第47話「侯爵令嬢と精霊姫と竜姫、話し合う」
──その夜、アリシアの部屋で──
「どうすれば人間と恋ができるか、教えて欲しい」
アリシアの部屋にやってきたメルティは、そんなことを言った。
メルティの後ろには、ティーナがいる。
「アリシアさんなら、人間っぽい恋のやりかたを知ってるわよね? ティーナさんも……精霊は人間との付き合いが長いからわかると思う。ふたりの意見を聞かせて欲しいのよ」
「承知しました。どうぞ中へ」
「うん。失礼するわね」
「失礼するの」
アリシアは、ふたりを部屋に招き入れる。
それから、ベルを振り、メイドを呼ぶ。
3人分のお茶を用意してもらった後で、『次に呼ぶまで、部屋には近づかないように』と念を押す。
これからはじまるのは侯爵令嬢と精霊姫と竜姫による密談だ。
他人には聞かれない方がいい。
そう思って、アリシアは人払いをしたのだった。
「まずは、お茶をどうぞ」
ふたりにお茶を勧めてから、アリシアは椅子に腰を下ろした。
「メルティさまの質問は『どうすれば人間と恋ができるか』ですよね?」
「うん。あたしは……封印されるまでは13年くらいしか生きてないし、人間のこともよく知らないから、アリシアさんとティーナさんに教えてもらおうと思って」
「その前にひとつ、うかがいたいことがあります」
アリシアは真剣な口調で、
「メルティさまは本当に……人間と恋をしたいのですか?」
「……わからないわ」
メルティはお茶を飲んでから、首を横に振った。
「でも、人間を知るためには、そうした方がいいでしょ?」
「成体になっても人間の姿でいるには、人間と恋をする必要があるからですね?」
「うん。お前が望むならそうした方がいいって、お父さまは言ってた」
「竜には、そういうルールがあったの……?」
ティーナには初耳だったのだろう。
彼女はおどろいた表情で、メルティを見つめている。
「だから、あたしは恋を知りたいの」
メルティは真面目な表情で、宣言した。
「だから教えて。アリシアさんがどんな恋をしてるのかを」
「で、ですが……わたくしはまだ、コーヤさまとは……」
「コーヤさんのことは言ってないけど?」
「…………」
「…………」
「しゅ、主君ですから! コーヤさまはわたくしにとって、一番近い存在ですから!!」
噴きだしかけたお茶を飲み込み、アリシアは声をあげる。
「コーヤさまは、わたくしに一番近い存在なのです! だからお名前が出てしまっただけです! わたくしが側にいたいのはコーヤさまだけですので! むしろ、コーヤさま以外の男性は目に入りませんので!!」
「そ、そうなんだ?」
「けれど、恋をしているのとは、違うと思います」
アリシアは部屋着の胸を押さえて、深呼吸。
それから、細い首を飾る『首輪』に触れた。
「わたくしはコーヤさまの臣下です。そのことは、常に自覚しております」
「アリシアさんにとってコーヤさんは主君で、恋をする相手じゃないってこと?」
「それはさておき」
「……うん?」
「わたくしはコーヤさまの臣下です。コーヤさまに毎晩『首輪』を着けていただいているのも、それを自覚するためでもあります」
『首輪』の機能は、すでに停止している。
だからアリシアは毎晩お風呂に入る前に、『首輪』を外す。
『首輪』と自分をお風呂場で洗ったあとで、コーヤのもとへ向かう。
そうして彼に、首輪をつけなおしてもらうのが、アリシアの日課だ。
「コーヤさまに『首輪』をつけていただくことで、わたくしは常に、背中が震えるような緊張感を覚えております。わたくしがコーヤさまの臣下であり、コーヤさまに使っていただくものであることを自覚しているのです。これは、臣下としての覚悟です」
「人間って難しいのね……」
「無論、コーヤさまがわたくしを望まれるなら……別の話ですが」
ただ、自分がコーヤにふさわしいとは限らない。
仮にそうじゃなかったら、コーヤに恥をかかせることになる。
だから、試して欲しい。
アリシア=グレイウルフが、精霊王であり魔王であるコーヤ=アヤガキにふさわしいかどうかを。思いつく限りの方法で。
アリシアを、コーヤの望むがままにして欲しい。
そうすればアリシアも幸せになるし、コーヤも安心してアリシアを側に置けるわけで──
「………………」
「アリシアさんアリシアさん」
「しっかりしてくださいなの。アリシアさま!」
「…………はっ!?」
アリシアは我に返った。
「ぼーっとしていたけど、大丈夫? アリシアさん」
「熱でもあるの?」
「だ、大丈夫です。大丈夫ですから」
指先で『首輪』に触れながら、アリシアは答える。
アリシアは、自分が遠くに行っていたような気がした。
そこはふわふわして、心地よい場所だった。
ただ、一度そこに入ってしまったら戻れない。そんなふうに思えた。
「お話を続けましょう。人間にとっての、恋のお話でしたね」
アリシアは、ふぅ、と、熱い息を吐いてから、
「わたくしは今のところ、恋愛経験はございません。お役に立てずに申し訳ありません」
「そっか。じゃあ、ティーナさんは?
