第52話「魔王軍 (偽物)を見つける」
「お前たちは偉大なる魔王陛下のために、黒熊領占領の尖兵となるのだ!」
叫んだのは、鎧を着た中年男性だった。
しかも、空中に浮かんでいる。
鎧の背中からは四枚の羽が生えている。それが浮遊能力を与えているらしい。
たぶん、あの鎧は……初代王のマジックアイテムだ。
同じ鎧を着ている人間は、全部で3名。
他に、粗末な鎧を着た兵士たちが10数名いる。
こっちは槍を手に、地上を歩き回っている。雇われ者だろうか。
奴らの近くには、柵で囲まれた場所がある。
地面には杭が打たれていて、そこに20名近くの男女がつながれている。
あれが、連れ去られた人々だろう。
俺たちが少し離れたところから、その状況を見つめていた。
あれから俺たちは『アルティメット・フライ』で、この近くまで飛んで来た。
人目に付かないように離れたところで着地して、それからは木々に隠れて移動した。
その結果、空に浮かんだ兵士と、柵の中に閉じ込められた住民を見つけたんだ。
「我らは魔王陛下を崇める、魔王軍である! いずれ我らは黒熊領を占領し、王都を陥落させ、この国すべてを手中に収めるであろう! 200年前は初代王に破れたが、今回はそうはいかぬ!!」
羽つき鎧を着た男性は、高らかに声をあげる。
「まずは黒熊領だ。侯爵のいないこの地を橋頭堡とする。お前たちは領都に攻め込むときに、肉の盾となってもらう。黒熊領の兵たちも、領民に武器を向けるのをためらうだろうからな!」
最悪だった。
魔王を崇拝する者を名乗って、人々をさらったのか。
しかも、住民を黒熊領を占領する肉の盾に使うって……なんだよ。
人の名前を使って悪事を働いてるんじゃねぇよ。
「魔王軍を名乗って人をさらったのか。なんてことしやがる……」
「マスター……」
「コーヤさん……」
あいつらが俺の崇拝者なんかじゃないことはわかってる。
羽つきの鎧……初代王のマジックアイテムを使ってるのがその証拠だ。
あれは王家か、その関係者から与えられたものだろう。
奴らは俺をおとしめるために派遣された、偽の魔王軍だ。
それがわかっているのに……吐き気がおさまらない。
こんな気分になったのは、この世界に来てはじめてだ。
俺は、落ち着いて暮らせる居場所が欲しかった。
そのためには王家と対等にわたりあえる能力と、権威が必要だった。
魔王の位を手に入れたのはそのためだ。
支配地域を拡大するためじゃない。
俺は灰狼に引っ込んだまま、のんびり暮らせればよかったのに……。
「……魔王さまにお詫びいたします」
頭を下げたのは、監視役のカリナさんだった。
「あなたは民をさらうようなお方ではありませんでした。カリナは、間違えていました。あらぬ疑いをかけてしまったことを、お詫び申し上げます」
カリナは地面に座り込んで、頭を下げた。
細い身体と、声が震えている。
それでも、俺の側に近づいて、土下座してる。
「あなたのお顔を見ればわかります。あなたは……民を迫害しているあの者たちに、激怒されています。目を怒らせて、歯をくいしばって。あなたは人々の味方をする魔王で間違いなかったのです。このカリナ=リトルベアには、それがわかりました」
「わかってもらえてよかったです。でも……」
俺、そんなに怒ってたのか?
そういえばいつの間にかティーナとメルティが、俺の手を握ってるな。
ティーナなんか、ずっと俺の背中をさすってる。
まるで、俺を落ち着かせようとするみたいに。
……そんなことにも気づかないくらい、怒ってたのか。俺は。
「疑いが晴れたのは、うれしいです」
俺はカリナとカナール将軍に向けて、告げた。
「だけど、この事件はかなり面倒です。空中にいる男が着ているのは、間違いなくマジックアイテムですから」
「わかります」
カナール将軍がうなずく。
「奴らは空から、町や村に入り込んだのでしょう。夜ならば、気づかれることなく近づけますからな。あとは、人々を抱えて飛んで逃げればいい。あざやかな手法です。これを防ぐのは……確かに面倒ですな」
「問題はそこじゃないんです」
「どういうことですかな?」
「あの鎧は初代王のマジックアイテムです。つまり、王家の誰かが、誘拐犯にマジックアイテムを与えたってことなんですよ」
「──!」
カナール将軍が目を見開く。
気づかなかったらしい。
気持ちはわかる。
俺が当たり前に飛んだり、『不死兵』を操ったりしてるからな。
将軍にとって、マジックアイテムが珍しいものじゃなくなったんだろう。
だけど本来、マジックアイテムはレアなものだ。
それが当たり前に使われるようになったのは、俺がこの世界に来てからだ。
俺の知らないマジックアイテムなら、それは王家が与えたものということになる。
つまり、あの連中は、王家の指示で動いている。
問題が面倒になったというのは、そういう意味だ。
「あいつらは王家の関係者か、王家に近しい者たちです。だから将軍とカリナさんは、ここで帰った方がいいかもしれません」
「なにをおっしゃいます!?」
「悪事を見逃せと言うのですか!?」
「そうじゃないです。えっと……」
俺は説明をはじめる。
俺があいつらと戦うのは、まあ、仕方ない。
魔王軍を騙るものを放置してはおけない。
たぶん、あいつらの目的は魔王を……正確には俺を人類の敵にすることだ。
魔王軍を名乗って人々をさらい、魔王の恐怖と危険性を人々に植え付ける。
