心からの感謝を口にしたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