メルティはティーナの方を見た。
「精霊は人間との付き合いが長いのよね?」
「うーん。ティーナも、生まれてから15年くらいしか経ってないの。ただ……恋の話は、お父さまから聞いたことがあるの」
「精霊王のジーグレットさまに?」
「ティーナのお母さまは、人間だったから」
精霊王ジーグレットは、自分をあがめる人間の少女と恋をした。
そうして、ティーナが生まれた。
ティーナは精霊と人間のハーフだけれど、その在り方は精霊そのものだ。
だから若いまま、年老いて死ぬ母親を見送るはずだったのだけれど──
「お母さまが若いうちに、ティーナとお父さまは初代王アルカインに封印されてしまったの。200年の眠りのなかで、お父さまは、お母さまと会えなくなってしまったことを悔やんでた。だからきっと……お父さまは封印されたまま、消えるつもりだったの」
ジーグレットが、精霊たちに魔力を分け与えていたのは、たぶん、そのためだ。
人間は200年も生きられない。
だから、もう、ティーナの母は死んでいる。
そのことに気づいたジーグレットは、自分の魔力を分け与えることで精霊たちを生かすことにした。その結果、自分が消えたとしても構わなかった。
それは、愛する妻のあとを追うことを意味するのだから。
「でも、マスターがティーナたちを目覚めさせてくれたでしょ? それでお父さまは、この世界に希望を見たの。ティーナのお母さまが愛したこの世界の行く末を見たくなったの。魔力回復のための眠りについたのは、きっと、そのためなの」
「……そんな事情があったのですね」
「……精霊と人間の恋。なんだか……胸がきゅんきゅんするわね」
アリシアとメルティは感動したように、ティーナの話を聞いていた。
「きっと、お父さまなら、メルティさんの質問に答えられたと思うの。でも……ティーナは……」
ティーナは、カップに映る自分の姿を見つめながら、
「ティーナは、たぶん、誰かと恋をすることはないと思うの」
「どうしてですか?」「どうして?」
「精霊にしては胸が大きすぎて、不格好だからなの」
ティーナは言った。
部屋の空気が、凍り付いた。
それに気づかず、ティーナは続ける。
「精霊たちを見るとわかると思うんだけど……精霊は基本的に胸が小さいの。ないと言っても過言ではないの。でもティーナは……お母さまの影響で、胸がおっきいの。精霊としては不格好なの。だから──」
──マスターに裸を見られるのが、恥ずかしいと思ってしまった。
マスターは精霊王。
精霊王だから、父であるジーグレットと似た存在。ティーナの主君。
なのにティーナは彼の前に、すべてをさらけだすことができない。
それはきっと──
「ティーナが、正しい精霊の姿をしていないからなの。そうじゃなかったらマスターの前で、生まれたままの姿でいられたはずなの。なのに……勇気が出ないの。こんなティーナには、恋なんてできないと思うの」
「ティーナさま」
「ん?」
「時間をみつけて、わたくしとお話をいたしましょう。ティーナさまには申し上げたいことがたくさんあります。できれば一晩……いえ、二晩でも語り明かしましょう。ティーナさまのすばらしさを。わたくしがどれほど、ティーナさまをうらやましいと思っているのかを」
「あ、あの。アリシアさま。目が怖いの」
「……申し訳ございません。つい……」
アリシアはこほん、とせきばらい。
それから彼女は、メルティの方を見て、
「というわけです。メルティさま。申し訳ありませんが、わたくしとティーナさまでは、人間の恋についてお教えすることはできないかと……」
「そうなんだ。うん。わかったわ」
メルティはふたりに向かって、深々と頭を下げた。
「でも、ありがとう。ふたりの話が聞けてよかったわ」
「いえいえ」
「ティーナも話を聞いてもらえて、うれしいの」
「あとは、コーヤさんに話を聞くだけね」
メルティは無邪気な表情で、そんなことを言った。
アリシアとティーナが、目を見開いた。
「……お言葉ですが、メルティさま。コーヤさまに恋の話を聞くのは、おやめになった方が」
アリシアは緊張した声で、
「わたくしが申し上げるのも心苦しいのですが……コーヤさまはもといた世界で、ご家族の恋愛が原因のトラブルに巻き込まれたようなのです」
コーヤの両親は大恋愛の後で、別れた。
だからコーヤは父親の顔も知らなかった。
なのに両親の死後、彼らの大恋愛が原因で、トラブルに巻き込まれた。
具体的には父親の配偶者が職場に押しかけてきて、コーヤは職を失った。
その後もコーヤの父親の配偶者は、コーヤのアパートにまでやってきて、暴言を吐いた。
そんな話を、アリシアとティーナは聞いていたのだった。
「詳しい事情を申し上げるわけにはいかないのですが、コーヤさまに恋愛相談をするのは……」
「おすすめしないの……」
「なるほど。うん。わかったわ」
「わかってくださいましたか」
「よかったの」
「……そっか、人間の恋って、大きなトラブルを生むこともあるのね」
メルティは胸を押さえた。
人間たちの、恋によるトラブル。
それによって傷を受けた、コーヤ。
竜姫の彼女にはわからないできごとに、思いをはせているようだった。
「そうよね。人間だって、色々な苦労があるのよね。よくわかったわ。ありがとう。アリシアさん、ティーナさん」
メルティは、アリシアとティーナの手を握った。
「あたしが恋をするためには……人間のことを、もっと知らなきゃいけないのね」
それが、メルティの結論だった。
竜姫のメルティは、人間を知らない。
恋をする前に、まず、人間のことをもっと知るべき。
そして──メルティが、今一番、知りたい人間は──
「……うん。これからの方針が決まったような気がする」
アリシアとティーナの手を、ぶんぶん、と振りながら、メルティは心からの感謝を口にしたのだった。




