第53話「魔王軍 (偽物)、魔王の襲撃を受ける」
──数分後。誘拐犯と、拉致された人々は──
ゴゴゴゴゴゴ──────ッ!
ザザザザザザザア────ッ!!
「な、なんだ!? この音は!?」
羽つきの鎧を着た兵士たちが声を上げた。
彼らは一斉に、川の方に視線を向ける。
彼らの拠点の近くには、川がある。
人が生活するためには水がいる。だから彼らは、川の近くに拠点を構えた。
その川の下流から、轟音が近づいてくる。
水面が飛沫をあげる。
水がうねり、波打ち、上流へと駆け上ってくる。
まるで、川が逆流をはじめたかのようだった。
「警戒しろ!! 川から目を離すな!!」
角の生えた兜を着けた中年男性が叫んだ。
おそらくは、部隊の隊長なのだろう。
「下流でなにかあったのかもしれん。水か溢れることも考えられる。その場合は……ここを放棄する!」
「放棄ですか? 捕虜はどうするのです?」
別の羽つき鎧の男が隊長に近づき、たずねた。
「……忘れたのか、我々は魔王軍だぞ」
兜の下で、隊長は目を細める。
「魔王軍が人間を救っては不自然だ。違うか?」
「た、確かに。そうではありますが……」
「我々は魔王の指示で動いている。魔王は恐ろしく、残酷でなければいけない。魔王の部下が、水に浸かった人間を救うなどありえぬ話だ」
彼らの目の前で、川面は荒れ続けている。
水面が渦を巻いたかと思えば、岸辺に向かって波打つ。
上流に向かって流れ出したかと思えば、水面は落ち着き、鏡のようになる。
羽つき鎧の兵士たちも、地上にいる傭兵たちも、川の変化から目が離せない。
柵の中にいる民たちも同じだ。
川の水があふれだせば、逃げ場はない。
彼らは自分たちの運命を覚ったのか、がっくりと肩を落としている。
黒熊領に住む彼らは、問答無用で拉致された。
彼らはただ、普通に暮らしていただけだ。
そこに、空を飛ぶ兵士たちが侵入してきた。
奴らは夜を待ち、窓や、火を落とした煙突から侵入してきたのだ。
そして、住人の首に剣を突きつけ、こう言った。
『我々は魔王軍だ。死にたくなければ、我らについてこい』
住人たちは縛られ、荷物のように運ばれた。
しかも、空中を。
彼らも、灰狼領の魔王が空を飛ぶという噂は聞いていた。
けれど、自分たちが魔王の配下と一緒に空を移動することになるとは、思いもしなかった。
領民たちの中には、実際に魔王を見たものもいる。
魔王はたくさんの精霊を引き連れ、巨大な剣で『デモーニック・オーガ』を倒した。
彼は『自分は人間の味方をする魔王だ』と名乗った。
そのまま王都へと向かい、王家の行列と対面した。王女と話し合い、平和裏に別れた。
そんな魔王が、黒熊領の民を誘拐するとは思えない。
精霊たちがいないのも不自然だ。
黒熊領に現れた魔王は、たくさんの精霊たちを連れていたのだから。
なのに、ここには精霊はいない。空を飛ぶ兵士たちがいるだけだ。
空を飛んでいるのだから魔王や精霊の仲間にも見える。
けれど……あの兵士たちのやり方は、彼らの知る魔王とは違いすぎる。
だが、あんな力を持つ者は、普通の人間ではありえない。
──本当にやつらは魔王軍なのか。一体、誰を信じればいいのか……。
誘拐された人々は、混乱していた。
──なにが起こっているのだろう。
──自分たちはどうなるのだろう。
──もう、生き延びることはできないのだろうか。
領民たちがそんなことを考え始めたとき──
「……静かにー」
「……あいつらが川に気を取られてる間に助けるのですー」
「……メルティさまが、がんばって気を引いてくださってるですー」
彼らの足下で、声がした。
ささやくような、かすかな声だ。
領民たちが地面の方に視線を向けると──
