第六十二話「体育祭、魅せるは看破」
「落ち着け、落ち着け、鈴木大輔――いや、落ち着けるかぁ!!」
「はいはい、落ち着きぃや、副会長。珍しく素が出てるで」
「――落ち着き、ました。損失の補償については計算が終わったところです」
また変な状態になったものだと美緒は大輔の様子に苦笑する。
とはいえ、彼がそうなってしまうのも仕方のない状況だと言えた。何せ、無線機が壊れたという祐介の叫びは直接的に観客を巻き込んだのだ。
生徒会本部がその故障の責任を負わなければならないことを除いても、体育祭で簡単に壊れるような機器を取り扱った責任ものしかかってくるとなると厄介だ。だからこそ――、
「めんどくさい嘘をついたものだよ、高橋君は……!!」
「あ、嘘やってのは気づいてたんや」
「気づかない方がおかしいですよ。彼ですし。高橋祐介というのはそういう男です」
「私にとっては乱入してくるイメージしかないけど、そういう男やったんや。――嘘つきってこと?」
「ひとまずそういう認識でも構わないですかね、私は」
――無線機が壊れただなんて、厄介な嘘だ。
それを虚偽だと、早速看破した生徒会本部役員二人はそう嘆息した。
美緒の、語弊しかない認識を是正しようとしないのも、大輔の細やかな当てつけだ。
さて、ここで考えなければならないのは、どれだけの人間が気付いているか、ではない。――どれだけの人間が、気づいていないのか、だ。
特に、祐介にとっての敵陣の大将である拓也が気付いたか。
「いや、あれは気づいていない、か……?」
なるほど、このために初っ端から飛ばしていたのか、と大輔は推測する。
同じ推論に辿り着いたようで、美緒の方からも感嘆が半分、ここまでするのかという呆れが半分と言わんばかりの息が漏れる。
策を弄し、ここまで爆速で戦況を移り変えさせていったのは、拓也を呑み込むため。
それは詰まるところ、この大一番で蒼井拓也という男を確実に策へと落とすためだったというわけなのだろう。
――ここまでするのか。美緒がそう思ったのだとして、責められることではない。
「――後始末は頼んだからな、副会長」
「やりたくないですねぇ……やりたくないですね、ほんとに……」
*
「えーっと! 真正面にしよ! 立川! 三番通りの二列!!」
恐らく、今の祐介の姿はいくらか滑稽に見えていることだろう。
作戦を相手方に知られればまず戦いは勝てない。
しかしそれ以上に――現在進行形でどのように味方を動かしているかというところをリアルタイムに知られるというのはハンデにしても大きすぎる。
当然、祐介が嘘をついていて、無線機が本当には壊れていないということならば何らかの意図があるのだろう。
しかし、それにしてはおかしい点がいくつかある。
「普通、無線が壊れたフリをするなら、意味がある戦法は表で指示を叫びながら裏で無線でも指示を出すやつ……だけど」
拓也は当然壊れていない無線機を通して指示を飛ばしながら、祐介の思惑を探ろうとする。
まず最初に推測できる考えとしては、やはりそれだ。
あまりに稚拙なはったりだが、そういうやり方は相手の意表を大いに突くことが出来るだろう。問題は、その程度の作戦が看破されないはずもないということ。
そして、祐介はそんな稚拙な方策に出るような男ではない。
――事実、祐介がその作戦を採っているというのは有り得ない話だ。
というのも、無線機が壊れたという宣言と同時、祐介は確かに無線機を取り外したのだ。それ以降、顔に近づけている様子はない。
無線機を、祐介は使っていない。ならば、今叫んでいる指示が真実であるとしか考えられない。
「他に、この叫んでいる指示に暗号が隠されていて――本当の指示はそっち。叫んでいる内容自体はブラフである可能性」
試しに、今ちょうど叫ばれた立川の行動通りにクラスメイトを動かしてみる。
何番通りで何列目――その程度の表現で情報を隠せているなんて、それこそ稚拙な考えだ。拓也ならば、脳内地図を思い浮かべるだけで瞬時に解明できる。
『蒼井君――いたわ』
『……マジで?』
『けどごめん、あっちも警戒してたみたいで逃げられたわ』
『いや、それは大丈夫――』
まさか。まさかとは思うが。
本当に、無線が壊れたのか? 叫んでいる指示が、本当にそのままだとでも?
信じられない。だが、事実はそうだと叫んでいる。
拓也の思考に現実という名のノイズが入りこむ。まさか、そんなことは有り得ないと理性は叫ぶが、現実を直視する目はそんな理性を抑え込む。
――無線機が、本当に壊れたんだ。祐介は万策尽きて、愚行と知りながらも指示をそのまま叫ぶことにした。
「えーっと! 相手が来た! 林原! 五番街の三列目!」
『榎本、桐原。二人が一番近いわ。向かって右にふたつ、前に三つ。確実に――』
『……え、いないんやけ――あっ』
『ごめん、拓也。二人ともやられたわ。一個ずれてたっぽい』
「一個ずれてた……? まさか」
拓也は、用意されていた椅子から立ち上がり、戦場をより俯瞰的に見る。
そして、先程の指示と今回の指示を思い出し――、
「――主観の位置か」
戦場を方角で見るなら、西から見るか北から見るか。
どの方向に主観を置いて何番目、何列目を数えるか。それを、指示ごとに変えている。
『真正面にしよ』『相手が来た』――稚拙だが、まるで情報が隠されていることには気づけなかった。憎たらしい暗号だ。
しかし、拓也は看破して見せた。ならば――、
「これで、もう暗号じゃなくなった」
ここからだ。あまりにも稚拙で大胆な祐介を『叩き潰』さなくては。




