第六十六話「体育祭、魅せるは日常」
「味方やと思ってる中に、敵が紛れ込んでたとしたら――お兄さんはどう思う?」
「それはまた、意味深な問いかけだね?」
「いや、最近見たアニメでそういう展開あってさ……あれって、本当にうまくいくもんかなって」
一年生の特殊競技に続き、三年生の特殊競技も終わった。
正直、大輔の知り合いは三年生にいなかったのでここは割愛だ。件の陸上部元部長が優勝を搔っ攫っていたことだけ明記しておく。
そうして競技がすべて終了し、閉会式が始まって――前半こそ生徒会本部が式の進行を担当していたが、後半は学校側にその役目も渡った。今は努力の余韻に浸る時間だ。
「実際さ、目は口程に物を言う、みたいな言葉もあるわけで。仲間のふりしてる人とかいたら、すぐにでも分かるんちゃうかと思うんやけど」
「そりゃ、どの程度の裏切り者かによるんちゃいます? それこそ、ドラマであるような超一流諜報員! みたいなせかいなら、演技力がずば抜けてるかもしれへんし」
「じゃあ、学生程度なら?」
「学生程度だとしても、色々やろね……学校レベルの裏切りってそんな、大事には思えへんし。その程度のことで罪悪感とかが滲み出るかというと……」
何の話が始まったんだ、と大輔自身も思いながら、しかし祐介の話に乗ってみる。
正直、校長先生の話、教頭先生の話、までは聞く気になっていたのだが、教務主任の話、各学年主任の話、と続いてくると流石の大輔も話を聞き続けていられない。
優等生としては珍しく、本部テントの端っこの方で祐介との雑談に興じているのだった。
「さてここで問題! 俺は裏切り者でしょーか!」
「裏切り者ってどういう……? 運動が苦手な者同士から裏切っていつの間にか体育評定・五を取りました! なんてなったら確かに裏切り者やけど」
「安心してほしい、お兄さん。俺らは二人とも、体育の先生から『お前ら二人は何をさせても怪我しそうで怖い』って言われた仲やから。裏切らん、というか裏切れへん」
「それならよかった。――逆に問うけど、僕は裏切り者だと思うかい?」
話の流れに沿って、大輔は出来る限りの怪しい表情で問いかけてみる。
ふと、祐介の表情が変わった。何とも嫌そうに顔を歪めている。
「お兄さんが裏切り者で敵に回るとか、嫌やわぁ……なんか、クラシックピアノの旋律と一緒に戦慄を運んできそう」
「いいねぇ、クラシックの音楽とともに登場するのはカッコいいし、私好みよ」
「少なくともお兄さんは敵に回したくないわ。なんか、こう……面倒くさそう」
「なんて失礼なことを……あーあ、今ここで敵になる要因が一つ増えましたな」
おどけてそんなことを言ってみる大輔に、「しくじった!」と祐介も自分の額を叩く。
正直言うなら、中身のない会話だ。そんなことはお互いが理解している。
しかし、こうしてぺらっぺらな会話をするのもまた日常。最近は体育祭の準備のせいでこういった簡素ながらも貴重な日常を過ごすことが出来ていなかった。
「長かったなぁ……実時間より長くかかったような気すらするわ」
「結構盛沢山やった気はするね。我々で企画しているからこう、凄いだろ! と言いづらいところはあるけれど」
「いやいや、生徒会本部はよく頑張ったと思うわ。かなり多忙やったのは知ってるし」
「ちゃっかり公式お手伝い係になった誰かさんが頑張ってくれたからね。改めてそこはありがとう、感謝してる」
「受け取っときますよ。それはそれとして、公式お手伝い係になったのは、しっかり仕事をした俺の正当な報酬やと思うけどね」
生徒会本部公式お手伝い係。
そんな、大層なのかちっぽけなのかよく分からない役職を、祐介は今度こそ拝命した。
体育祭という機会がなければ、それも叶わなかったことだろう。様々、偶然に偶然が重なり続けたことで、彼は生徒会本部に正当な権限を持って立ち入ることが出来たのだ。
「まだ話してないんよねぇ……先生と門番さんに、どう説明したものか……」
「そのまんま話してくれたらいいけどね。木村先生は受け入れてくれる気がするわ。門番族さんだけ、どうしたもんかという悩みは共有するけど」
視界の端、机の下で指相撲をしている里奈と美緒を見やり、大輔と祐介は同時に嘆息する。
説得するのは大輔の役目だ。大言壮語で請け負っておきながらできませんでした、では誠意がない。
しかし、祐介の闖入を誰よりも拒んでいたのは美緒であって……少なくとも、木村先生の説得を先にやるべきだろう、と大輔もあたりをつける。
「それこそ、高橋君も生徒会本部に入れば一件落着やのに。蒼井君は本部役員になってるからこそ、途中参加でも石井さんの機嫌を損ねてないわけやし」
「それはなんか、ねぇ……一つのところに安定するとか、俺には性に合わへんかなって」
「そんな、流浪の旅人みたいな……」
「――俺は、自由に動き回りたい。だから、世界中を旅しているんだ」
「多分、世界中を旅する前に途轍もないお金を稼いでないと無理よね」
「流石お兄さん、夢がないなあ……」
一気に肩を落とす祐介に、「今さら何を」と大輔。
成程、これが日常か。――二人は思う。
体育祭が終わって、ようやく日常に帰っていく。
一日だったとは思えない、濃厚な時間を終えて、変わり映えのしない日常へと。
劇的な終わりもなく、ただ自然に任せるように終わっていく。
そういうものだし、そういうのでいいのだろう。
「暇です! 結婚しよ、お兄ちゃん!!」
やっぱり、くるみが暇にならないくらいの日常を欲します。切に。