「…………精霊さま」
「「「し──────っ!!」」」
地面に伏せた精霊たちは、唇に指を当ててみせた。
小さな精霊たち。
ぬいぐるみのような可愛い姿。背中には羽。
そんな精霊たちは、草の間に隠れながら、匍匐前進しているのだった。
「……わたしたちは、魔王さまの部下なのですー」
「……あなたたちをさらったのは、偽の魔王軍なのですー」
「……魔王さまはカナール将軍やカリナ=リトルベアさまと一緒に、あなたたちを探していたですよー」
「おふたりが……魔王さまと一緒に、私たちを……?」
カナール将軍とカリナの名を聞いた領民たちから、魔王への疑いが消え去った。
カナール将軍はゼネルス侯が消えたあと、黒熊領を治めている中心人物だ。
カリナ=リトルベアはゼネルス侯の庶子だ。彼女は魔王を警戒していることを、黒熊領の者は知っている。
そのふたりが魔王と一緒に、消えた領民たちを探していた。
その証拠として、精霊たちが助けに来てくれた。
その事実だけで、魔王を信じるには十分だったのだ。
「「「……発火魔法で縄を焼き切るです。『リトルフレイム』」」」
領民たちを縛っていた縄に、精霊たちの手が触れた。
小さな手が熱を発し、縄が焼き切れる。
精霊たちはひとつひとつ縄を切っていく。
領民たちが火傷をしないように、丁寧に。
その気づかいだけで、魔王の人柄がわかる。
こんな優しい配下を持つ魔王が、人々を誘拐するはずがない。
──それが、領民たちの思いだった。
ザザザザザザザザッ! ボボボボボボボボボッ!!
自称『魔王軍』は精霊たちには気づいていない。
彼らは全員、波打つ川に注目している。
もちろん、川で暴れているのはメルティだ。
竜姫のメルティには水を操り、水中を高速移動する能力がある。
彼女はそれを駆使しながら、下流から上流へ。上流から下流へと往復している。
兵士たちの気を引くために、大きな波を立てながら。
「……いつまでも兵士たちの注意をひけるとは限らないのですー」
「……わたしたちが魔法で柵を壊すです。合図をしたら、走って欲しいですー」
「……行く先にカナール将軍と、カリナさんが待ってるいるのです!」
精霊たちの言葉に、領民たちはうなずく。
ここに連れてこられて数日が経ち、体力は消耗しているが……走るくらいはできる。
なにより、精霊たちの協力に報いたい。
そんな思いを込めて、領民たちは再び、力強くうなずく。
そして、数秒後、精霊たちの魔法が、周囲を取り囲む柵を吹き飛ばした。
「「「今なのです!!」」」
「「「うぉおおおおおおおおお────っ!!」」」
領民たちが走り出す。
向かうのは川とは反対。うっそうと茂る林がある方だ。
「──な、なに!?」
「──柵が破壊された、だと!? 」
川に気を取られていた兵士たちの反応が遅れた。
その隙に領民たちは柵の外へと飛び出す。
隊列もなにもない。
バラバラに、ただ必死に走り続ける。
「なにをしている!? 止めろ!! 魔王陛下のお叱りを受けるぞ!!」
羽つきの鎧を着た兵士が叫ぶ。
その声を聞いて、地上にいた兵士たち走り出す。
羽つきの鎧の兵士も同じだ。
領民たちを逃がすまいと、空中移動をはじめる。
けれど──
「「「──めくらましの霧を作るのですー!! 『フォグ』!!」」」
──発生した霧が、領民と兵士の間をさえぎった。
『フォグ』は精霊が使う通常魔法だ。周囲に濃い霧を生み出すことができる。
攻撃力はないが、効果範囲は広い。
霧は純白のヴェールだ。領民と兵士たちの間にまたがり、その視界を封じている。
兵士たちに見えるのは、逃げる領民の影だけ。
霧に踏み込むことを恐れたのか、空と地上の兵士の動きが止まる。
