第六十四話「体育祭、魅せるは幕間」
「いやぁ……疲れたわぁ」
「それはこっちのセリフやけどね」
無線機などの返却のため、本部テントを訪れた祐介。まるでいつも通りと言わんばかりに嘆息する祐介に呆れたような視線を向ける大輔。
手渡された無線機には故障の一つも見つからない。
「まあそうだろうとは思ってたけど、実際に確認できると安堵感が違うね」
「お兄さんにはバレてたか」
「お兄さんには、っていうか……石井さんも気づいてたし、議長大先生やって、怒号を上げてなかったってことは察してたやろし」
岡目八目だろうけれどね、と付け加える大輔に、祐介はなんと言うか力の抜けた表情で深く溜息をついた。
彼にとっても賭けの大きな勝負だったのだろう。努めて天才軍師を演じるのは疲れたようだ。
「敵わんね、生徒会役員には」
「君が勝った蒼井くんも生徒会役員やけどね」
「そのあたりの細かいことは置いといて」
全体を見れば、何という蹂躙劇だったのかと思わされる。
戦況が変化して趨勢が傾いたり覆ったりということはあったが、それも凡そは祐介の思い通りというのだから恐ろしい。
ずる賢いこと、悪巧み――そういう類のことをやらせればまず右に出る人間もいないだろう。
「強い方向がそういう類、ってのが玉に瑕――かな?」
「そういうのもいいやろ? なんたってお兄さんは表舞台の正義の権化……」
「そんな僕では勝てない裏の敵を、高橋くんが倒してくれたりするのかな?」
踏み込んだ質問だ、と祐介は思った。
大輔は、マウスコムの存在に勘づいていない。それは間違いない。――しかし、彼の勘は妙なところで鋭く、直感でこういう質問が飛んできたりもする。
だから、祐介は不敵な笑みを浮かべた。内心は『この世界は、その昔魔族のものだった。それを、人間が奪い尽くしたのだ』などと勇者に告げる魔王だろうか。
「――いんや? そんな凄いことはできひんよ。けど、光があれば影があるって……カッコよくない?」
「……それもそうやね」
大輔の求めた答えではなかったかも知れない。
いや、彼自身、『なんとなく』で問うただけであろう。求める答え、なんてものもなかったのかも知れないけれど。
――これは、自分だけの問題だと。
それは、あまりに独善的な思考であるのかもしれない。
しかし、その独善で誰も巻き込まずに済むなら。祐介は、独善的だなんだという誹りを甘受する。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。車椅子やと移動にも時間かかるし」
「くるみちゃんいないんやったら手伝おうか? 次の競技は一年の特別競技。二年ばかりの生徒会本部はようやく時間出来るけど」
「いや、大丈夫。――その特別競技に出るはずのくるみが今こっちにダッシュしてるから」
そう言う祐介の視線を追うと、確かにグラウンドのトラック外周を駆け抜ける小柄な影が見えた。
次の競技の準備もあろうに、それすら投げ出して『お兄ちゃん』の世話に駆けつけるとはなんとも健気と言うかなんというか……
「じゃあ、高橋くん。お疲れさま」
「そっちも、これからもお疲れ」
*
「――二年生の特殊競技に力入れすぎたか……?」
「違いますよ、議長。我々は全てを計算しつくしました。一年生には奇抜すぎるものをやらせず王道で、二年生はやりたいことをやる。三年生は面白いことをやりながらも失敗しなさそうな安牌を選ぶ」
「言葉にするとなんか……姑息な感じがして嫌やな」
「石井さん、言葉は使いよう選びようです。姑息じゃなくて、計算高いと言ってください」
「それもあんまりいい言葉じゃない気が……」
そんな会話をしつつ、一年生の特殊競技の準備をする本部テントの面々。
珍しくの生徒会本部役員が全員集合だった。先程、大輔が祐介に対して暇だと言ったのもあながち間違いではないだろう。
二年生しか役員がいないということは、つまり二年生が全く関わらない競技の時には全員集合だって可能ということだ。
「まあ、特殊競技でもなければ全員集合なんてもったいなくてできないんですけど」
「何? 副会長はちょっと高いお土産貰ったらもったいないと思って食べられへんタイプか?」
「いえ、そうなって食べられなくなるのが怖いので爆速で食べて後悔するタイプです」
競技の準備は生徒会本部で取り仕切っているものの、実質的に動き回ってくれるのは体育委員であるのでこうして大輔の地味に面倒くさい性格がバレたりもする。
体育祭も中盤、というより終盤に差し掛かってきた。言い方は悪いが、二年生が参加する競技はもう残っていない以上、彼らにとっては消化試合も同然。
――流石に言い方が悪すぎるので、生徒会本部としての仕事に専念できる時間と言い換えようか。
「――副会長、準備が終わったって」
「了解、ですっと。――さて、ではやりましょうか」
「波乱になりそうやな」
「なりそうですね」
「ならないわけないわな」
「ならないという未来が見えないよ」
――第一学年の特殊競技『借り物競争』、開始。




