第六十三話「体育祭、魅せるは勝利」
「……そろそろか」
対岸の拓也を静かに見据え、祐介は呟いた。
祐介の戦いには、常に相手の心理状況のプロファイリングが付き纏う。
今回であれば、拓也の仕草や表情、遠目からでは曖昧な情報を総合的に精査してその思考を大枠で読み取るのだ。
恐らく、今の拓也はこちらの策を見破ったころだろう。自分が主人公にでもなった気で得意になっている。
「――つまり、狩り時」
『高橋――敵さん、動き出したで』
「よし。そろそろ動きます、っか」
神谷からの報告を受けて、ようやく祐介は『策』を動かす。
祐介が叫ぶ指示にどのような意味があるかを『看破』した拓也がどのように生徒たちを動かすかなど、すでに想定されていたことだ。
――盤上では。
『丼何処どこ組合』の手勢が二分され、これまでにない大攻勢が敷かれていた。
拓也ならそうする。なぜ分かるか? 祐介も、同じことをするからだ。
「半分が俺の指示に対応する遊撃部隊、もう半分でローラーか」
そして、それを迎え撃つ側の『はらむはみら連合』はというと――補給庫防衛に三人、それ以外を一列に並べて隠密行軍の動きだった。
『丼何処どこ組合』の大攻勢、それは横一文字かつ二列で陣列を組んだ大規模なものだ。正面からの突破は厳しく、同時に複数人が抜ける隙も少ない。
――だからこそ、一列に並んで小さな隙を静かに突き抜けるのである。
「圧力とは、押す力の大きさと接地面積の小ささの掛け合わせである――お兄さんの言葉やけど、こういう活用法で使われるとは思ってへんかったやろな」
隊列を限りなく細く、今回であれば最低単位である一人に絞る。
こうすることで、言わば接地面積を最小にする。そうすれば、小さな力でも大攻勢の隙を貫くことが――
「いや、なんかこじつけな気もしてきた」
大輔の言葉を思い出して活用するというのも、やりすぎるとよくないのかもなあと祐介は反省。
しかし、反省しようがしまいが、戦法自体は変わらない。――隠密行軍、開始。
「――西! 北か!」
「……は?」
拓也の表情が明確に歪んだのが見える。それだけで、この戦法を選んだ理由があったというものだ。
この意味の分からない叫びに、意味など見いだせない。これは暗号ですらない、単なる合図だ。
この叫びをトリガーにして、隠密部隊が移動を開始する。そして――、
『蒼井くん! ごめん、やられたわ!』
「大丈夫、どんまい。相手は何人?」
『それが、一人やって……』
「一人――?」
これは、本当なら最大の策となるはずだった作戦だ。しかし、あまりに実現可能性が低いとして却下され、一部導入に留まった。
「はいな! ちょいやさ!」
「何を――」
『蒼井、俺もやられた!』
「っ、また!?」
そう――また、だ。
意味の分からない、単なる挑発にしか聞こえない掛け声は、拓也の耳には死の宣言にすら聞こえた。
拓也でさえ、この作戦は看破できなかったらしい。勢いで彼を呑み込み、そして『策を見破った』と思わせることで下げて上げた効果が、ここで出ている。
――すべてのヒントは、『文字数』だ。
馬鹿らしい掛け声の区切られたそれぞれの文字数が、行列を示している。
当然、それで生徒たちを動かすには、全員が盤面を理解し、行列を即座に理解して動く必要がある。まさか、それだけの訓練ができる時間などなかった。
「お前だけやったわ、神谷――こんな作戦を実行できたんは」
『はらむはみら連合』の構成について、訂正して付け加えなければならないものがある。
補給庫防衛、隠密部隊、加えて――神谷一人の、遊撃部隊。彼が敵の撹乱とゲリラ戦術による討伐を担当しているのだ。
「――何が起こって……!!」
「あ! そこ!!」
「『あ!』じゃないわ!!」
『ごめん、やられた!!』
「――――っ!!」
報告が上がってくるたび、拓也の心情を焦燥が締め付ける。このままでは、何が起こっているかすら分からないうちにやられる。
その未来を、覆せない――。
「一気に突っ込もう! 数で押し潰す!!」
ヤケになったかと思われる拓也の指示。しかし、遊撃を行っているのは一人であるのだから、その戦法も間違っているわけでもなさそうだ。
そして事実――、
「ごめんな、高橋! やられたわ!!」
「いやいや――めちゃくちゃよくやってくれたわ、神谷。……それに、もう終わる」
『はむらはみら連合』唯一の遊撃部隊を数の差で倒し、勢いづいたのであろう『丼何処どこ組合』。このまま行けば、補給庫防衛の面々がやられるのも時間の問題だ。
数の暴力というのはそれだけ強い。そう、数の暴力というのは、強いのだ。
『やられた!』『やばいわ、蒼井くん!』『相手、ほとんど全員が一団になって――!』
「次は何が起こっ――」
「――俺の勝ちやわ」
「――――っ!!」
それは、蹂躙と呼ぶ他ない。
遊撃手によって崩されつつあった大攻勢の壁を、背後から急襲した『蛇の槍』――その戦果は、『はむらはみら連合』の勝利と相成った。
『――勝負決着!! 勝ったのは、『はむらはみら連合』――!!』
珍しく興奮気味の美緒が実況席から叫ぶ。
それに呼応するように、祐介が壊れていない無線機を掲げた。
「どうよ、お兄さん。――しっかり勝ったで」




