第六十五話「体育祭、魅せるは豪運」
――ことは、体育祭の準備をしていたころにさかのぼる。
「借り物競争のお題を考えようの会です」
「はいっ、『好きな人』!」
「ラブコメにはなりそうですけど、色々と問題ありません?」
「まあ、好きな人がいない人とか、秘密恋愛してるとかだった場合が厄介か」
この日、生徒会本部役員の面々は一年生の特殊競技である借り物競争に向けて、そのお題を用意していた。
いわゆる普通の借り物お題については、既に一人あたり二十個ずつ提案されている。例えば鉛筆だとか、例えばハンカチだとか、そういう誰でも持っていそうなものについては、話し合いをするまでもない。
しかし、普通ではないようなお題については十分な話し合いが必要だと判断された。
「問題は生じないように……それでも、普通でない面白いお題を用意しなければなりません」
「結構な無理難題よな」
「我々の大喜利魂が試されると言っていいでしょう……」
などと、副会長である大輔が言う。
大喜利、という単語のせいで本部役員たちも沈黙した。大喜利を見るのは好きでも、実際にやるとなると恐れが勝つというのはあるあるだ。
実際、誰も大喜利が得意という人はいないのだし。
「やっぱり、『○○な人』みたいな人を借りてくるお題は欲しいかな」
「私をものみたいに扱わないで! っていう人出てこぉへん?」
「そこまで気にし出したらどんなお題も出せませんよ。誰もが借りてくることのできるものであれば、人であってもいいと思います」
「じゃあ――『担当を持ってもらったことがある先生』とか」
「よし、蒼井君それ採用」
即断即決で、大輔が手元のメモ用紙に書き込む。
奇抜なお題ではないが、少し珍しいところを突いている。それに、生徒と先生の間で交流を持たせられるというのもいい。
しかしやはり、もっと奇抜な、しかしコンプラ遵守のギリギリを攻めたいというのが今年の生徒会本部だ。ありきたりなもので満足できるようなメンバーではない。
「奇抜とはちょっとズレるけどさ『靴』とかどうよ」
「そう言えば、普通のもので靴ってありませんでしたね。入れときましょう。まさか当日に雨が降って地面が微妙に濡れていたりでもしない限り、靴なんて脱いでも何の問題もありませんし」
「服やったら……流石に危ういか」
「『フード付きの服』なら大丈夫じゃないですか? それ一枚しか着ないなんてそんな……まさかな人はいないでしょうし」
――と、話し合いが加速し始めた途端に意見が数々出てくる。
そんな調子で、いつの間にかお題はかなりの量になっていた。ざっと数えたところ、意図的に被りを作ったものも含めると百はあった。
「――さて皆さん! 書きますよ」
別でトランシーバーやらドローンやら、予算をつぎ込むことが既に決定している以上、お題用紙の印刷には予算を割けない。
生徒たちに楽しんでもらうためだと己に念じ、彼らは地獄へと足を踏み入れた。
*
「――ちょっと待って下さい、あんなお題ありましたっけ?」
「ないないない。明らかな異常事態や」
借り物競争といえど、これも特別競技。当然、単にグラウンドを一周するだけというのでは面白くない。
よって、ルートはおよそ学校の敷地内を一周するようなものになっており、借り物のお題が提示される場所も、二か所ある。
そのうち一つ目はここ、生徒会役員が待ち構える本部テントだ。――しかし、少し不穏な空気が漂っていた。
『お題を取りに来てあげましたよー! さーて、私のお題はー?』
などと言いながらやってきた少女、くるみの事を思い出す。
先程やってきた彼女は、何の不正もなく一枚のお題用紙を掴んだ。そして、そのお題用紙を開けると、なんと――、
『『お兄ちゃんっぽい人』ですってー?! そんなのっ、一人しかいないじゃないですか!』
『うん?! そんなお題あったっけ――』
『行ってきます!!』
有無を言わせず、くるみはお題用紙を引っ掴んで走っていった――わけなのだが。
しかし、そのお題用紙を用意したはずの大輔や里奈が、そのお題には見覚えも書き覚えもないという異常事態だ。
しかも、内容が内容である。くるみのためだけに用意されたかのようなお題ではないか。
「――いや、高橋君って今車いすに乗ってるんだから、逆に借りづらいでしょ……」
「手に入れやすいものを入れておいたとかでないなら、まあ、不公平ではない、か? けど、いつの間にあんなものを仕込んでたんや」
「多分、あの時ですよ。高橋君とくるみちゃんが『頼もー!』『頼みましょー!』って生徒会室に入ってきたときがあったじゃないですか」
「ああ……確かに、あれってお題用紙を書き終えて死屍累々、みたいなときやったか」
「ですです。恐らくは」
まさか、あの時から仕込みをしていたなどとは、恐ろしい子だ。
しかも、くるみがそんな仕掛けをしたということは、特殊競技を察せられていたということで。
「変に噂を広めるような子じゃなくて良かったですね……」
「まあ、くるみやし? そこは問題なさそうな顔してるけど」
「顔ってそんなに饒舌でしたっけ」
何事もなかったことには胸を撫で下ろしながら、お題を配る役目の二人は続々とやってくる一年生たちにお題を選ばせていく。
そして何やら、車いすの祐介を連れて第二のお題場所に行ったらしいくるみが、またも『お兄ちゃんっぽい人』のお題を引き当てているようだった。
「いや、流石に豪運すぎる……」
もう何でもありだ、と大輔は嘆息。
ちなみに、鬼先生にちょっかいをかけ、追いかけてもらうことで強引に連れて行こうとする男子生徒と、女子に靴を貸してくれと頼まれて水気の残るグラウンドに裸足で仁王立ちする漢がいたことを、ここに追記しておく。