「────魔法など恐れる必要はない! 鎧の能力を忘れたか!?」
部隊の隊長の声が響いた。
それを聞いた羽つき鎧の兵士たちが、霧の中へと飛び込む。
「気まぐれな精霊でも現れたのだろうよ。だが、精霊程度の魔法は通じぬ!」
鎧に触れた霧が、消えていく。
まるで、霧をナイフで切り裂くかのようだった。
鎧は、ある人物から授けられたマジックアイテムだ。
飛行能力と、一部の魔法を無効化する能力を備えている。
兵士はこの鎧と、特別な使命を与えられた。
主君と、主君にとって唯一無二の人物から。
あとはそれを果たすだけ。
やがて、領民の背中が近づいてくる。
必死に逃げているようだが、羽つき鎧の飛行速度には敵わない。
霧の向こうに見えるのは、最後尾を走る者の影だ。
もう、手が届く。
「お前たちは、使命を果たすための道具だ。逃がしはしない!」
羽つき鎧の兵士は笑みを浮かべて、叫ぶ。
「むしろ、役に立つことを光栄に思え。侯爵に捨てられ、寄る辺のなくなった民よ。名もなき者よ」
──羽つき鎧の兵士は、領民の顔をおぼえていない。
彼らにとって民は『名もなき者』だ。
顔や服装、姿かたちをおぼえる価値もないのだろう。
だから、羽つき鎧の兵士は、気づかなかったのだ。
──最後尾を走るふたりが、黒熊領の者ではないことに。
「予想通り、そっちから近づいてきたな」
「マスターを甘く見過ぎなの」
最後尾を走っていた青年と少女が、振り返る。
霧の向こうに、その姿がはっきりと見えた。
青年は黒髪。少女は──この世界でも珍しい、緑色の髪だった。
黒髪の青年は杖を握っている。樹木を象った、不思議な杖だ。
彼がそれをかざした瞬間、周囲に数体の精霊が浮かび上がる。
「────まさか!?」
羽つき鎧の兵士が目を見開く。けれど、もう、遅い。
ふたりと精霊たちは声を合わせ、叫ぶ。
「「「集団魔法『アルティメット・フライ』」」」
そして、青年と少女の姿が、消えた。
「『王位継承権』の名のもとに、管理権限を奪う」
声に気づいて振り返ると、背後に青年の姿があった。
彼は両手で鎧に触れている。
兵士は思わず槍を振る。だが、魔法の障壁に阻まれて届かない。
『アルティメット・フライ』は、円錐状の魔法障壁に包まれて高速飛行する魔法だ。
その障壁は使用者が自由に操作できる。
障壁で槍を防ぐことも、わずかな隙間を作って鎧に触れることも、簡単にできるのだ。
「『王位継承権』を持つ者が命じる。『動くな』!」
「あ、ああああああああっ!?」
羽つき鎧の兵士が、硬直した。
鎧が、完全に動かなくなっていた。
首も腕も指も背中も腰も脚も、動かない。
まるで、彫像の中に埋め込まれてしまったように。
飛行能力が消え、兵士は地上へ落ちて行く。
地面に身体を打ち付けられるが、ダメージは少ない。
鎧に最低限の防御力は残っていたようだ。ただ、身体に激痛が走ったが、それだけだ。
恐ろしいのはうつ伏せのまま動けないことだ。
空には鎧を機能停止に追い込んだものがいる。
精霊たちを操り、初代王のマジックアイテムを支配する者が。
「魔王……コーヤ=アヤガキ…………」
「うるさい。なにが魔王軍だ。俺はそんなものを作った覚えはない」
声だけでわかる。魔王は怒っている。激怒している。
今すぐ逃げたい。なのに身体は動かない。
おそらく……魔王の許可が出るまで、ずっとこのままなのだろう。
「羽つき鎧の兵士はあとふたりか。面倒だな」
魔王は吐き捨てた。
「だけど、絶対に逃がさない。どうして俺の名前を騙ったのか、あんたたちの背後に誰がいるのか……全部吐いてもらう。俺は今……本気であんたたちにムカついてるんだ」
怒りをこらえるように、魔王コーヤ=アヤガキは宣言したのだった。