そうすれば人々は俺を敵視するようになる。
王家には、俺を討つ大義名分ができる。
それでも王家は、俺を殺そうとはしないだろう。
俺が死ねば、次の魔王が生まれる可能性があるからだ。
代わりに脅迫してくるだろうな。
「灰狼領を攻撃されたくなければ、魔王はどこかに消えろ」とか。
……そうなったら俺は……灰狼を出るしかない。
アリシアやレイソンさんを巻き込むわけにはいかない。
竜王ナーガスフィアに頼んで、竜王の島に住まわせてもらうか、他の居場所を探すことになるかな……。
ただし、それは最悪のパターンだ。
今ならまだ、偽の魔王軍を止められる。
それが俺のやるべきことだろう。
「俺はあいつらを止めます」
俺は将軍とカリナさんに向かって、告げた。
「でも、将軍とカリナさんが奴らに手を出せば、おふたりが──ひいては黒熊領が王家に敵対したことになってしまうかもしれません」
「王家の者が、黒熊領に悪い感情を持つ、と?」
「そうです。黒熊侯がいない今、それは得策ではないかと」
「……見くびらないでいただきたい」
カナール将軍は語気を強めた。
「『住民が苦しんでいる。それを助けなければならない』 私にとっては、それがすべてです。仮に敵が王家の配下であっても、放置するつもりはありません。捕らえて、しかるべき裁きを受けさせるだけです」
「カリナも、同じ気持ちです」
将軍の言葉を、カリナさんが受け継いだ。
「庶子とはいえ、カリナは黒熊侯の娘なのです。住民を害するものと戦うのが罪なら、カリナが罰を受ければいいだけです。お手伝いをさせてください。魔王さま」
「将軍。カリナさん。この事件には、たぶん、黒熊領の人間も関わっています」
敵が人気のない場所に拠点を作っていること。
町や村を的確に襲って、人をさらっていること。
それができるのは、たぶん、黒熊領の人間から情報を得ているからだろう。
「敵は王家と関わりがある者です。そして、王都には今、黒熊侯ゼネルスがいます。あの人が敵兵に情報を与えたか……黒熊領に内通者を作った可能性があるんです」
「……わかっています」
カナール将軍の返事は、短かった。
将軍は歯を食いしばって、怒りに震えている。
カリナさんは真っ青になって、頭を抱えている。
見ているのが辛いくらいだった。
「それでも……私は民を守らなければいけないのです」
「手伝わせてください。魔王さま」
「……わかりました」
ふたりは覚悟を決めている。
ここで協力を断るのは、失礼だろう。
ふたりには、すでに王家に敵対する覚悟が──
「……いや、本当に裏で糸を引いているのは王家なのか?」
黒幕がナタリア王女だとしたら……やり方が雑すぎる。
部下にマジックアイテムを与えて、魔王軍を名乗らせて人々を誘拐するなんて……あの王女はやらないような気がする。
あの王女は慎重だ。しかも、頭がいい。
俺が召喚されたあとでスキル測定を受けたときもそうだった。
ナタリア王女は俺のジョブが『門番』だったことを疑い、探りを入れようとした。
王都の近くで、俺と話をしたときもそうだ。
ナタリア王女は通信用のマジックアイテムを使って、俺と話をしていた。
俺が逆らった時に制圧できるように、マジックアイテムの槍まで用意して。
結局、俺を殺した方がデメリットが大きいと理解して、俺の提案を受け入れた。
もちろん……俺はあの王女が嫌いだ。
嫌いだけれど、能力はあることは認めている。
そのナタリア王女が、こんな雑な作戦を取るとは思えない。
失敗したときのデメリットが大きすぎる。
敵の後ろで糸を引いているのは誰なんだろう……。
「まあ、それは奴らを捕まえればわかることか」
考えるのは後だ。
敵は全員、捕らえる。
特に、あの羽つき鎧の連中は逃がさない。絶対に捕らえる。
「羽のついた鎧に触れることができれば、勝ちだ」
「うん。マスター」
「悪いやつをやっつけるのね。手伝ってあげるわ!」
俺の言葉に、ティーナとメルティがうなずいた。
誘拐犯の鎧はマジックアイテムだ。
『王位継承権』スキルを持つ俺が触れれば、管理権限を奪える。
「もちろん、あいつらもそれはわかっているだろう。たぶん、俺を見たら逃げ出すはずだ。そして、あいつらを逃がしたら、俺の無実を証明するのが難しくなる」
敵は魔王軍を名乗っている。
誘拐された人たちも、あいつらの言葉を聞いている。
そして、あいつらが『魔王軍じゃない』ことを証明するのは難しい。
俺が姿を見せたら、奴らは『魔王さま、あなたの命令なのに!』とか言って逃げるだろう。奴らの目的が俺を悪者にすることなら、確実にそうなる。
カナール将軍とカリナさんの証言は無実だと言ってくれるだろうけど……住民の間には疑いが残る。それは、王家が俺を討伐する口実になる。
「俺は確実に奴らを捕らえたい。その方法だけど──」
俺はティーナとメルティ、将軍とカリナさんに作戦を伝えた。
目的は、誘拐犯を逃がさないこと。
そのために、俺が奴らの鎧に触れること。
だったら……向こうから近づいてくるようにすればいい。
「────以上です。なにか意見はありますか?」
「ないの。精霊たちはティーナが配置するの」
「あたしは、コーヤさんに従うわ」
「よい作戦だと思います」
「カリナも、全力でお手伝いいたします」
全会一致だった。
そうして俺たちは、作戦を開始したのだった。




